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クーリカはぜえぜえ言っている。壁に手をつき、胸を抑える。
これほど消耗しているとは。そんなに長く戦っていたのか?
小さな体が、ふら、と倒れ掛かる。
「クーリカ、怪我をしているのか!?」
慌てて抱き留める。
その時、クーリカの、いつも目深にかぶっていた修道服の頭巾が、後ろへ落ちた。初めて、クーリカの髪が露わになる。
が、しかし。
「これは……」
髪が、ピシピシと鳴った。
肩までもない短い赤毛が、音を立てながら、結晶化していくのだ……! 煌めくそれは、いつかクーリカの頭巾から零れ落ちた「へそくり」の赤い宝石そのものだった。
「クーリカ、君は」
僕の言葉にはっとしたのか、クーリカは慌てて頭巾をかぶり直す。僕の腕から逃れるように、身を離す。
「これは、違うの! クーリカは……、クーリカはモンスターなんかじゃない!」
クーリカが叫ぶ。泣いていた。頭巾の上から頭を抑えるが、そうする端から、宝石が零れ落ち、地面に跳ねた。
「見ないで下さい……。これは違うの……」
泣きながら、必死に訴えかけてくる。彼女はずっとこの事を隠していたのだ。
しかし、一体どういう事だ?
「魔法もまた『堕天の力』に通じている……」
サーラさんが硬い声で呟いた。
「魔法とは、『堕天の力』の具現の一つなのよ」
「それは……。ならば、もしかして約束の指輪が反応していたのは、ガーゴイルではなく、クーリカの魔法に対してだったのかもしれません。こんなに消耗するほど魔法を使ったのなら」
それに、あのガーゴイルは機動性こそあったけど、巨人ほど強いわけではなかった。約束の指輪の「羅針盤」を狂わせるほど『力』があったとは思えない。
「そうよ。そして『堕天の力』は変化をもたらす……。クーリカの髪が結晶化しているのも、魔法を使った副作用のようなものなんでしょう」
「違う、クーリカは違う、クーリカは、違う……!」
クーリカはしゃがみ込み、頭を抑えて、歯をガチガチ鳴らしている。
「クーリカ、しっかりするんだ」
僕は彼女の前に膝をついた。
クーリカが僕を見る。その目つきは、いや、その瞳は、人間の瞳孔の形とは違っていた……!
「ううっ……クーリカは……クーリカは……ううー!」
変化は髪だけではないんだ!
このままでは、どこまで変化してしまうのか分からない。クーリカが恐れるように、本当にモンスターと化してしまうのか。
「怖い……怖いよ……」
苦しみ、怯える子供を前に、僕は何をすればいいんだ?
クーリカがあれほどモンスターを憎んでいたのは、修道院の教義が理由なのはもちろんだが、自分自身もまたモンスターに変化してしまうという恐怖ゆえのものだったのかもしれない。
「でも、ただの人間が魔法なんて使えるはずがないわ。なぜ辺境の修道院のシスターは魔法を使えるの? まさかクーリカ、『堕天石』を……?」
「あ、ああ、うううー! 『天の血酒』が……。血管が焼ける……!」
クーリカが頭を抑えながら、前のめりに倒れる。彼女の前にいた僕にもたれかかってくる。
「クーリカ!」
息を荒げる少女の額に、そして目から頬に、血管が浮き上がっていた。しかもそれが、紫色に光っているのだ!
「なんだこの血管は!?」
「『天の血酒』って何!? クーリカ、あなた『堕天石』を体内に取り込んでいるのね!? それが修道院のやり方なの……?」
「修道院が……? くそお!」
「辺境の修道院」は、シスターにモンスターを憎めと教えながら、そのシスターにはいずれモンスターになるような処置を施していたのか。じゃあ、完全にモンスター化したシスターはどうなるんだ!? その子も、他のシスターに退治させるのか!?
「ちくしょう!」
その間もクーリカに浮き出た血管は伸び、脈打ちながら光っている。
頭巾の中では、バキバキと、より激しく、髪の結晶化する音が鳴っている。
これが魔法の副作用なら、今もまだ魔法を、魔力を放ち続けているって事なのか?
「クーリカ、落ち着け。なんで鎮まらないんだ!?」
「あ! あ! 体が、言う事をきかない! 魔力が止まらない……!」
「クーリカ、しっかりして! 何か、魔力を抑える薬か何かを持っていないの!? 炎の魔法を使い過ぎた事が引き金になったのか……」
サーラさんもクーリカの手を掴む。
「あああ! 駄目! 助けて! 騎士様ー!」
クーリカから見えない波動が膨らみ、僕とサーラさんは弾き飛ばされた。
「ぐはっ」
ダンジョンの壁に叩きつけられる。
波動は止まらない。
見えない力が波のように押し寄せ、それが僕の体を打つ。魔力が暴走しているんだ。
「あああー!」
魔力の波動はどんどん膨らみ、ダンジョンの柔らかな壁や天井に「傷」をつけていく。その「傷口」から、熱く粘ついた「血液」が迸る。
「グ、ア、ア、ア、ア」
重苦しい「悲鳴」が聞こえる! 人のものでもモンスターのものでもない。ダンジョンが痛みを感じているのか?
「クーリカ……。サーラさん……!」
僕は壁に手をついて体を起こしたが、その壁が「千切れ」、崩壊していく。
「ギスタ! いけない、ダンジョンが崩れていく……!」
サーラさんがそう言った時、ダンジョンの床が血を吹きながら「破れ」ていった。床が抜ける……!
「サーラさん! クーリカ!」
僕らは千切れたダンジョンの構造物ごと、下へと落ちていった。




