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「サーラさんを離せ!」
僕はキルカムナ卿に突っ込んで行った。
右手に持ったメイスを振り下ろす。
貴族らしい豪奢な服の、その肩に、鋼の鈍器が食い込む。
肉を叩いた感触ではない。鉄でも石でもない。何か、妙に柔らかな、知らない物質の感触……。メイスが、飲み込まれる……!?
「っく!」
メイスを引き抜く。鎚頭が糸を引いた。キルカムナ卿の血ではない。
逆だ。鋼で出来たメイスが、「溶けた」のだ。
溶けた鉄が飛沫のように床にこぼれる。だが煙を上げるわけでも、床を侵すわけでもない。鋼は、熱で溶かされたわけではないのだ。
『力』によって、「変化」させられているのか。
「貴様ごとき下賤の輩が、何の用だ」
今や、キルカムナ卿の顔からは微笑が消えていた。傲岸な、下々を見下す目付きだけがあった。
いや、そのような感情すらも消えつつあった。人らしさが、失せて行く。
「貴様らが友だなどと、よくもサーラに思わせたな」
家来達が集まってくる。
こちらに襲い掛かってくるかと、武器を構え直す。
だが、彼らは僕を見ていない。キルカムナ卿の背中に隠れるように、彼の背中に、肩に手を置く。その手が、溶けていく! 吸い込まれていく!
「飲み込んでいるのか!?」
キルカムナ卿の顔から、皺が消えていく。肌に艶が出てくる。髪の色が濃くなり、体に厚みが出る。若返っていく……?
「サーラは、貴様のような下卑た輩が声をかけてよい娘ではない」
家来達が、次々と、自らキルカムナ卿に身を捧げて行く。
犠牲的な精神はなかっただろう。彼らの顔には、すでに意思と呼べるものは浮かんでいなかった。
「サーラは気の優しい娘だ。何も言わんだろう」
キルカムナ卿は、若返るどころではなかった。体は丸みを帯び、頬は赤く、頭が大きくなる。子供の体型だ。
だが、体が縮んでいくわけではない。逆に、大きく膨らんでいく。衣類が破れ落ちた。
「だがわしは違う。相応の罰をくれてやろう」
二十人の家来の体積が、キルカムナ卿に合わさったのだ。元の身長の三倍近くある。
それなのに、その姿は、赤ん坊のそれなのだ。
全身がむちむちと太り、頭には柔らかなくせ毛が踊る。頬は丸く、口を尖らせる。目はくりくりと動くが、しかしそこに感情らしいものは見いだせない。
そして背には、体の大きさに比べて小さな翼があった。
「ああ……。これが、このダンジョンの……堕天使……」
見上げる僕。
見下ろす、巨大な赤ん坊。




