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魔人の、最も炎の勢いの強い手足を、サーラさんが切り裂く。だが、それで手や足を切り落とせるわけではない。ただ向こうの攻撃を封じ、動きを怯ませるだけだ。
その間に、破邪の鎧を着ている僕は、炎の勢いの弱い魔人の胴部に取り付く。
魔人の胸に七爪剣を突き込み、刃を展開!
炸裂し、わずかに捲れた燃える皮膚を、手甲で押し広げる! 破邪の鎧の効果だろうか、確かに魔人の皮を破く事が出来る。
どこだ? 内部のどこかに「正体」となるものがあるはずだ。そいつを露わに出来れば!
「ぐああ!」
我慢出来ずに叫んでしまった。
破邪の鎧は、魔人の体を傷つける事が出来る。だが、魔人の火を防げるわけではなかった。魔人の火が手甲を焼き、熱が全身を伝う。
〝死んじゃう! 死んじゃうって!〟
鎧の中で、ミミック細胞の体が煮えている。
だけどまだ、僕らの心は消えていない。逃げ出していない。金属の鎧の中に封じられたままだ。だから、まだ……出来る……!
ガチっと鳴ったきり、七爪剣が作動しなくなった。高温による熱膨張か、熱疲労でへたったのか、とにかく機構が上手く働かない。
僕は七爪剣を捨て、両手を魔人の傷口へ突き入れた。このまま、この手で、一気に、裂いてやる!
その時。
〝助けて下さい……〟
声が聞こえた。耳からではない。ミミック細胞で出来た体を通して、伝わってきたのだ。
「なんだ今の声!? エル!?」
〝なによ!? 知らないよ! 熱い! 熱い! 死ぬ~!〟
エルの声じゃない。じゃあ、誰だ? ……まさか、この魔人か!?
「ギスタ、そのまま開いていて! 見えなくても貫いてみせる!」
サーラさんが叫ぶ。
「やる!」
だけど。
「こいつは……違う! 違うんです! 殺しちゃ駄目だ!」
三角長剣が伸びる方へ、僕は動いた。
刃を背中で受ける。その衝撃が、背中から、爪先まで。
「ギスタ!? そんな!」
「うっ……。ま、待って下さい!」
僕は魔人の胸に突っ込んだ両腕に、最大限の力を込めた。両側に引き裂いて……!
だけど、それをやる僕の両腕を、魔人の燃える手が掴んだ。胸の炎とは全然違う熱が、伝わってくる。
破邪の鎧の中で、ボコボコと、沸騰する音がした。
力が……抜ける……。
「エ、エル、力を……!」
〝ギスタ……一気に……!〟
引き裂く!
ガバッと開いた魔人の胸に、その奥に、人の顔が現れた。子供だ。目を閉じている。女の子だ。この子が、「正体」なのか!
魔人の傷口の奥に手を突っ込み、子供の襟元を掴む。
〝ギスター!? もう絶対無理ー!〟
「もうちょい! よいしょお!」
子供を、魔人から一気に引き抜く! 勢い余って、そのまま尻餅をつく。
「ごああおお!」
魔人の悲鳴。
炎の魔人は胸を押さえながら、よろめいた。
「なんだ、こいつ……」
炎が飛沫のように飛び散り、魔人の形が崩れていく。だが、死ぬわけではない。という事は、この子供が魔人の「正体」というわけではなかったのか?
燃える体が、人型ではない別の形に変わっていく。
それは、三つの頭を持った、人よりも大きな鳥だった。やはり全身が炎に包まれている。
〝あれは、ヒザマ! 火の妖怪よ!〟
とエルが言う。
「え、ヒザマ!?」
よろけたヒザマが、足を踏み外し、水の流れの中へ片足を落とした。じゅう! と激しい音が鳴り、猛烈な蒸気が上がった。ヒザマは慌てて足を抜いた。
「水が避けない!? あれは魔力を持った炎じゃないのか!」
サーラさんが言った。
「堕天使じゃ、ない……!?」
ヒザマは僕の方を向いた。怒りの目だ。六つの目から、細い稲妻がバチバチと漏れている。
逃げなくちゃ。
しかし僕の腕は、子供を抱いている腕は、まったく動かなかった。子供の重さも感じていない。鎧の重さもだ。僕の腕は、どうなってしまったのか。
〝ギスタ!? どうしたの!〟
ヒザマの三つの口が同時に開いた。その咽喉から、炎が競り上がってくるのが、分かる。
「おお!」
凛とした、叫び。
三角長剣を持って、サーラさんが跳んでいた。炎を映し、その剣は真っ赤に光っていた。
赤の一閃。
その一撃で、三つの鳥の頭が、宙を舞った。




