表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
42/45

4-12

●4-12


 遠く山の端に太陽が沈みかけている。


 世界はオレンジ色に染まり、空にはゆっくりと雲が流れていく。


 そして大地には花が咲き乱れ、ミツバチと蝶が舞っていた。


 全てがオレンジ色に光っていた。美しかった。


 涙が出てきた。僕はこの景色を知っている。一度だけあった、蜂蜜が溢れるほど取れた季節だ……。


 甘い景色の中を、穏やかな顔をした初老の男と、幼い少女が手を繋いで歩いていた。


 少女が小走りに男の前に回り込み、向かい合って両手を繋いだ。


「お父様、またダンスを教えて」


 少女が言った。


「ああ、いいとも」


 少女の裸足が、男の足の上に乗る。


「いち、に、さん、いち、に、さん」


 真剣な顔の少女。


 その顔を、男の微笑が見下ろす。


「お父様、笑わないで」


 そう言って、少女も笑う。


「いち、に、さん、いち、に、さん」


 同じステップを繰り返し、一向に先に進まない、子供のダンス。


 それで良かった。それが良かったのだ。彼女と彼が、幸せなのだから。このまま、いつまでも、こうしていてほしかった。


 だが、男は足を止めた。少女の裸足を芝に下ろす。


「さて、もうすぐ暗くなる」


「まだ平気よ」


「サーラ、わしは行かねばならない」


「どうして? いやです」


「このまま永久にお前とダンスをする事も、この『石』があれば可能だ。だがそれは良くない事なんだよ」


「いや。やです」


「お前はもう大丈夫だ。わしがいなくとも、お前には友がいる」


 キルカムナ卿が「僕」を見た。その目はやはり、少し傲岸で、苦々しさが混じっていた。だけれど、人が人を見る目つきだった。


 それから少女に向き直る。僕らに向ける顔とは全然違う、切ない笑顔で、優しく……。


「これはお前にはよくない物だ。わしの弱い心そのものだ。おもちゃにしてはいけないよ……」


「お父様」


「さらばだ」


「お父様! 行かないで!」


 風が起こった。


 咲き誇っていた花が散る。


 花吹雪で、何も見えなくなった。




◇◇◇




 凄まじい振動と轟音に驚き、目を覚ました。


 ここは、花畑などではなかった。僕は相変わらず、邸の床に倒れていた。邸の形をした、ダンジョンの最深階だ。その、砕けた床や瓦礫の中に、僕はいた。


 息を吐き、ひどく苦労して寝返りを打つ。


「お父様は行ってしまった」


 サーラさんの声が聞こえた。


 そうだ、キルカムナ卿の魂は、もうここにはいない。


「サーラ様~」


「クーリカ!」


 瓦礫の中、二つの足音が走り寄り、抱擁する気配。ぐすんぐすん言っているのはクーリカか。


「ギスタは!? エル?」


 僕は倒れたまま手だけを上に伸ばした。二人の声を掴むように。


〝もうちょっと格好がついてから呼べばいいじゃない。こんな無様な状態、見られたくないわ〟


「そうかな……」


 確かに、声を出すのも大変だった。


「あ、あの折れた柱の陰に! ああ! ギスタ!」


 サーラさんが気付いてくれたようだ。


 二人が駆け寄ってくる。その足音を、仰向けのまま、聞く。


 僕は鎧姿だった。魔剣の形ではない。


「ギスタ様! エル様!」


「生きているのよね!?」


 二人が心配するのも無理はない。大の字に倒れている鎧は穴だらけでボロボロ。その中で、僕らの体を構成するはずのミミック細胞は、半分も残っていなかった。


 でも。


「大丈夫……」


 僕は面頬を上げて、笑ってみせた。


 それから腰の鞄から糧食を出して、むしゃむしゃと食べた。


「回復中だからしばらく待ってて」


「もう、ギスタ……」


 サーラさんはホッとしたような呆れたような、困り顔の笑みを浮かべる。目に溢れた涙が、ぼろぼろとこぼれる。


 サーラさんはマント姿だ。きっとその下は、裸だろう。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ