4-11
●4-11
……………………。
何かが聞こえる。
「いや……」
これは声。
「いやああああ!」
サーラさんの絶叫。
「どうして!? 戻ってくる事なんてなかったのに! 君は、生きていたのに……! もう、こんな風に死ぬ事はなかったのに……!」
髪をかきむしるようにして泣いている。
〝大丈夫〟
飛び散っていたミミック細胞が、ブスブスと煙を上げながら、床の上を動いていた。ある一点へ向かって。そこには、折れたナイフと、指輪があった。僕の魂と、エルの魂が。
〝僕らはまだ終わっていない〟
〝アタシ達の命が、まだ終わっていないから〟
ミミック細胞が、ナイフと指輪を押し包んでいく。人の姿に戻る為ではない。鎧の中に逃げ込む為ではない。
僕らはミミック細胞に包まれ、立ち上がる。人ではない姿のままに。
〝クーリカ!〟
僕の、言葉を介さない呼びかけに、
「ギスタ様! エル様!」
クーリカが応えてくれる。
クーリカの両手から、見えない『力』が、魔力が迸る。
波動が僕らを打ち、押し包む。『力』が僕らに注ぎ込まれる。
「んんんんん!」
クーリカの頭髪が結晶化していく。目が赤く光り、歯が尖っていく。人ではない姿、クーリカが憎んだものへと、クーリカ自身が「変化」していく。
「友達だから! クーリカの全てを、託します!」
僕らの魂を宿したミミック細胞が、クーリカの魔力を受け、硬く、鋭く、「変化」していく。
ピンク色の半透明な肉などではない。石をも砕く硬度を持った金属。黒い刀身に、紫色の血管が脈打つ。
それは、一本の、黒く禍々しい、大剣だった。
これが、僕とエルの、新たな形。僕らは剣に変わっていた。
「これは……魔剣……!」
サーラさんが、僕らを見て言う。
そう。僕らは魔剣。
僕は、堕天使を倒す為の魔剣を求めて、旅をし、ダンジョンに潜った。そうして行き着いた先が、自らが魔剣となる事だった。
「サーラ……」
赤ん坊の姿の堕天使が、サーラさんに迫る。
「泣いているのか。そんなに悲しいか。可哀想に」
巨大な赤ん坊が、巨大な足で、おぼつかなげに歩く。
「父の元へ戻れ……。慰めてやろう……」
サーラさんが抜け出た腹の裂け目は、大きな唇と化していた。腹に、口があった。それを大きく開ける。
サーラさんが首を振る。涙を流しながら。
「お父様、決着をつけねばなりません」
サーラさんが、魔剣の柄を握った。
〝サーラさん!〟
「ギスタ……! ギスタなの!?」
〝いくら『堕天の力』でも、人の強い心だけは変えられない。だから僕は僕のままだ。『堕天使』に勝つのは人の心だけだ。『堕天使』の中の、大事な人の心へ、サーラさんの心をぶつけるんだ!〟
「ギスタ!」
〝その為にアタシ達の魂を使うのよ!〟
「エル!」
「サーラ様! 行けー!」
「クーリカ!」
クーリカの魔力の波動を背に受け、サーラさんが、前に踏み出した。
異形の大剣を手に。脈打つ剣先を、真っ直ぐに。堕天使の、腹に開いた口へと。突き込む!
〝突き進む!〟
「お父様!」
堕天使の歯を、舌を、肉壁を貫き、刃が進む。芯にある、『堕天石』へ向かって。
〝……っく!〟
剣先が止まる!?
堕天使の『力』が剣を押し留めようとする!
魔剣の『力』と、堕天使の『力』が、せめぎ合う。
〝ふざけるんじゃないよ!〟
エルが叫んだ。
〝あなたも父親だろ!〟
僕も叫ぶ。
〝サーラさんは、子供は、親が思っているよりもずっと親を愛してるんだよ! あなたが望まなくても、忘れられないんだよ!〟
魔剣の刀身から、バシッと十三本の「爪」が生える。爪の『力』と堕天使の『力』が干渉し、刀身を堕天使の肉に掴ませない。
〝あなたは子供を愛してるんだろ! 父親だったら、子供の気持ちを知れえ! 気持ちに答えろ!〟
〝サーラの……気持ち……願い……?〟
柔らかな声が、刃の向かう先から聞こえた。キルカムナ卿の、父親の、魂の、声。
「お父様、愛しております!」
『力』の壁が一瞬ゆるむ。
〝貫く!〟
堕天使の肉の一番奥にあった『堕天石』に、魔剣の剣先が触れた。
瞬間。
光が飛び散る。殻が決壊し、光がぶちまかれる。
全てが光に満たされた。




