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2-9

●2-9


 ペラペラと喋るクーリカ。


 僕はたじたじだ。


 でもサーラさんの方は明らかにイライラしている。


「あなたねえ。あなたを助けようとして、この子は、酷い目に会ったのよ!」


 僕を指差して。


 う、うん。確かにそうなんだよね。


 はっとするクーリカ。


「そ、そうです、クーリカの業火を浴びて……!」


「うん、まあ、でも僕もすっかり元気ですから」


 ちょっと慌てた。傷の事を詮索されたくなかった。痛みを思い出すのも怖いけど、それ以上に、回復の為の「食事」を、あの「飢餓感」を、思い出すのが怖かった。


「で、でもそんなに鎧が焦げちゃっていたら、腕は……。きっと大火傷を負っているはずです!」


 銀色だった鎧も、手甲は派手に焦げて黒くなっていた。


「大丈夫なんだ」


 手を動かしてみせる。ちゃんと動く。


「え、でも、そんなはずは……?」


「この鎧は特別製なんだ。ええと、破邪の鎧でして……」


 サーラさんの方を伺いながら。


 サーラさんは、余計な事は言うな、の表情。遅かった。


「なんと! 破邪の鎧とは! ギスタ様、やっぱり聖騎士様なんじゃないですか!? すいません、クーリカは修道院での修行に忙しくて、都会の事にとんと疎くて……。ギスタ様の名声にも詳しくなくて……。もしかして失礼な事とか言っちゃってませんでしたか?」


「い、いや、全然! それに聖騎士じゃないから」


 なんかペースを乱されちゃうなあ。


「でもでも、大切な鎧が、焦げちゃって……」


 クーリカが泣きそうな顔で鎧を見る。


「これは……クビキ文字!」


 鎧に刻まれている、僕の読めない文字を指でなぞる。目が輝いているぞ。


「高き王の城より身を落とし……花蜜の矢を持ちて……コロビト記の文句ですね。外典ですよ、渋いですね。ふーん、熊の巣穴のごとき臭い立ち込めん……なるほど、そうね……ふんふん」


「クーリカ、読めるの?」


「当然です! 実戦型シスターは学問にも精通してないと務まりません! こう見えてもクーリカはシスター候補生時代は首席でしたのです! クビキ文字から古代スラゴロ文字まで読めます! 他にも……」


「これは僕の鎧じゃないんだ」


 サーラさんを見る。


「そうよ。それは私の鎧。一点物で替えが効かないの」


「あ、や、なんとサーラ様の!? もしやサーラ様も聖騎士……! ごめんなさい! クーリカを助ける為に……」


 ひれ伏さんばかりに反省するクーリカ。


 と思ったら。


「そーんな時でも安心! なぜならクーリカは、本物ですから!」


 イエーイ! とばかりに両手を上げてにっこり笑う。なんだなんだ、どうしたんだ。


「それではお手を拝借」


 クーリカは、僕の手甲に包まれた手を取った。


 それから目を閉じ、僕には理解出来ない言葉を紡ぎだす。これは、呪文? 言葉の意味はもちろん分からない。そして絶対に真似できないような発音。


「綺麗になーれ!」


 突然、よく分かる言葉を口にしたので、「えっ」と思った。


 その時。


 黒く焦げていた手甲が、金属で出来ているその表面が、波打ち出した。硬い板金なのに。まるで、震えるゼリーのように。


 いや、呼吸しているように。そう、手甲の内側で、僕の腕は確かに金属の「鼓動」のようなものを感じた。


「はい! 出来ました!」


 手甲は硬い板金に戻っていた。そして、綺麗な銀色に輝いていた。


「凄い……。磨いたわけでもないのに……!」


「癒しの魔法です!」


「信じられない」


 魔法が、本当にあるなんて。おとぎ話の中にしか存在しないと思っていたのに。


「形が変わっているわ。これでも直ったと言えるの?」


 興奮する僕とは対照的に、サーラさんが落ち着いた声で言った。


「え、形?」


 そう言われてよく見れば、手甲の拳にスパイクのような突起が生えていた。肘からも、鋭い角のような物が突き出している。確かに、こんな形ではなかった。もっと優雅だった。これは、少しばかり凶悪なデザインになってしまった。相変わらず僕の読めない文様が刻まれているけど、それが前と同じなのかどうかは分からない。


「直ったんです! 怪我の治療だって、まったく前と同じに戻るわけではないんですよ? 傷痕は固くなるし、骨だって太くなるんです! それと同じ事ですよ、これは」


 僕には分からない。そもそも魔法とは何なのかが分からないんだから。


「魔法なんて、人が気安く使っていいものではないわ」


「気安くなんて使いません! 天から授かった特別なものなんですから!」


 サーラさんとクーリカがちょっと険悪な雰囲気になっている。


 だけども僕は、手甲の形に気を引かれてしまって。


「溶接したのとは全然違う……。本当に、金属が成長したみたいだ……」


 僕だって鍛冶の事は分かる。だから、こんな風に金属が変化する事に、ちょっと怖さを感じていた。


「ね! 凄いですよね、クーリカって! それにですね、ヒザマの中で炎の能力も取り込めたから、ええと……こうして……こんな感じで……」


 またも僕の耳には全く聞き取れない不思議な言葉を紡ぎ……。


「燃えーるかなー?」


 掌を前に出すと同時に、赤い炎が一瞬迸った。


「うわ! びっくりした!」


「えへへっ。我ながら凄い! ちゃんと修行したら、クーリカも紅蓮の戦闘シスターって名乗れそうです!」


 クーリカが、僕の腕に絡んできた。


「わ、ちょっと」


「ねー」


「手甲のトゲが当たっちゃうよ! 痛いでしょ!」


「平気平気ですー」


 ニコニコするクーリカ。


 その向こうで、明らかにムッとしているサーラさん。


「子供だからって、あなたシスターでしょ? 男に馴れ馴れしくするのはどうなの!?」


「そう言われると……。あ、でも、ギスタ様が普通の男じゃなくて」


 え? もしかして、僕が人間じゃない事がばれたのか!?


「聖騎士様だったら、それは特例があるんです! 別腹ですー」


「別腹ってどういう事!? もしかして……。街の教会も内部ではかなりいかがわしい事をやっているのは公然の秘密だし、修道院も、その、男女のただれた何それをやってたりするんじゃないの!?」


〝淫靡な儀式って、ありそうだよね。と言うかあってほしい。ロマンがあるじゃん〟


 エルも何を言っているのだ。


「我が辺境の修道院に限ってそんな事は……、あれ? ちょっといいですか?」


 クーリカが、サーラさんのマントを掴み、バサッとめくった。


 もちろん現れたのは、胸、お腹、腰、お尻、太もも……。申し訳程度に革ベルトの下着をつけただけの、白い肌なのだった。ほとんど裸なのだった!


「変態じゃないですか! クーリカの事を説教しておいて……とんでもない雌豚じゃないですか!」


「きゃー! ちょっと! 勝手にめくらないで! それに私は変態じゃない!」


「どれだけ穢れているんですか……。なんと罪深い。地獄に落ちますよ? でも、クーリカを助けてくれたのは事実。祈らせて下さい! あなたを淫魔界に堕としたくないのです!」


 クーリカはサーラさんの前に跪いた。両手を組み、目を閉じる。


「余計なお世話よ! ちょ、ちょっと、立ってよ。お祈りなんていいから!」


「この卑猥で破廉恥な雌豚を救いたまえ……」


「お願いやめてー。本当にもう、私、泣きたくなっちゃうからあ……」


 サーラさんは、クーリカの肩を掴んで、立ち上がらせようとした。


「あ」


 その拍子にクーリカの頭巾がずれた。頭巾の中から、何かがこぼれ落ちた。硬い音を立てて地面に跳ねる。


「あ、クーリカ、何か落ちたよ……。って、これ、宝石!?」


〝宝石ですと!?〟


 それは赤く煌めく、宝石だった。一つ一つがコインよりも大きい。それが、五つもある。


 僕はこんなに大きな宝石なんて見たことないよ。村祭りの時だけ司祭様が被る冠にだって、小指の先ほどの宝石しか嵌っていなかった。


「そ、それは、クーリカのへそくりです!」


 クーリカが慌てて拾う。


 意外に金持ちなんだなあ。街の教会の事を金の亡者みたいに言っていたけど、修道院だって、やっぱりお金が集まるんだろうね。


「頭巾の中に隠すなんて、用心深いね。でも正しいと思うよ! 財布を鞄になんて入れておいたら、すぐに掏られちゃうよ。僕なんて街で何度スリにやられたか……」


 思い出したら悲しくなってきた。


〝す、すごい! この子と仲良くなっておきなさい! そしてごっそりいただくのよ! アタシ達にはしっかりお礼をしてもらう資格があるんだから!〟


 エルは大興奮している。


「わ、なになに」


〝ほれほれ、ぼさっとしてるな!〟


 エルが体を操る。ひょいっとクーリカを抱っこする。


「きゃー! 騎士様ったら……」


 クーリカは頬に手を当てて、いやいやをしている。


「何やってるの!? なんでそんな事になっているの!?」


 これはサーラさん。



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