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3-3

●3-3


 通路を走り、二人から距離を空けたところで立ち止まる。


 よろけ、膝をつく。これ以上は走れなかった。まともに体が動かない。


 内部からムカデに食われているんだ!


「さっきまではこっちが食っていたのに!」


 どうすればいいんだ。根競べなのか。


「腹に力を入れてもどうにもならないよ!」


〝この体は人間じゃないんだから、アタシらはミミック細胞に仮に宿っているだけなんだから、それをしっかり意識するのよ!〟


「どういう事!?」


〝この体を、道具としてコントロールするの! ムカデを消化する為の道具よ!〟


 なんとなくだけど、エルの言いたい事が分かってきた。


 僕の体は僕自身ではないんだ。肉体と魂は別のもの。肉体という道具に偶然とり憑いた魂、その魂の方が僕なんだ。


「エル! 集中する!」


〝こっちはもうしてるって!〟


 目を固く閉じる。自分と肉体を切り離して考える! 思う! 僕は僕だ!




 瞑っていたはずの視界が開ける。僕の魂が、瞼を持った肉体から解き放たれたのだ。


 そこは色彩の曖昧な、水の中のように動きに抵抗のある空間だった。


 巨大なムカデが、数多くの足を動かしてのたくっている。あれはもうただのムカデなんかじゃない。モンスター、ジャイアント・センチピードだ!


「ギスタ!」


「エル? って、えええ!?」


 すぐ隣にエルがいた。


 長い黒髪。褐色の肌。豊かな胸、くびれた腰、そしてまた豊かなお尻。……裸!


「エエエエル、なんでそんな格好なの……」


「魂だからよ! アンタだって同じでしょ!」


 そう言われて、僕自身も全裸である事に気が付いた。


 僕もエルも、裸で、この水の中のような空間に浮かんでいた。目の前にいるジャイアント・センチピードもだ。


「馬鹿! 今はそれどころじゃないでしょ! ここはミミック細胞の、アタシ達のボディの中よ!」


「そ、そうか。だいたい分かる」


 つまり僕が見ているエルは、魂のイメージみたいなもので、本当の肉体なわけじゃないんだ。だから、こんな風にむらむらと変な感じになるのは間違っているんだ。間違っている、んだ……!


「っく! 体が」


 僕自身だって魂のイメージでしかないはずなのに、体の、男らしい箇所が、僕の意思とは無関係に作動する……!


 僕は、その作動体をエルに見られないように、膝を抱えて、丸くなった。


「ギスタ!? どうしたの! 既に魂にまでダメージが行っていたの!?」


「大丈夫だよ……。僕はこのままでも、戦える……!」


 僕は膝を抱えたまま、ゆっくりと回転していた。


「僕の心はまだ負けていない。エル……、僕と君の心を合わせて、あいつを、やっつけよう!」


「ギスタ……。ええ! いくわ!」


「おお!」


 この水のような空間そのものが、ジャイアント・センチピードに襲い掛かった。重くジャイアント・センチピードを打ち、撃ち、穿つ!


 だが、奴も必死に抵抗してくる! 鋭い爪を生やした足が、透明なミミック細胞で出来た空間を切り裂く。


 この空間は、僕の体そのものだ。僕の宇宙なんだ。宇宙が傷つけられる!


「うう!?」


「ギスタ! 集中よ!」


「エル!」


「心を重ねて、一気に!」


 エルが、膝を抱えている僕に腕を回す。


 僕とエルが、密着する。肉体ではない。これは肉体ではないんだ。


 だけど、僕の裸とエルの裸が……。


「あ、ああ! 僕の宇宙に、心が集中して……! うおおお!」




「はあはあ……」


 ダンジョンの中、鎧に身を包んで、僕は四つん這いになっていた。


「か、勝った……」


 疲労困憊だ。


〝危なかったわね……〟


 エルの声も疲れている。


 腹の中では、今度こそムカデがバラバラになって死んでいた。それを、意識して速やかに消化していく。


 消化してしばらく経つと、養分として取り込めたのだろう、疲労も和らんできた。同時に気持ちも落ち着いてくる。


〝ギスタ〟


「え」


〝アンタ、馬鹿だよね〟


「な、何を……?」


〝馬鹿な坊や。若いから仕方ないっちゃ仕方ないけどね。そりゃアタシの魅力で死ぬわけだ〟


「な、なにい~!」


 それって人間だった頃の僕が、ミミックに殺された時の事か!?


「エル! あのねえ!」


〝早くサーラ達のところへ戻ろうよ。探しに来ちゃうよ〟


「ぬう~」





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