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通路を走り、二人から距離を空けたところで立ち止まる。
よろけ、膝をつく。これ以上は走れなかった。まともに体が動かない。
内部からムカデに食われているんだ!
「さっきまではこっちが食っていたのに!」
どうすればいいんだ。根競べなのか。
「腹に力を入れてもどうにもならないよ!」
〝この体は人間じゃないんだから、アタシらはミミック細胞に仮に宿っているだけなんだから、それをしっかり意識するのよ!〟
「どういう事!?」
〝この体を、道具としてコントロールするの! ムカデを消化する為の道具よ!〟
なんとなくだけど、エルの言いたい事が分かってきた。
僕の体は僕自身ではないんだ。肉体と魂は別のもの。肉体という道具に偶然とり憑いた魂、その魂の方が僕なんだ。
「エル! 集中する!」
〝こっちはもうしてるって!〟
目を固く閉じる。自分と肉体を切り離して考える! 思う! 僕は僕だ!
瞑っていたはずの視界が開ける。僕の魂が、瞼を持った肉体から解き放たれたのだ。
そこは色彩の曖昧な、水の中のように動きに抵抗のある空間だった。
巨大なムカデが、数多くの足を動かしてのたくっている。あれはもうただのムカデなんかじゃない。モンスター、ジャイアント・センチピードだ!
「ギスタ!」
「エル? って、えええ!?」
すぐ隣にエルがいた。
長い黒髪。褐色の肌。豊かな胸、くびれた腰、そしてまた豊かなお尻。……裸!
「エエエエル、なんでそんな格好なの……」
「魂だからよ! アンタだって同じでしょ!」
そう言われて、僕自身も全裸である事に気が付いた。
僕もエルも、裸で、この水の中のような空間に浮かんでいた。目の前にいるジャイアント・センチピードもだ。
「馬鹿! 今はそれどころじゃないでしょ! ここはミミック細胞の、アタシ達のボディの中よ!」
「そ、そうか。だいたい分かる」
つまり僕が見ているエルは、魂のイメージみたいなもので、本当の肉体なわけじゃないんだ。だから、こんな風にむらむらと変な感じになるのは間違っているんだ。間違っている、んだ……!
「っく! 体が」
僕自身だって魂のイメージでしかないはずなのに、体の、男らしい箇所が、僕の意思とは無関係に作動する……!
僕は、その作動体をエルに見られないように、膝を抱えて、丸くなった。
「ギスタ!? どうしたの! 既に魂にまでダメージが行っていたの!?」
「大丈夫だよ……。僕はこのままでも、戦える……!」
僕は膝を抱えたまま、ゆっくりと回転していた。
「僕の心はまだ負けていない。エル……、僕と君の心を合わせて、あいつを、やっつけよう!」
「ギスタ……。ええ! いくわ!」
「おお!」
この水のような空間そのものが、ジャイアント・センチピードに襲い掛かった。重くジャイアント・センチピードを打ち、撃ち、穿つ!
だが、奴も必死に抵抗してくる! 鋭い爪を生やした足が、透明なミミック細胞で出来た空間を切り裂く。
この空間は、僕の体そのものだ。僕の宇宙なんだ。宇宙が傷つけられる!
「うう!?」
「ギスタ! 集中よ!」
「エル!」
「心を重ねて、一気に!」
エルが、膝を抱えている僕に腕を回す。
僕とエルが、密着する。肉体ではない。これは肉体ではないんだ。
だけど、僕の裸とエルの裸が……。
「あ、ああ! 僕の宇宙に、心が集中して……! うおおお!」
「はあはあ……」
ダンジョンの中、鎧に身を包んで、僕は四つん這いになっていた。
「か、勝った……」
疲労困憊だ。
〝危なかったわね……〟
エルの声も疲れている。
腹の中では、今度こそムカデがバラバラになって死んでいた。それを、意識して速やかに消化していく。
消化してしばらく経つと、養分として取り込めたのだろう、疲労も和らんできた。同時に気持ちも落ち着いてくる。
〝ギスタ〟
「え」
〝アンタ、馬鹿だよね〟
「な、何を……?」
〝馬鹿な坊や。若いから仕方ないっちゃ仕方ないけどね。そりゃアタシの魅力で死ぬわけだ〟
「な、なにい~!」
それって人間だった頃の僕が、ミミックに殺された時の事か!?
「エル! あのねえ!」
〝早くサーラ達のところへ戻ろうよ。探しに来ちゃうよ〟
「ぬう~」




