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4-9

●4-9


「待ちなさいよ、この馬鹿!」


 エルが立ち上がった。褐色の肌をさらして。


 離れた距離が縮まる。


「これがアタシの魂」


 エルが胸に手をやる。二つの乳房の間に、指輪が光っていた。


「それがアンタの魂」


 エルが僕の胸に指を突きつける。そこには折れたナイフがある。


 だが、光は鈍く、弱々しく瞬いている。


「消えそうじゃない。死んだら約束は果たせないんでしょ? それなのに、アタシに厄介な事をぬかすんじゃないよ!」


 エルの平手が僕の頬を打った。このミミック細胞の中の空間で、僕もエルも意識の形でしかないのに、エルのビンタは痛かった。


「そしてこれは」


 エルが左手を上げた。薬指に、光る指輪があった。


「これは、果たされない約束の指輪」


 カラトの死体から取り戻した、魔力を帯びた指輪だ。手で持っていたのを、僕の知らない間に体内に取り込んでいたのか。


「アタシは鍛冶屋じゃないからナイフなんて直せない。魔法使いじゃないから魂も癒せない。だけどこの指輪なら……」


 指輪の光が、回っている。


「『堕天石』から生まれたこの指輪ならば」


 エルはそう言い、指輪を嵌めた左手を、僕の胸に置いた。


 エルの掌も、指輪も、ひんやりとしていた。


「アンタに、アタシの約束をあげるわ。アタシはもういらないから。約束なんてもう御免なのよ。けどアンタは……。アタシはね、アンタみたいな甘い馬鹿を嘘つきにさせたくない」


 光が弾けた。


「ギスタ、カラトを解放してくれて、ありがとね……」


 指輪から『力』が流れ込んでくる。


 冷たい……! だけど、それは悪い冷たさではなかった。気持ちいい……。


 冷たさが、魂を洗って行く。


 心という、魂という抽象的なものが、まるで物質であるかのように、細かく分かれ、再び繋がる。バラバラに別れ、隙間にあった錆を落とされ、新たな面で結合される、そういった感覚。


 そして。


 僕の胸から、エルが手を離した。


 指輪の光は消えていた。そのまま朽ちて、粉々になり、エルの指からなくなった。


 だけど『力』が消えたわけではなかった。「変化」だけ及ぼして、外へ抜けたわけではなかった。


『力』が、僕の、僕らの中を循環している事が分かる。指輪の中に収まっていた『力』が、僕らの中に移ったのだ。


「僕は……」


 僕は自分の胸を見た。


 胸板の向こう。ナイフの刀身は折れたままだ。だけれど、刀身の亀裂は閉じていた。そして、刀身に細かく複雑な、木目のような模様がびっしりと入っていた。美しく、禍々しい、刃紋。


「直って」いるのか? 「変化」したのか。


「エル……」


 そう言いかけた僕に、エルが手を伸ばした。


 引き寄せられ、僕は、エルの胸に抱かれていた。褐色の、柔らかな胸に、僕は顔を押し付けられていた。僕は温もりに抱かれ、優しさに抱かれていた。


「坊やは坊やらしく、このままアタシに甘えていればいいのに」


 照れも恥ずかしさも感じなかった。ただ気持ちが良かった。嬉しかった。懐かしかった。居心地がよくて、このまま、ずっとこうしていたかった。


「でも……」


 エルから身を離す。


「分かってる。サーラか。アンタもほとほと身の程知らずな奴ね。モンスターの分際で」


「うん。でも、行かなくちゃ」


 エルが笑った。


「アンタ、坊やにしては良い男よ」


「一緒に来てくれるかい?」


「どうかな。アタシはアンタの友達になったつもりはないし。そんな厄介なものには……」


「一緒に死ぬんじゃないよ、一緒に生きよう」


「はあ!? 変な言い方するな馬鹿!」


 僕はエルの手を掴んだ。


「僕らなら出来る。一緒に行こう、相棒!」




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