3-10
●3-10
サーラさんとクーリカが必死に戦う。
だが、僕とエルは突っ立ったままだった。
〝どうしたんだ、エル! 僕に代わるんだ!〟
「あいつ……アタシの名を呼んだ……。死んでいるのに」
サーラさんの三角長剣が翻る。
クーリカの聖杭が炸裂する。
そのたびに、バラバラになった死人の手足が落ちる。
「エ……ル……。痛い……」
巨人の顔を構成する死体達の中で、一体の死体が手を伸ばした。その手に、光る物があった。
「あれは指輪……。アタシがあげた、約束の指輪……」
〝エル!?〟
エルは自分の胸甲を外し、鎖帷子を捲くった。
「カラト! エルはここよ! アナタからの、アナタにもらった指輪はここにあるわ!」
エルの、僕らの肉体の中で、エルの魂の宿った指輪が光る。
「エ……ル……エェ……ルゥ……」
巨人の一部が、死体の口が、亡霊のように繰り返す。
「待っていて!」
エルが走る。聖鎚を手に息を切らせているクーリカのもとへ向かう。
「クーリカ!」
「えっ」
「アンタなら彼を助けられるでしょ! アンタの癒しの魔法で!」
「何を言っているの!? だってあれはモンスターです!」
「アタシのカラトよ!」
「クーリカは、モンスターを倒すのが仕事です!」
「アタシの……! 助けてよ!」
エルがクーリカの腕を掴む。
「離して!」
〝やめろ、エル!〟
「今度こそ、アタシは幸せになるの!」
〝エル!〟
エルは常軌を逸している。このまま体を任せていては危険だ!
「あ!? ギスタ!? やめて!」
エルが頭を抱えて悶える。
僕の魂で、エルの魂を抑え込む!
〝エル! 僕に任せるんだ!〟
「邪魔をするな!」
体の中で、肉体の主導権を奪い合う。
「え!? ギスタ様? いや、エル様……!? え、え……」
僕らを見て、クーリカがパニックを起こしている。
無理もない。今、一つの体に、僕の顔とエルの顔が交互に現れたり消えたりしているのだろう。
「人間じゃ……ない……」
クーリカの呆然とした声が、耳に入ってくる。
「うっ、よし……!」
やっと、体のイニシアチブを奪い取る。
「そんな……。ギスタ様、あなたは……? 人じゃない……。まさか、モンスターだったなんて……!」
子供の顔が、力なく首を振る。
「友達だって言ったのに……」
僕らの足元に、巨大な影が映った。
僕はクーリカを抱いて、横に跳んだ。クーリカを庇うようにして転がる。
巨人の拳が地面を叩く。
「離して! モンスターは敵だ!」
僕の下で、クーリカが叫ぶ。言葉が刺さる。
何も言い返せなかった。説明する暇もなかった。
「ギスタ! 中を焼く!」
サーラさんの声。
「はい!」
僕は飛び起きた。
「クーリカ、聖杭を貸してくれ」
「なんで!? なんであなたのようなモンスターに!」
「僕を退治したいなら、あいつを倒してからそうすればいい!」
サーラさんは巨人に飛び乗り、その巨体の上を駆け、繋がった死体を深く切り裂いていく。
僕もサーラさんの後を追うようにジャンプし、深い傷口へ、油袋を押し込んでいく。
そうして僕は、盾に装着された二連クロスボウに、クーリカの聖杭を装填する。
〝ギスタ、やめて〟
エルの弱々しい声が、僕の中でする。
僕はそれに応えず、次々に、聖杭を撃ち込んでいく。装填して、撃ち、装填して、撃つ。
〝お願いよ、ギスタ……〟
僕は応えない。
代わりに、
「サーラさん!」
と叫び、二人で次々と、聖杭の尻を叩いて回った。
〝やめてーー!〟
巨人の体内でドカッドカッと火薬が炸裂し、同時に炎が上がる。
「アー、ア、アーーー!」
火に包まれ、巨人が絶叫した。ダンジョンを震わすような、咆哮。
壁が、床が、天井が、大きく振るえ、その表面が飛び散った。
「エル、見ちゃだめだ」
僕は燃える巨人に背を向け、目を閉じた。
破邪の鎧の中で、ミミック細胞の肉体が波打っていた。エルが言葉にならない悲鳴を上げているのだ。エルの悲しみが、ピンクの半透明の肉体を打ち、僕の心を打った。
「あなたは騎士様なんかじゃない……。モンスターめ」
クーリカの子供らしい顔に、丸い瞳に、切るような火が燃えていた。
その目の力に、僕は怯んだ。怒りではない。憎しみの色をしていた。彼女は僕を憎悪している。
「クーリカ、僕は……」
「近寄らないで!」
クーリカの手に、炎が巻き起こる。それは、炎のモンスター・ヒザマから吸収した、炎の魔法だ。
「近付いたら、焼きます」
「クーリカ! そんな無暗に魔法を使っては駄目よ!」
サーラさんが叫ぶ。
「無暗ではありません! この炎は、戦闘シスターであるクーリカが、モンスターを滅ぼす為に使う火です」
「クーリカ、僕は確かに、人間ではない……。でも聞いてくれ!」
一歩前に出る。
「近付かないでと言いました!」
クーリカが手を振るう。濃厚な赤の炎が迸り、僕の足元を焼いた。
ダンジョンのこの階層を構成する、有機的な物質がじゅうじゅうと鳴り、焼かれ溶けていく。
「クーリカ! ギスタは敵ではないのよ!」
「サーラ様。あなたはこの男の正体を知っていたんですね。それでもクーリカには黙っていた。あなたの事も信用出来ません」
クーリカは聖鎚を手に持った。
「僕らと戦うの? クーリカ」
クーリカは僕を睨み、サーラさんを睨んだ。
そして。
「これまでです」
クーリカは聖鎚を掴んだまま、一人で去って行った。
僕はそれを追う事が出来ないでいた。僕はモンスターなのだ。それは真実なんだ。この体は人間のものではない。僕一人のものでもない。




