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僕らは前に進むしかないんだ。
約束の指輪を手に、急ぎ足で進む。
「約束の指輪。約束の光。僕らを導いてくれ」
小一時間も進んだ時、突然、指輪の光が激しく点滅した。
「なんだ?」
焦ったが、すぐに光は戻った。
「壊れたのかと思いました」
「待ってギスタ。ほら、光の差す方向がさっきまでと違う」
「本当だ。これって……強力なモンスターが現れたのかもしれません。あの巨人のように、強い『堕天の力』を受けて生まれたモンスターが」
「そのようね。ここは、新たな光を無視して、さっきまで差していた方へ行きましょう。危険は避けるべきよ」
「そうですね」
そう言ったまま、しかし僕は、その場に立ったままだった。
「ギスタ?」
「僕らにはこの指輪があるから、『堕天石』まで最短距離で行けます。でも……クーリカはこんな便利なアイテムは持ってません。きっと迷いながら、遠回りしながら進んでいるはずです。そしてクーリカは、出会ったモンスターがどんな相手であっても、決して逃げたりはしない。あの子は戦闘シスターだから……」
それ以上の言葉は必要なかった。
「分かったわ。新しい方向へ向かいましょう」
サーラさんは、迷いもなく、進み始めた。既に三角長剣を抜いている。
「はい!」
指輪の光は、時に揺らぎ、時に閃光のように煌めく。不安定な光り方だ。嫌な予感がした。
そして案の定。
「クーリカ!」
やはり、クーリカがモンスターと交戦するところへ出くわした。
クーリカは必死に戦っている。しかし、聖鎚と聖杭を使ってではない。
「も、燃えてしまえ!」
腕を激しく振るう。掌から、粘っこい炎が迸る。
「炎の魔法を使っている!?」
しかし、それを放たれたモンスターの方は、宙を飛び火を躱す。一見人型だが、全身が黒く、大きな一対の翼も黒い。
「……ガーゴイル」
サーラさんが呟く。
バサバサと翼を鳴らし、縦横に飛び回るガーゴイル。
機動性の高いガーゴイルが相手だから、クーリカも聖鎚と聖杭では対処出来なかったのだ。だから、まだ不完全な炎の魔法に頼る事になっているんだ。
「逃げるな! モンスター!」
矢継ぎ早に魔法の火を放つクーリカ。
しかし当たらない。
それどころか、狙いを外した炎は地面や壁にぶつかり、まるで有機物のような壁を焼いていく。辺りには腐肉を焼いたような嫌な臭いが立ち込めていた。
「クーリカ! 焦っちゃだめだ!」
急いで助勢に向かうが、
「ギスタ様……。助けなんていらない! 来るな! モンスターめ!」
クーリカの瞳には、やはり僕への憎しみがあった。炎に照らされて、表情は鬼気迫るものがあった。
だが、そんな言葉にいちいち傷ついている余裕はない。
「僕は、体はモンスターでも、心は人間のままだ! 君が心配なんだよ、クーリカ!」
「なぜクーリカがモンスターに心配されなくちゃいけないの! あなたは罪人よ! 罰を受けるべき存在なのよ! モンスターは、全部……」
口と瞳は威勢が良かったが、クーリカは相当に消耗していた。激しく咳き込み、膝を折ってしまう。
「ギスタ! クーリカを起こしなさい!」
急降下してきたガーゴイルを、サーラさんの三角長剣が薙ぎ払う。
堅い火花が散った。
ガーゴイルの爪が炎を反射している。
「クーリカ!」
クーリカに肩を貸そうとしたが、その手に聖鎚が振り下ろされた。ガツンという衝撃が、鎧の全身に伝わる。
「クーリカに触らないで……! お願い……」
そう言ったクーリカの目には、しかし涙が浮かんでいた。
「君が僕を憎むのは仕方ない。でも、僕は今でも君の友達のつもりだ。僕は友達を見捨てない!」
「友達なんかじゃ……う!」
クーリカが聖鎚を落とし、口を押える。
「どうしたんだ」
「ギスタ! そっち!」
サーラさんの声に振り返る。
間一髪、ガーゴイルの足の一撃を左腕の盾で防いだ。
ガーゴイルは即座に急上昇し、天井を蹴って方向を変え、こちらへ駆け寄ろうとしていたサーラさんの頭上を過ぎた。
サーラさんが壁を蹴って高く跳ぼうとしても、とても捉えられない。
「エル! 蛇腹剣で奴を絡め捕れないか!?」
だがエルは沈黙したままだ。
盾裏のクロスボウを射る。
しかし、ひと時も動きを止める事のないガーゴイルには、当てられない。
「ならば」
背嚢の担砲を構える。濡れてしまった黒色火薬は、一応焚火で乾かしてある。だが、この湿気っぽい階層だ。撃てる保証はない。
「頼む!」
撃つ。
バスン! と鈍い音。やはり完全な状態ではなかったのだ。
それでも多くの鉄片が見えない速度で打ち出され、ガーゴイルの片方の翼を切り裂いた。ガーゴイルは宙でよろけ、高度を落とす。
「私の方が、高い!」
サーラさんが壁を駆け上がる。
三角長剣が二度煌めき、ガーゴイルの頭と残りの翼が落ちた。




