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4-4

●4-4


「サーラさん! しっかりして!」


 僕が怒鳴ると、サーラさんはビクッとし、後ろへ飛び退いた。


 サーラさんは僕を振り返り、それから貴族へと顔を戻した。


 貴族の方は、僕の方を見ている。体が竦む思いだった。


 目元は優しい。だが、眼力は重く、有無を言わさぬものを感じた。教会の司祭が狂信者を見る時の目に似ていた。力ある者が、抵抗出来ない者に相対する時の目。人に命令する事に慣れている人の目なんだろう。


「お父様、彼らは私に協力してくれて、ここまで共に来てくれたのです」


「知らぬ顔だ。雇ったのか」


「違います」


「……まさか、友か」


「はい」


 貴族は、わずかに目を細めた。口元には優しい微笑を浮かべたまま。羊飼いが生まれたばかりの羊を見るような優しさ。


「皆にも紹介するわね。私の父、ヤルバン・キルカムナ伯爵」


 紹介されて、しかしキルカムナ卿は頷くでもなく、当たり前のような顔をしている。


「ギスタには話したわね。お父様は、忙しい中でも私に……」


「ダンスを教えてくれた」


「ええ、そう。私は家の誰とも折り合いが悪くて、特に兄達には憎まれてもいた。お母様にも優しい言葉をかけてもらった覚えがない。乳母にも構われなかった。お父様だけが、私を見てくれたわ」


「お前はお転婆だったからな。危なげがあった」


「自分を守る為に元気な振りをしていたのです。隙を見せるのが恐ろしかったのです」


「分かっておる。だがそれで余計に邪魔者扱いされたな。剣なども習って」


「はい。だからこそ、私は今ここへ来ているのです」


「厄介払いか」


 サーラさんは言っていた。このダンジョンへ堕天使を討伐に行くと宣言しても、誰も止めなかったと。誰もついて来なかったと。討伐行の途中でサーラさんが死ぬなら、その方が兄達には都合が良いんだ。そんな家族ってあるか。


「でも私は嬉しいのです。誰からの縛りも邪魔もなく、ここへ来る事が出来たのだから」


 僕らを振り返り、


「彼らは私の力です」


 と言った。


「やはり、友か」


 キルカムナ卿が言う。その声音には、これまでとは違い、少し、棘があった。


「お前に友が出来たらと願ってきたが、実際にそうなると、複雑なものだな。妬けるな」


 そう言って声を出して笑った。


「でも安心して下さい。私がこの世で一番愛しているのは、お父様です」


 サーラさんも笑った。


 笑いはすぐにやんだ。


 サーラさんはキルカムナ卿の胸に飛び込んでいた。その手には、三角長剣(デルタ・ソード)が握られていた!


「お覚悟!」


 真っ直ぐに突き込まれた剣先は、しかしキルカムナ卿の胸には届かなかった。刃は、キルカムナ卿の手に止められていた。


 指輪を嵌めた指で、節くれだった素手で、鋼の剣を受け止めている……。


 堕天使には普通の武器は効かないんだ。この破邪の鎧がなければ。その事はサーラさんが一番良く分かっていたのに。


「この玩具はお前には危ない」


 キルカムナ卿は難なく剣を奪い取り、放り投げた。


 大理石の床に、重い音を立てて三角長剣(デルタ・ソード)が跳ねた。


「サーラ。元気なのは結構だが、ちとお転婆が過ぎるぞ。あまり父を困らせるな」


 キルカムナ卿の手が、サーラさんを抱き寄せ、彼女のはちみつ色の髪を優しく撫でた。


「やめ……!」


 歯を食いしばって身を捩るサーラさんだったが、その顔から、険しさが抜けて行く……。


 体からも力が抜けたのか、両腕をすとんと落とした。


「サーラさん!?」


 僕の呼びかけにも応えない。


 ただ、力ない声で、


「お父様、私は悪い子でした……」


 と呟いた。その声には涙が混じっていた。サーラさんは、ぼろぼろと涙をこぼしていた。


「ごめんなさい……」


 サーラさんは、父親を殺す為にここまで来た。自分を唯一愛してくれた父を。その父を彼女も愛するが故に。それは、凄まじい覚悟だ。


 それだけの覚悟を、こうもあっさりと折られるとは。


 これが、『堕天の力』か。やはり人の心までも変えてしまうのか!?


「良い子だ、サーラ。お前は可愛い良い子だ。はしたない格好は許さぬぞ」


 キルカムナ卿は幼い子に言い聞かせるように言い、サーラさんのマントを撫でた。


 マントが尖った「飛沫」を上げる。生地が脈打ち、千切れ、ほぼ裸だったサーラさんの素肌にまとわりつく。


「変化」しているのだ。


 そうして、それは豪華なドレスに変わっていた。


 煌びやかな、まるでお姫様のような格好のサーラさんが、キルカムナ卿の腕の中にいた。


 キルカムナ卿の『力』は、マントの「呪い」を完全に凌駕しているのだ。


「サーラ、お前には貴族としての幸せを得てもらいたい。もう舞踏会を抜け出すのはならんぞ。相手はわしが選んでやる」


「お父様……」


 サーラさんがうつろな目で呟き、父親の胸に顔を埋めた。




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