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1-1

●1-1


 随分と長く眠っていた気がする。だが時の感覚があるわけでもない。時間になど興味はない。


「主」からの指令に目を覚ます。餌が近い、備えろ。それが指令だった。


「頭」をもたげる。そう、さっきまでは何の形もなしていなかった薄いピンク色の細胞が、今は人の頭の形になっていた。よく「知っていた」形だ。人間の「少年」の顔。


 続いて「肩」、「腕」、「胴」……。


「足」が出来たところで、匣から立ち上がる。外に出る。とは言え、「主」との絆は途切れていない。「糸」が繋がったままだ。


 歪な石造りの道。その向こうから、硬い足音が響く。全身を鎧に包んだ一人の戦士がやってくる。


 獲物だ。獲物が来た。食い物だ……。一人でうろつくなど、間抜けもいいところだ。


 戦士はこちらを見ている。まっすぐに歩いてくる。


 左手にランタン。右手に剣を提げている。鍔元が極端に広く、切っ先へと二等辺三角形をつくる長剣だ。三角長剣(デルタ・ソード)というものだろう。


 ランタンの光を猛烈に反射して、纏う鎧がギラギラと光っている。


 下ろした面頬で顔は見えない。が、顔なんてどうでもいい。鋼の中に美味そうな肉体がある事は分かる。匂いで分かる。そう、大事なのは肉だ。血だ。


 美味そうだ、早く食いたい……。早く溶かしたい。吸収したい。一つになりたい……。


 猛烈な食欲を、無理矢理抑える。


「戦士殿、お待ちしておりました」


 流暢な言葉が「口」から出る。


 だが、鎧の戦士は、こちらを向きながらもこの「少年の顔」を見ていなかった。こちらに構う事なく、横を通り過ぎ……。無造作にランタンを置き……。匣に向って、三角の剣を振り下ろした。


「みぎゃああ!」


「主」の悲鳴が上がる。


 悲鳴を「耳」から聞く前に、「主」の痛みと恐怖が、「糸」から伝わってきた。


 あの戦士は、匣の「正体」を知っているのだ!


 一見石で出来ているように見える匣が、剣の一振りごとに、柔らかな肉片となって飛び散る。そのたびに、「主」の、負の感覚がこちらへ伝わり突き刺さる。「痛い」「怖い」「壊される」「殺される」


 そうして、「主」の一番大切な部分、芯の部分が、露わになった。戦士は何の迷いもなく、手を止める事なく、そこへと三角長剣(デルタ・ソード)を振り下ろした。


 その瞬間、「主」の黒い絶望がこちらへ届き、しかしその余韻は短かった。「主」から伸びていた「糸」がぷつりと切れたのか。ただ黒い闇だけが残り、全ては遠くなり、何も分からなくなった……。




 …………………………。


 …………ん?


 あれ、僕は倒れているのか?


 そうだ、僕は「僕」だ。「こちら」とか何かではない。僕は「僕」だ。


 石の地面に両手を突っ張り、体を起こす。


 背後で気配がする。ゆっくりと振り向く。ああ、さっきの鎧の戦士が、ミミックの死骸を漁っている。


 そこで体に違和感を覚えた。酷く気だるい。いや、そんなレベルではない。力がどんどん抜けて行く。


 右手を上げて、見る。肌は、薄いピンク色の、半透明なものだった。表面から白い蒸気が上がっている。


 手だけではない。全身から、しゅうしゅうと音を立てて、冷たい湯気が上がっているのだ。


 体が、干乾びて行く……。力が蒸発していく! だめだ、このままでは、死ぬ……!


「う、ううっ……」


 僕の呻きに戦士が振り向く。


「ミミックの『舌』がまだ動くか。本体は壊したのだが」


 僕に面を向けたまま、戦士が三角長剣(デルタ・ソード)を構える。


 ミミックの……舌? なにが? 僕の事を言っているのか?


「助けて! 僕はミミックじゃない! 人間だ!」


 僕は前のめりに倒れ、そのまま土下座の格好になっていた。


「喋った!? 本体を殺したのに、『舌』がなぜ喋れる?」


 戦士が驚いている。


「本体からの指令の信号でもまだ残っていたのか。モンスターの残骸め」


「僕はモンスターなんかじゃない。僕も、あのミミックに襲われたんだ」


「モンスターではないとは笑止。その体で何を言う?」


 そう言われて、僕は改めて自分の体を見た。


 ピンク色の半透明の手。透けているとは言え、その奥に骨が見えるわけでもない。骨なんてないのだ。どこまでも薄いピンク色の、人ではない手……。


 蒸気を上げる手で、体中を触ってみる。胸の辺りだけ、ぼんやりと光っていた。


「僕は……人間じゃない? 人間じゃなくなってしまった!?」


 あの時、僕はミミックに襲われて、体を溶かされて……。死んだはずだ。


 じゃあ、今の僕は? 僕には意識がある。だけども、この体は。


「僕は、ミミックの『舌』なのか……!」


 僕はミミックに殺され、養分として吸収された。そして僕の生前の姿はミミック細胞にコピーされ、「餌」を誘う為の罠、ミミックの「舌」として利用されたのだ……。


 しゅうしゅう鳴りながら、体から蒸気が上がる。痛みがあるわけではない。ただ、生命力が漏れていく。


「う、うう……!」


 死ぬ? もう一度、死ぬのか。


「残留思念だか何だか知らないが、そのまま朽ち果てるがいい」


 僕が最早自分では動けないのを見て、戦士は三角長剣(デルタ・ソード)を鞘に納めた。宝漁りに戻る。


 ミミックの「正体」は木製の匣だったようだ。その残骸に混じって、いくつもの物体が転がり出ていた。これまでにミミックが餌食にしてきた探索者の持ち物だろう。


 ああ、なんてこった。この世で最後に見るのが、鎧を着た戦士がごそごそモンスターの死骸を漁る後姿だとは……。なんて冴えないんだ。


「碌な物がないんだな。あ、でもこれはなかなか、お洒落かも」


 鎧の戦士が一枚のマントを手に取る。


 何がお洒落だ。僕にはどうでもいい。なんで無骨な鎧姿の戦士が、ちょっと気取ったポーズでマントを纏う様を見ながら死ななきゃならないのだ……。


 僕が情けなさと悔しさで睨みつける先で。


 突然。


 戦士の着ていた鎧が、すぽぱーん! と弾け飛んだ。それぞれの部位が、ばね仕掛けのように、ダイナミックに脱げた。


 ガチャンガチャンと派手な音を立てて落ちる鋼の鎧。


 そして、その中から現れたのは、素っ裸でマントだけを身につけた、一人の女の子だった……!




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