4-7
●4-7
魂が壊され、僕は永久に滅び去る。
千切れそうな意識の中でそう思った時、鎧が勝手に動き出した。体が動いている。
滅茶苦茶に暴れ、堕天使の手を振りほどき、「血管」を引き千切る。
追い縋る堕天使を、壊れたメイスで滅茶苦茶に殴りつけ、飛び退く。
堕天使から離れ、蹴躓き、四つん這いになり、獣のような姿で逃げ出した。
鎧が勝手に? 嘘だ。
逃げているのは僕自身だ。囚われたサーラさんを残して。倒れたクーリカを残して。
大事なものを後ろに残し、僕は、走った。柱にぶつかり、調度品を叩き落し、扉を蹴破り、逃げた。
走りながらも、視界が乱れて行く。邸の内装が把握出来ない。命が千切れつつある。目が、見えなくなる……。
気付くと、僕は崩れた家屋の間を走っていた。
知っている景色。ここは、僕の村だ。あの時の……、彷徨う堕天使に蹂躙されている時の、僕の村。
僕は、過去の風景の中を走っていた。
「ギスタ!」「ギスタァ!」
背中に、僕を呼ぶ声。それは父さんの、母さんの声だった。
僕は振り返らなかった。ただ一目散に逃げた。
自分の家に飛び込み、地下室を駆け下り、一番頑丈そうな箱の中に身を隠した。
……そうだ。思い出した。
あの時、彷徨う堕天使と対峙した僕は、ナイフが折れて、心も折れて、逃げ出したのだ。
父さんと母さんに箱に隠してもらったんじゃない。僕自ら、父さんや母さん、友達や村の皆を置き去りにして、ただ一人で逃げたんだ。
僕の名を呼ぶ声を後ろに聞きながら。
「はあっ、はあっ!」
「今」に、視界が戻る。
僕は鎧姿のまま、邸の中の小部屋で倒れていた。
もう一歩も走れない。立ち上がる事すら出来ない。
「もう、駄目だ。こんな僕じゃあ、もう……」
村が彷徨う堕天使に襲われた時と同じだった。あの時と同じく、僕は仲間を見捨て、鎧という匣の中に逃げ込んでいる。
ピンク色の半透明の肉体が震えている。鎧の重さを支えきれない。自分の姿を保てない。
僕という形は、鎧に押し潰されていった……。
僕は何も身に着けず、水のような空間に漂っていた。
いつかジャイアント・センチピードと戦った時のように、僕は再びこの柔らかな空間に浮かんでいた。ここはミミック細胞の中。その中に、僕の意識が浮かんでいる。
そして、ここにはエルがいた。裸で、顔を伏せ、膝を抱えている。彼女もここに閉じ籠っていたのだ。
「ギスタ……」
エルが顔を上げた。いつもの、不敵で勝気なエルではなかった。傷つき打ちのめされた、小さな少女がそこにいた。
「アタシ達このまま死ぬんだよ」
分かり切った事を彼女は言った。
「随分痛い目に会ったね。アンタ、酷い顔してるよ」
これも当然の事だ。僕は酷い奴なんだから。
皆を犠牲にしてまで逃げて、それなのに間抜けにもミミックに殺され、そして鎧を得て偶然この世に踏み止まり……、もう一度、仲間を置き去りにして、逃げた。本当に、どうしようもない奴なんだから。
「ギスタ、可哀想な奴」
エルが言った。不幸な顔をした少女が、そう言った。
「一緒にこのまま、溶けて、消え失せよう。悲しい事を全部捨てて、忘れて、何も無くなっちゃえばいいんだ……」
エルの言葉に、僕は頷いた。
エルの顔がぼやけた。自分の手を見ても、ぼやけていた。僕が泣いていたから? それだけではない。この空間でさえ、僕は僕という姿を保てなくなっていた。




