3-8
●3-8
「クーリカが起きる前にエル様は行ってしまったんですか? 何も盗られてないでしょうか? 妙にエッチで妖しかったから……」
自分の装備をチェックするクーリカ。
〝さすが、一人でダンジョンに潜るだけあって、しっかりしている娘ね〟
エルが僕の中で感心する。
確かに、しょっちゅうスリにあっていた僕とは違うな……。
僕らはダンジョンを進む。数々の罠を突破し、モンスターを倒して。さらに下へ下へと降りていく。
ダンジョンの造りも変化していく。
最初石造りだった通路が粘土質のものへと変わり、それが今や、まるで生物の体内のような、妙な柔らかさのある壁になっていた。空気自体も湿り気を帯び、重い。空間自体は道幅も広く、天井も高くなっていたが、空気が重いので妙な圧迫感があった。
「嫌な臭いね」
サーラさんが時折顔をしかめる。
僕はサーラさんの肌が心配だ。服も着れないんじゃ、毒や酸には一たまりもない。
とは言え、サーラさんはただ歩くだけでも颯爽として、軽やかで、サンダルの裏以外は決して汚さない。
反対に僕はもうびちょびちょ。地面の突起に足を取られて派手に転んだ事も一度や二度ではない。
〝ちょっとー! ドジ踏まないでよ! アタシの体でもあるんだから〟
ごめんよ、エル。
「ふう。暑いです」
クーリカが額の汗を拭う。
火の手がどこかにあるわけではなく、壁そのものが、妙な温かみを持っているのだ。湿った温かさを。これもまた、気持ちの悪いものだった。
「本当にダンジョンていうのは、人の手で造ったものとはまるで別の構造物なのね。素材も分けが分からなくなっている」
サーラさんが壁を見つめて言う。
その壁にはひび割れが走り、そこからぶじゅぶじゅと嫌な音を立てながら、粘っこい液体が染み出ている。
「そりゃあもう『堕天石』のパワーですもの。我ら人間が理解出来ないのも当然です!」
クーリカは妙に誇らしげだ。
「うん。なんだかここまで不気味だと、ゴールも近いって感じがするね」
僕が言うと、サーラさんもクーリカも頷いてくれた。
「さすがギスタ様。このまま『堕天石』まで一直線です!」
〝アタシの復活も近いわ~〟
エルの明るい声も、心強い。
そうだ。旅の終わりは近い。
「でも『堕天石』ってどういう物なんだろう。一つなのかな。それとも破片があちこちに散らばっているのかな。もし皆の分が足りなかったら……」
「自分の分はいい、なんて言うつもりね」
とサーラさん。
〝やれやれ。お人好しには頭が下がるわ〟
とエル。
「ギスタ様って本当に優しいんですね……」
目をうるうるさせるクーリカ。
「でも、『堕天石』はそんなしょぼい物じゃないですよ! 三人で割って分けても十分な大きさです。小石一つの大きさだって、その『力』たるや、とんでもない奇跡を起こせるんですから」
「え、クーリカは見た事あるの?」
「もちろんです! 我らが辺境の修道院と戦闘シスターを舐めちゃあいけません!」
「でも『堕天石』を手に入れたぐらいで、『力』を好きにコントロール出来るなんて思ってはだめよ。あれは人の力ではないんだから」
「クーリカにお説教するなんて……! サーラ様、業が深いです!」
「私には、あなたのような子供が武器を持つ方が業が深いと思うけど」
「そんな事ないです! サーラ様みたいな破廉恥な格好している人の方がずっと業が深いです! きっとサーラ様の押し隠していた本当の欲望が、呪いを発動させちゃったんだと思います! だからその呪いは、サーラ様の心が浄化されるまでは解けませんよ、きっと!」
「えええ!?」
なんだか、クーリカと出会ってから賑やかになったな。サーラさんも、華麗な女戦士の面の他に、なんだか女の子らしい元気さが出てきたというか。単にペースを乱されているだけかもしれないけど。それでも、仲間が出来るのは良い事だよね。
まあでも、このパーティもダンジョンを攻略するまでだ。皆、偶然このダンジョンで出会っただけ。地上へ出たら別れるんだ。それでいいんだ。
〝探索の終わるのが寂しいんじゃないの? ギスタ〟
「え」
エルは僕の心の声まで聞こえるのか? そんなわけないよね。
「なんで分かったの?」
兜の中で、小声で呟く。
〝アンタって分かりやすいのよ。お人好しだから〟
エルの笑い声が、僕にだけ聞こえる。
〝昨夜もお楽しみだったようだし〟
「え! 起きてたの!?」
〝ううん。寝てた。てきとうに言ってみただけ〟
なんだよ……。
〝……本当に何かあったの?〟
「別に何もないよ」
〝とは言え、アンタは優しい奴だけど、目的は復讐なのよね。『堕天石』を手に入れるのも、魔剣を造って仇を殺したいからだものね〟
復讐。そうだよ。
〝サーラだってこのダンジョンの堕天使を殺す事が目的だし。クーリカもモンスターを殺す事が目的でもある。皆同じ穴のむじなよ〟
その通りなんだけど、胸に刺さるな。
〝悪い事じゃないわ。幸せになる為だもの。アンタが復讐して幸せになるのならそれでいいんじゃない? サーラがここの堕天使を殺して幸せになるならそれでいいし、クーリカがモンスターを殺しまくって褒められる事が幸せならそれもいい。幸せなんて人それぞれなんだから〟
「うん、そうだね。そしてエルは、生き返って幸せになるんだね」
〝言ったでしょ。アタシも同じ穴のむじなよ〟
「え?」
〝アタシも、殺したい奴を殺す。それがアタシの目的。幸せになる為のね〟
殺し。エルも。
〝ギスタ〟
「うん?」
〝『堕天の力』で、皆が幸せになれればいいね。今度こそ。天から降る石だったら、そのくらいしてみろってんだ〟




