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 あまりに驚いた僕は、思わずガバっと上半身を起こした。そのアクションで、体内に残ったわずかな活力が一気に燃焼してしまった。


 なんてこった。突然、なんの前触れもなく、全裸の女の子が目の前に現れるなんて。


 そもそも、あの鎧の中には屈強な男戦士が入っているものと思い込んでいたのに。まさか、そんな、いったい、どういう、事なんだ。


 そして、呆気に取られた僕と、同じく呆然とした裸の女の子の目が合う。


「ぎゃー!」


 女の子は大慌てで鎧をかき集め、それを身につけようとする。


 だが、なぜだか着れない!


 手甲を付ければ脚甲が外れ、兜を被れば胸甲が落ちる。全然着る事が出来ない。板金装甲や鎖帷子だけでなく、布の鎧下さえ着る事が出来ないのだ。だから、常に肌がむき出し。


「まさか、このマントのせい!?」


 マントを外そうとする。だが、マントはどうやっても解けないのだ。


「これは、マジックアイテム……呪いのマントだったの……? そんな」


 おろおろと、手で胸やお尻を隠して叫ぶ女の子。そんな事で隠せるものではない。


 だが、僕にはそれどころじゃなかった。こっちはこっちで死にそうなんだから……!


 その時、頭の中に別の声が聞こえた。


〝何してるの! 早くあの鎧の中に入りなさい!〟


 それが誰の声かなんてどうでもいい。きっと僕の肉体を構成するミミックの「舌」の本能が、言葉の形で湧いてきたのだろう。


 僕はひいひい言いながら、ばらばらに転がっている鎧に這って行く。そして、一つ一つを手にしては、身に纏って行く。


 まず鎖帷子。その上に胸甲、肩鎧、と順番に付けていくうちに、次第に気持ちが落ち着いてくる。空気に触れているミミック細胞が減っていくからだろうか。金属の鎧が力の放散を抑え込む。


「ちょっと貴様! 私の鎧を、なに勝手に着てるの!?」


「ご、後生ですから! 後生ですから~!」


 女の子が、僕を、鎧の上から三角長剣でガンガン叩いてくる。それに耐えながら、鎧を着ていく僕。




 そうして。


「た、助かった……」


 全身に鋼の鎧を纏い、僕は深く息を吐いた。ここまでしっかり着込めば、力が漏れる事もなさそうだ。


 今の僕の体はミミック細胞で出来ている。それはもう疑いの余地がない。


 ミミック細胞は本来「匣」に収まっているもので、獲物が近付いた時だけ「舌」を外に出す。長時間外に出していられるわけではないのだろう。そして今はこの鎧が「匣」の役割を果たしているんだ。


「助かったじゃない! ちょっと、貴様! その鎧を返しなさい! それは大切な、聖別された破邪の鎧なのよ! 貴様のような死に損ないのモンスターが着るなんて、罰当たりもいいところよ!」


 三角長剣(デルタ・ソード)を振りかざす女の子。だけど、マントしか身につけていないものだから、そのマントがバサアっとひるがえって、白い肌が露になる……。


 女の子、なのだ。年は僕と同じくらいだろうか。ミルクのように白く、すべすべとした肌で。腕や足はしなやかで。胸やお尻は、女の子らしくむちっとしていて。


 そして、はちみつ色の髪がきらきらと光って。意思の強そうな眉の下、大きな瞳も光って。形の良い唇も、艶やかに光って。


 兜の中で、僕は口を開けていた。彼女に見とれていた。こんな可愛い人を見た事がなかったのだ。


 本当に、可愛かった。それは、僕の村にいた器量良しの娘らとは明らかに違う。歓楽街にいる娘さん達とも全然違う。清潔感というか、凛とした清らかさを感じる。きっとこれが高貴さというものなのだろう。


 なんて可愛く、素敵で、高貴で、美味しそうなんだろう……。


 ……って、え? 美味しそう? これってミミックの本能がそう思わせるのか!?


 そんな馬鹿な。でも、僕は確かに、この人を包み込んで、ぎゅっとして、味わって、一つになりたいと思ってしまう……。


「ぐは!?」


 突然、ガチーン、と頭頂部に三角長剣(デルタ・ソード)の一撃。


「あ痛あんあんあんあん」


 兜の中身、「頭」がぐわんぐわんたゆみ、その波が首から全身に伝わる。


 女の子が、綺麗な顔を憤怒の色に染めて、三角長剣(デルタ・ソード)を振り回す。


「や、やめて下さいー! 僕は敵じゃないんです!」


 もう一度土下座!


「ふざけるな! 私を襲ってきたじゃないか!」


「本当なんです! さっきまでは、僕の意思じゃなかったんです! ミミックに操られていたんです! 今、思い出したんです! 僕は探索者(エクスプローラー)だったんです!」


探索者(エクスプローラー)?」


 かくかくしかじか!


「と言うわけで、僕もこのダンジョンへ『堕天石』を求めてきたんです!」


「堕天の、石……」


「あ、あなたもですか!?」


 僕の言葉に、彼女の目付きが険しくなる。まずい、怒ってる!?


 いや、きっと彼女もそうなんだ。だってそうだよ、ダンジョンで見つかるお宝の最上級が『堕天石』なんだもの。


「で、でも、僕はあなたと競争するつもりはありませんです! 優先権はあなたに譲りますから! 僕は、ただほんのちょっと、おこぼれにあずかれれば……」


 今は欲を出す時ではないのだ。とにかく生存権の確保が先だ。


「それに、見ればあなたはこの鎧を着れなくなってしまったようで……」


 僕の言葉に、彼女は顔を真っ赤にして(それは羞恥と怒りだろう……)、マントを体にきつく巻きつける。


「この鎧、破邪の鎧って言いましたよね! それって、魔法がかけられているって事ですか!? ま、まさか、堕天石で造られたとか……!?」


 僕は身に纏った鎧を改めて見た。鎧の表面にはびっしりと、僕には読めない文字が刻み込まれている。ミミックの匣に刻まれていた紋章とは全然違うけど、これもまた神秘的な文様だ。


 こんな鎧見た事がない。いかにも尋常ではない雰囲気がする。材質的には普通の鋼と大差なさそうだけど、なんか厳かだもの。


「なに勝手にテンション上がってるのよ! これ自体が『堕天石』で出来ているわけじゃない。だけども凄い鎧なの! 聖武具を打つ鍛冶屋で造った特別製だし、さらに教会で五十人の僧に聖別してもらったんだから!」


「え、坊さん五十人で!? それって、一体いくらかかったんだろう……」


 目が回ってきた。教会への頼み事はとにかく金がかかるんだ。それも言葉だけの祈りではなくて、教会のどこかに御神体のようにあるらしい『堕天石』を使った儀式なんかの場合、財産を差し出す覚悟で依頼しないといけないとか……。ある「らしい」というのは、貧乏人には見せてくれないからだ。彼らは相当な金持ちしか相手にしない。


「いやしかし……。そうでもなくちゃ、このダンジョンのボスである強力なミミックを倒すなんて出来ないもんな……。破邪の鎧か……」


「え? あのねえ、ミミックなんて……」


「あれ、でもおかしいですねえ。ミミックの本体を倒したのに、『堕天石』は見つからなかったんですか?」


「君は馬鹿なの? ミミックがここのボスのはずないでしょう!」


「……え? そうなんですか? だってだって、この立派なミミックを、これまた立派で強いリザードマンが守っていたんですよ! 本当に強かったです! 並みの探索者(エクスプローラー)だったらイチコロだったでしょう」


「リザードマンなんて、たかがトカゲ人間じゃない。私なら十匹を相手に出来るわ」


「なーー!? あ、違った。ただのリザードマンじゃなくて、リザードロード、じゃなくてリザードキングでした! 物凄く強かったもの! それが二体ですよ!」


 僕の全ての武器を使って倒したんだ。そこらの、剣一本でダンジョンに挑むような輩には成しえない活躍だよ。


「リザードキングはミミック程度のものを守ったりはしない」


 ミミック程度……?


「じゃあ、僕は……その程度の敵に殺されたって事ですか……」


「そういう事。お気の毒様」


 そんな。


 僕は故郷の皆の仇を討つという使命があったんだ。『堕天石』を見つけて、魔剣を打って、堕天使を殺さねばならなかったのだ。


 それが……「ミミック程度」のモンスターに殺されて。しかもそのままそいつの手先にされて。


「僕は……まるで、馬鹿みたいじゃないですか……」


 ガシャリと膝をつく。鎧の重さが、体に圧し掛かる。鎧の中で、半透明のピンクの体が、人の形を保てなくなる。心が散ってしまいそうだ。


 石の地面を見つめていると、白い裸足が目に入った。見上げていくと、すべすべの膝小僧が見え、すぐにきつく巻いたマントに隠れた。


 彼女が僕を見下ろしていた。その瞳には、憤怒や呆れとは違う、別の色があった。


「……って! なに可哀想な雰囲気を醸し出しているの! 君の身の上なんて私には関係ない! とにかくその鎧を返しなさい! いったい教会にいくら払ったと思っているのよ! 替えがきかないの!」


 ガシッと鎧を掴まれる


「脱ぎなさい!」


「ちょ、ちょ、ちょっと!」


「ほら! ほらあ!」


「あん! や、だめ! そんな乱暴しないで! 自分が破廉恥な格好だからって僕まで裸に剥くなんて……!」


 だって彼女は全裸でマントだけなんだから。


 だけどそんな事を指摘すべきではなかった。彼女の、ミルクのような肌が、トマトのように赤くなる! 肌の熱が伝わってくるほどに。


「貴様~~!」


 女戦士が憤怒の表情で、ゆっくりと三角長剣(デルタ・ソード)を振りかぶる。あれは、狂戦士の目だ!?


「嘘です! 全然破廉恥じゃないです! 猥褻じゃないです! 芸術です!」


 僕は両膝をついたまま「どうどう」と馬を宥める仕草をする。


「あなたも『堕天の力』を求めるなら、この先に進むんでしょう? リザードキングよりも強い奴らがいますよ!? そしたら、裸じゃ無理ですよ! 僕がお助けします! 僕だって結構やるんですから!」


 僕は拳闘の構えを取って、パンチの仕草をした。まあ、酒場の喧嘩でも勝てた事がないんだけど。


「……ね? 頼りになりますよ?」


「ミミックごときに殺される貴様が頼りになるとは思えない」


 それもそうなんだけど!


「ええと、ええと……。この鎧、大切な事には変わりないんですよね? 鎧を手で持って運ぶのも大変ですし、僕がこうやって着たままお運びします! あ、いえ、自分の物にするつもりなどないです! 他に、別の都合の良い鎧を見つけたらそちらに移りますんで! ヤドカリみたいに!」


「…………」


「鎧運び人と思っていただいて結構ですので!」


「…………」


「信じて下さい! 僕の目を見て!」


 僕は兜の面頬を上げて、顔を晒した。女の子の顔の前に、ぐいっと顔を突き出す。


「わっ、ちょ、ちょっと……!」


 女の子は面食らったような顔をしている。


 僕も、彼女の目を見つめる。深い海のように青い瞳。綺麗だな……やっぱり。吸い込まれそう……。なんだか全てが美味しそうで……。


「ち、近いって!」


 女の子が僕を突き飛ばした。


「すいません! つい……」


 あたふたする僕。


 咳払いする彼女。


「君、本当に男の子なのね……。じゃなくて! 人間の魂なのね? 信じるわよ?」


 こくこくと頷く僕。


「それじゃあ、仕方ないわ。死んじゃったら、なんだか嫌だし。もう死んでるようだけど」


 女の子はため息をついて、三角長剣(デルタ・ソード)を鞘に納めた。た、助かった……!


「あの、すぐに準備しますんで」


 彼女の気が変わる前に、僕はミミックの残骸を漁りにいった。


 ミミックの残骸とは言うものの、そこには既にミミックというモンスターらしい物体はなかった。匣の残骸はあるが、それは『堕天の力』でミミック化する前の、もともとこの遺跡にあった棺か何かだろう。


 その匣の欠片に混じって、探索者(エクスプローラー)の道具類が転がっている。ミミックは犠牲者の肉体だけ消化して取り込み、金属や鉱物の装備品などは、吐き出すか、価値のありそうな物だけは犠牲者を誘う罠に利用する為に体内に残しておく。ミミックは無機物を溶かさないんだ。


 逆に言えば、無機物の中に入れておけば、ミミック細胞は保存出来る。だから僕は今、この金属鎧を纏っているお陰で無事なんだろう。


「うーん、やっぱりブーツや革服は駄目か」


 溶けてなくなっているか、腐食してとても使い物にならない。


「まあ、でも」


 金属で出来ている武器類はいくつも残っていた。僕の、ジャンプ機能と隠し刃を組み合わせたストライカー装置も、ブーツはなくなっていたが肝心の機構部分は無事だった。ありがたい。これなら今履いている鎧の鉄靴に追加で装着出来そうだ。


「それに……なかなか興味深い物もあるじゃないか」


 他の探索者(エクスプローラー)の物だろう、珍しい武器も入っていた。


 一見普通の剣。しかし実は刀身が細かく分割していて、金属ワイヤーで繋がっている。剣のようにも鞭のようにも使えるという、蛇腹剣だ。


 それにこっちは鎖分銅。長い鎖の両端に錘が付いている。


 どちらも使うのが難しい、特殊な武器だ。


 あとこれは……クナイというやつか。刀身が菱形の、特殊な短剣だ。こんなの実際に使う人なんて会った事ないよ。


 どれも、僕より前にミミックの餌食にされた探索者(エクスプローラー)の得物だろう。ありがたくもらっておこう。ダンジョンでは武器を失くしたら大変だ。持てるだけ持っておかねば。


「でも……ない、ないぞ。僕のナイフがない」


 僕の、折れたナイフ。僕の宝。どこにもなかった。父さんと母さんに贈られた、僕のナイフが。


 首を振る。それでも、僕は立ち上がらなきゃ。


「良かった。これはあった」


 ミミックの残骸から少し離れた場所にもいろいろと転がっていた。


 僕の、クロスボウを仕込んだ盾。七爪剣(クロウブレード)やメイスなんかもある。「生前」の愛用品だ。


 それに、ありがたい事に背嚢(バックパック)も見つかった。これがないとダンジョン探索の続きは出来ない。


 担砲(ショルダーカノン)もあるけど、それを撃つ為の黒色火薬は濡れてしまっていた。しばらくは使えなさそうだ。


 それらいくつもの武器を、破邪の鎧の上に装備していく。ストライカー装置の横のハンドルを回し、スプリングを圧縮してロック。準備完了。


 人間の体ではなくなったからだろうか。鎧に武器の重さが加わっても、動けない事はなかった。



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