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3-2

●3-2


 戦力が増えて、心強くなったのも確かだった。気を使う事も増えたけどね。


「ドンドコ行きますよー!」


 さっきの号泣が嘘のように、クーリカは元気満点だった。


「あ、ほらあ! 無暗に走らない」


 張り切るクーリカを、サーラさんがたしなめる。


 こうして見ると姉妹みたいだ。なんだか微笑ましい。


〝あー、ほら、またサーラの太もも見てる。ちゃっちゃと歩きなさいよ〟


「べ、別にそこを見てるわけじゃないよ!」


 僕はそう言い返すけど、我ながら歩みに覇気がない気はしていた。どうにも足が重いのだ。


「もしかして、お腹減ってるかも」


〝そんな気がするね〟


 ニワトリを三羽食べたとは言え、補充された有機物は両手を再生するのに全部使われてしまった。それからも何だかんだと動き回って、結構消耗していた。


 さっきのミュルメコレオも食べておけばよかったかな?


 そう思ってから、いかんいかんと頭を振る。理性をしっかり保たないと。単なる食いしん坊ではなく、悪食モンスターになってしまう。


「きゃっ」


 珍しく、サーラさんが悲鳴を上げた。壁沿いから飛び退り、クーリカに寄り縋る。


「どうしたんです!」


「あ、いや、別に何でもないの」


 サーラさんはゴホンと咳払いをした。


「サーラ様、あれはただのムカデですよ? モンスターじゃありませんよ」


 クーリカの指差す方、地面が壁に変わる辺りに、なかなか大きなムカデが這っていた。


「モンスターじゃないから嫌なのよ。クーリカ、あれも仕留めてちょうだい」


「えっと、モンスターじゃない生き物を無意味に殺すなんて酷い事出来ません。それに」


 僕を見て、恥ずかしそうに、


「クーリカは無駄な殺生はしませんので……」


「ええー、もう!」


「あはは……。じゃ、僕が」


 僕はムカデに近付き、ひょいっと掴んで、皆に背を向けた。


「ギスタ、潰してくれたの?」


「あー、いえ。逃がしました」


「さすがギスタ様……! なんてお優しい……! 素敵ですー」


「いやいや……」


 僕は頭を掻いた。


〝なにが、いやいや、よ〟


 体の中でエルの呆れた声。


〝アンタ、何食べてんのよ〟


「……………………」


 そうなのだ。僕は、ムカデを手に取り、あろう事かそれを、「食べて」しまったのだ……。


「つい、うっかり……」


 小さく呟く。


〝うっかりって……。アタシの体でもあるんだからさあ。もうちょっとまともな物食べてよ……〟


 なんとなく、おやつ感覚で口に入れてしまったのだ。ムカデを。改めて思い直すととんでもないよね。どうやら、さっきヒザマの正体のニワトリをむさぼり食った事で、「食事」のハードルが下がってしまったみたいだ。


 これは、駄目だ! このままでは心までモンスターになってしまう!


「もうしない! もう食べない!」


〝当然よ!〟


「何を食べないって?」


 とサーラさん。


「いや、別に、ちょっと独り言です」


 お腹の辺りを撫でながら慌てて誤魔化す。


 今、腹の中では、猛烈にムカデがもがいている。無駄だ。ミミック細胞から湧き出る消化液によって、どんどん溶かされている、ようだ。


「あ、もしかしてお腹減ってましたか? クーリカ、取って置きのお菓子を持ってますけど……」


 クーリカがフフフと笑いながら、腰の鞄を漁る。


〝なんだ、そっちもらえば良かったじゃない!〟


 とエル。


「これでーす!」


 クーリカが取り出したのは、干したトカゲに、瓶の中で何かの液体に漬けられた蜘蛛、串刺しにされた蛙……! 絵本の中で、魔女が呪いをかける時に使うような、いかにもな物だった。


〝……………………〟


 エルが黙った。


「我が辺境の修道院特製の緊急食です! ここぞって時に体にブーストをかけるのに最適なんです。良かったらどうぞ。血が熱くなりますよ」


「ああっと……。今はいいよ。ありがとう」


「そんな気持ちの悪い物、ギスタは食べないわ」


 サーラさんがそう言ってくれるけど、当の僕自身は、生きたムカデを食べちゃってるんだよね。


「ギスタ様、クーリカのお菓子、嫌いですか?」


 クーリカの目に涙の膜が出来ている。傷つけてしまったのか!?


 サーラさんも、しまった、って顔をしている。


「いや、ちょうどお腹が痛くてさ。しばらく食べないでいるよ」


 腹の中でムカデがモゾモゾしているのは本当だしね。


 だけどクーリカは、


「え!? お腹が!? それはいけません! すぐに治さなくちゃ!」


「大丈夫だよ」


「駄目です! ここはダンジョンですよ!? 内臓の不具合は体力と抵抗力の低下に直結してます。それは即ち、死へも直結しているという事です! お腹出して下さい! クーリカが治します!」


「いいんだって!」


 逃げようとした僕だけど、すぐに捕まってしまう。


 仰向けに倒れた僕に、クーリカが跨ってきた!


「ふふふ。無駄な抵抗を」


「いや! いやいや!」


 胸甲を剥がされる。


「お願い! 鎖帷子だけはめくらないで!」


「見せて下さい!」


「ダメダメ! 嫌なの! お願い!」


「んもう。仕方ないですねえ。ま、クーリカぐらい腕の立つシスターならば、鎖帷子越しに癒しの魔法をかける事も出来ますので。このまま」


 僕のお腹に手を当てるクーリカ。


「いきます……」


 クーリカの小さな口が、僕の知らない言葉を紡ぎだす。全く聞き取れない、発音を追えない言葉達。


「元気になーれ!」


 いきなり分かりやすい言葉を「決め」のように放つ。


 同時に、僕の腹を構成するミミック細胞に、さざ波が起きた。波動が打ち込まれ、それが、ミミック細胞の隅々にまで伝わり、四肢の先で抜けた。


「ん?」


 これだけ? と言うのが、率直な感想だった。『力』が、通り抜けた。それで終わり。


 まあ、そうだよね。


 だって僕はそもそも病気なわけでも怪我をしているわけでもなかったもの。健康(?)な人型ミミック細胞だったわけで。癒しの魔法も意味はなかったって事だよね。


〝ギスタ! なんかまずくない!?〟


 エルの声。


 何がまずいって? 別にこの体はどうにもなってないけど……。


 いや、違う! 確かにこの体には変化はない!


 だけど、腹の中に入れてあったムカデが、消化液に溶かされて死にかけていたムカデが、数多くの足を動かしまくっている!?


〝これってあれじゃない!? 弱ったムカデの方に癒しの魔法が効いちゃったんじゃない!?〟


 そんな馬鹿な!?


「クーリカ! もういいよ! もうやめていいから!」


 慌ててクーリカを離そうとする。


 だけど、


「そ、そうなんですが、魔、魔力が、吸われて……」


 僕に跨ったまま、クーリカがぐったりしている!


「え!? サーラさん!」


 サーラさんが急いでクーリカを引き剥がす。


 クーリカはサーラさんの胸に抱き支えられて、


「ギスタ様が……激しいから……いっぱい吸われちゃいました……」


 なんて言っている。


「え! ギスタが!?」


 なぜか疑いの目を向けてくるサーラさん。違うって!


 だけど今は、サーラさんに言い訳をしている場合じゃない。


 腹の中のムカデは、すでにただのムカデではなくなっていた。ムカデの足は、腹を突き破っていた。鎧の内側をガリガリ引っ掻いている! 体の中から肉体を切り破られる!


〝ギスタ! こいつ、モンスターになったんじゃないの!?〟


「そ、そうみたいだ……!」


 僕がギクシャクした動きでいると、


「ギスタ様、まだお腹痛いですか? もう一度、癒しの魔法をかけますか? クーリカ、ギスタ様の為にまだ頑張れます!」


 クーリカが疲れた顔でそう言う。


 いじらしい……。だけど、それは逆効果なんだ!


「もう平気だから! もう治ったから! クーリカのお陰だよ!」


「でも、なんか調子悪そうでは……?」


「あー、あとはスッキリすれば良いだけだから! という事で、ちょっとトイレに行ってきます!」


「あ、ギスタ様」


「ついてきちゃ駄目だよ! プライベートな事だから!」


 急いでその場を後にする。




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