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●3-9
突然、地響きが!
「うわっ」
よろめいて壁に手をつくと、柔らかな壁もまたぶるぶると震えている。
「わわわ!? 何ですか!?」
「まるで地震みたいね」
地響きは続く。ずずん、ずずん、と連続して。
「サーラさん、これって」
「ええ。足音……迫って来ている!」
僕らは武器を抜いて身構えた。
なんだよこれ。一体どんなモンスターが来るんだ?
そして、通路の奥、光の届かない闇の中から現れたのは。
「助けてくれ!」
長身の、人間の男だった。半裸で、武器も何も身につけていない。
「仲間が怪我をしているんだ! 頼む、手を貸してくれ! 早く助けないとやられちまう! 女も子供もいるんだ! 食われちまうよ!」
「え、子供が!? 怪我の具合は? 人数は」
クーリカが、彼の方へと向かう。
サーラさんも周りに目を配りながら、彼へと近付いて行く。
「駄目! そいつに近付くな!」
僕の「口」が叫んだ。でも、それは僕の口ではなかった。エルの口だった。
「そいつは、その男は」
足が勝手に前に出る。
「アタシが殺す!」
〝エル? どうしたんだ!?〟
最早肉体は完全にエルのものになっている。僕には何も出来ない。
既に、手には蛇腹剣が抜かれていた。
男へと、エルが走る。
「死ね! カラト!」
振り下ろした蛇腹剣の刃が、サーラさんの三角長剣の刀身に絡みつく! 間一髪で受け止めたのだ。
「どうしたの!? 何をするの!」
「ギスタ様!?」
クーリカも驚いている。
「どいて、サーラ! 下がってなさい、クーリカ! そいつを殺す!」
「え!? なぜ!?」
「この男は、アタシを殺したからよ!」
〝何を言っているんだ、エル!?〟
「なんだこいつ!? 俺は何もしていない!」
男が叫ぶ。
「カラト、アタシを忘れたの!? アンタと一緒に盗賊ギルドを抜けて! アンタを信じてここまで来て! アンタに毒を盛られて、ミミックの中へ捨てられた……」
エルは面頬を上げた。
「え、ギスタ様じゃ……ない……」
クーリカが目を見張る。
「そうよ。アタシはエル。この男に殺されて、怪物となって生き返ったのよ! 復讐する為に!」
「エル?」
その男、カラトが言う。
この男が、エルに毒を盛ったって!? それじゃあ、エルはミミックではなく、この男に殺されたという事か!
「エルだと? そんな奴は知らないぞ! それよりも、仲間を助けてくれ! 皆死にそうなんだ! 俺一人じゃどうにもならないんだ!」
「貴様! 殺してやる!」
いきり立つエルを、サーラさんが鍔迫り合いの形で必死に止める。
その向こうで、クーリカは男のすぐそばまで来ていた。戸惑いがちに、こちらを振り返る。
「早く、こっちだ! 一緒に来てくれ!」
カラトがクーリカを促す。
それからこちらを振り向き、サーラさんに、
「あんたもだ! そんな頭のおかしい女に付き合ってないで、こっちに来てくれ! 急がないと殺されてしまう!」
「駄目よ! クーリカ! サーラも行っちゃ駄目! カラト! エルの名を忘れたか!」
「エルなんて知らん! エルなんて女は……」
険しかったカラトの顔が、突然、無表情になった。棒立ちになり、両手をぶらりと下げる。
「エ……ル……。エェ……ルゥ……」
一瞬前の緊迫した声音とは打って変わった、棒読みの、不気味な声。無表情で、唇もほとんど動かしていない。
「エ……ル……助け……て……」
地響きが、一際大きくなった。曲がり角の壁が、砕け散った。
そして、そいつが現れた。
「きょ、巨人……」
人の三倍、いや四倍は高さがある巨人が、壁を壊しながら、天井を削りながら姿を現したのだ!
「サーラ! クーリカを!」
エルが蛇腹剣を解くと同時に、サーラさんが走っていた。クーリカを横抱きに、飛び退く。
少女が一瞬前まで立っていた場所へ、巨人の大きな拳が落ちた。
「エ……ル……助けて……苦しい……」
カラトは人形のような、いや、まるで死人のような顔で呟く。そして、ふわりと浮かび上がった。見れば、彼の足からは「何か」が伸び、それが巨人の首の辺りと繋がっていた。
浮かび、巨人に引き寄せられたカラトの体は、そのまま巨人の首から頭へと張り付いた。
「融合したのか?」
サーラさんが呟く。
融合……。
カラトだけではない。巨人の体のあちこちに、人間の顔や手や足が見て取れた。と言うよりも、多くの人間の体をくっ付けて、巨人の姿を形作っているのだ。
巨人の体中にある人間の顔は、皆死人の顔だった。それもかなり古い、ほとんど朽ち果てている死体だ。
「ここがダンジョンになる前の、宗教遺跡だった時に埋葬されていた遺体が、この巨人の素材となったのかもしれません。そしてあのカラトという人は、最も新しいパーツなんでしょう」
クーリカが言う。
僕もそう思う。
カラトという男も、死人なんだ。あの男が、恐らくこのダンジョンに一番乗りした人だ。ここまで来て、巨人に殺され、取り込まれた。そして僕らを誘い込む罠として使われたんだろう。僕が、ミミックの「舌」だったのと同じように……。
「サーラ様! こいつは堕天使じゃ……!」
「いいえ、違うわ」
冷静な声だった。
「こいつはただの、死体が融合した巨大なゾンビよ。ただのモンスター」
三角長剣を構える。
サーラさんの言葉に、クーリカも頷き、聖鎚と聖杭を手に持った。




