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4-2

●4-2


 クーリカはぜえぜえ言っている。壁に手をつき、胸を抑える。


 これほど消耗しているとは。そんなに長く戦っていたのか?


 小さな体が、ふら、と倒れ掛かる。


「クーリカ、怪我をしているのか!?」


 慌てて抱き留める。


 その時、クーリカの、いつも目深にかぶっていた修道服の頭巾が、後ろへ落ちた。初めて、クーリカの髪が露わになる。


 が、しかし。


「これは……」


 髪が、ピシピシと鳴った。


 肩までもない短い赤毛が、音を立てながら、結晶化していくのだ……! 煌めくそれは、いつかクーリカの頭巾から零れ落ちた「へそくり」の赤い宝石そのものだった。


「クーリカ、君は」


 僕の言葉にはっとしたのか、クーリカは慌てて頭巾をかぶり直す。僕の腕から逃れるように、身を離す。


「これは、違うの! クーリカは……、クーリカはモンスターなんかじゃない!」


 クーリカが叫ぶ。泣いていた。頭巾の上から頭を抑えるが、そうする端から、宝石が零れ落ち、地面に跳ねた。


「見ないで下さい……。これは違うの……」


 泣きながら、必死に訴えかけてくる。彼女はずっとこの事を隠していたのだ。


 しかし、一体どういう事だ?


「魔法もまた『堕天の力』に通じている……」


 サーラさんが硬い声で呟いた。


「魔法とは、『堕天の力』の具現の一つなのよ」


「それは……。ならば、もしかして約束の指輪が反応していたのは、ガーゴイルではなく、クーリカの魔法に対してだったのかもしれません。こんなに消耗するほど魔法を使ったのなら」


 それに、あのガーゴイルは機動性こそあったけど、巨人ほど強いわけではなかった。約束の指輪の「羅針盤」を狂わせるほど『力』があったとは思えない。


「そうよ。そして『堕天の力』は変化をもたらす……。クーリカの髪が結晶化しているのも、魔法を使った副作用のようなものなんでしょう」


「違う、クーリカは違う、クーリカは、違う……!」


 クーリカはしゃがみ込み、頭を抑えて、歯をガチガチ鳴らしている。


「クーリカ、しっかりするんだ」


 僕は彼女の前に膝をついた。


 クーリカが僕を見る。その目つきは、いや、その瞳は、人間の瞳孔の形とは違っていた……!


「ううっ……クーリカは……クーリカは……ううー!」


 変化は髪だけではないんだ!


 このままでは、どこまで変化してしまうのか分からない。クーリカが恐れるように、本当にモンスターと化してしまうのか。


「怖い……怖いよ……」


 苦しみ、怯える子供を前に、僕は何をすればいいんだ?


 クーリカがあれほどモンスターを憎んでいたのは、修道院の教義が理由なのはもちろんだが、自分自身もまたモンスターに変化してしまうという恐怖ゆえのものだったのかもしれない。


「でも、ただの人間が魔法なんて使えるはずがないわ。なぜ辺境の修道院のシスターは魔法を使えるの? まさかクーリカ、『堕天石』を……?」


「あ、ああ、うううー! 『天の血酒』が……。血管が焼ける……!」


 クーリカが頭を抑えながら、前のめりに倒れる。彼女の前にいた僕にもたれかかってくる。


「クーリカ!」


 息を荒げる少女の額に、そして目から頬に、血管が浮き上がっていた。しかもそれが、紫色に光っているのだ!


「なんだこの血管は!?」


「『天の血酒』って何!? クーリカ、あなた『堕天石』を体内に取り込んでいるのね!? それが修道院のやり方なの……?」


「修道院が……? くそお!」


「辺境の修道院」は、シスターにモンスターを憎めと教えながら、そのシスターにはいずれモンスターになるような処置を施していたのか。じゃあ、完全にモンスター化したシスターはどうなるんだ!? その子も、他のシスターに退治させるのか!?


「ちくしょう!」


 その間もクーリカに浮き出た血管は伸び、脈打ちながら光っている。


 頭巾の中では、バキバキと、より激しく、髪の結晶化する音が鳴っている。


 これが魔法の副作用なら、今もまだ魔法を、魔力を放ち続けているって事なのか?


「クーリカ、落ち着け。なんで鎮まらないんだ!?」


「あ! あ! 体が、言う事をきかない! 魔力が止まらない……!」


「クーリカ、しっかりして! 何か、魔力を抑える薬か何かを持っていないの!? 炎の魔法を使い過ぎた事が引き金になったのか……」


 サーラさんもクーリカの手を掴む。


「あああ! 駄目! 助けて! 騎士様ー!」


 クーリカから見えない波動が膨らみ、僕とサーラさんは弾き飛ばされた。


「ぐはっ」


 ダンジョンの壁に叩きつけられる。


 波動は止まらない。


 見えない力が波のように押し寄せ、それが僕の体を打つ。魔力が暴走しているんだ。


「あああー!」


 魔力の波動はどんどん膨らみ、ダンジョンの柔らかな壁や天井に「傷」をつけていく。その「傷口」から、熱く粘ついた「血液」が迸る。


「グ、ア、ア、ア、ア」


 重苦しい「悲鳴」が聞こえる! 人のものでもモンスターのものでもない。ダンジョンが痛みを感じているのか?


「クーリカ……。サーラさん……!」


 僕は壁に手をついて体を起こしたが、その壁が「千切れ」、崩壊していく。


「ギスタ! いけない、ダンジョンが崩れていく……!」


 サーラさんがそう言った時、ダンジョンの床が血を吹きながら「破れ」ていった。床が抜ける……!


「サーラさん! クーリカ!」


 僕らは千切れたダンジョンの構造物ごと、下へと落ちていった。




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