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新たに見つけた階段を下ると、さらに湿り気のある階層になった。壁もびちゃびちゃと濡れている。地下水なのか、まるで小川のように、水の流れが横断している場所もあった。
「サーラさん、お手をどうぞ」
「結構です」
水の流れをひらりと軽やかに飛び越えるサーラさん。うーむ、華麗だ。
それに引き換え、エルの言動はなかなかに下衆いものだった。
〝ほれ、今の見た? あの股間。革ベルトが肌に馴染んでいるとは思わない? 最初は硬くて擦れていたはずなのに。湿って柔らかくなったのよ、きっと。どういう事か分かるでしょ?〟
「ああー、もう! 変な事言わないでよ!」
「え、どうしたの」
ビクッとして、サーラさんが振り返る。
「あ、サーラさんに言ったんじゃないんです! すいません……」
〝あの娘、ボンテージの締め付けにも慣れてきたのかもしれないわね。それはいけない。もっと強い刺激が必要になっちゃうわ。分かるでしょ? 若い女の欲望は無限なの。アンタのような坊やが思うよりもずっとね。次の手を考えた方がいいわね。アンタ器用なんだから、あの下着の内側に、もっとこうイボイボのさ……〟
「サーラさんの体をイジメろって言うのか!」
「……ギスタ?」
「あ、え」
〝やれやれ。アンタだってその手のお店で女ぐらい買ってたでしょ? え? カモられてただけ? は~、情けない。だからアタシの魅惑のボディにウヘウヘまいって、死ぬはめになるのよ〟
このやろー! なんでこんな女と同じ体でいなけりゃいけないんだ!
「もう、僕はそういう事に興味はないんだから、黙っててよ!」
兜の中で、小さい声で叫ぶ。
〝本当に、興味ないの?〟
不意に、エルが真面目な声を出した。
〝アタシがなんでこんな事を言っているか分からない? もしアンタが若い人間の体に何も感じなくなったら、それはもうアンタが人間じゃなくなったって事だからね。アタシはそれを確かめたかったの。情欲は人が人としてある為の最も根本的な欲求よ。情欲がなくなったら、子孫を作らなくなって人は滅びるんだから〟
挑発なのは分かっていた。でも僕は、エルの言葉にドキリとした。怖かったのだ。
「僕は人間だよ……」
〝え? 何だって?〟
「そりゃ確かに僕だって……。男ですから……。思う事はあるよ」
ごにょごにょと小さい声で呟く僕。
〝なによ。はっきりしない奴。サーラのあの食べ頃ボディを見てどうなのよ。ほら! あれをご覧!〟
サーラさんが水溜りを飛び越えた。軽やかな、滞空時間の長いジャンプ。マントがふわりと膨らみ、ふくらはぎから膝の裏、太ももまでが露わになって、その上を、もう少し、というところで、隠れた。
〝どうよ! どうなのよ!〟
「お、美味しそうだと思うよ!」
「え、なに?」
サーラさんが振り向く。しまった。声が大きかった。
「いや、なんでもないんです。独り言で」
僕は慌てて、無様なジャンプで追い付く。
「なんか今、私の事を美味しそうだとか言ってなかった?」
「えーと、そんな事言ったっけな? 気付かなかった」
「気付かなかった? 無意識で? もしかして君……、やっぱりモンスターの本能が抜けてないんじゃない? 私を殺して食べる気じゃ……。こっちもそれなりに対策しないといけないかしら」
三角長剣をいじりながら、ちょっと不穏な目つきで僕を見る。
あー、もう、エルの奴!
「違うんです! 美味しそうっていうのは、その、人間としての、情欲の感情なんです!」
「ええ!?」
〝ギスタ、アンタはモンスターじゃないでしょ! 人間でしょ! だったらどうなの!〟
「あのその、美味しそうって言うのは、触りたい、くっ付きたいって事で、つまり、ええと、僕だって男ですから! 分かってくれませんか! 僕は、こんなんですけど、中身は健康な男子なんですから!」
僕の心は人間のものだ! その事をどうにか説明したいけれど、焦ってしまって。
「サーラさんは、あの、凄く素敵な体です。綺麗な体です! サーラさんのような方を目にしてたら、そりゃ、もう、もう……!」
「なな何を言っているのよ……」
「つまりですね! 一つになりたいんです! 食欲じゃないんです! 人間の、男と女の感情です!」
〝そうだそうだ! 言ったれ!〟
「味わいたいんです!」
「あばばばば」
サーラさんの顔が火のように赤くなっていた。目玉はひっくり返りそうになっているし、頭から湯気が出ているし、なんか爆発しちゃいそう!?
「ばば馬鹿なの!?」
「ひっ」
ぶたれるかと思ったけど何も飛んでこなかった。
「き、君の体はミミック細胞で出来ているのよ!? 有機物を分解して吸収しちゃうのよ!? そんな体で、くっ付いたりなんか、出来るはずないじゃない!」
「それはそうなんですが……」
「そうね……、エルは……人間として復活したいのよね。君も、それを願うしかないんじゃない……のかな……」
最後の方はサーラさんらしくない、気弱な声だった。
〝おやおや~〟
とエル。
「え? えっと、僕の願いは」
「頑張りなさいって事よ!」




