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ほっとした……。
だけど体が勝手に動いて……。鎖分銅なんて投げたことないし、あんなに身軽に動けた事もない。どういう事だ? 危機的状況に本能が働いたのか?
〝でも、とにかくサーラさんが無事で良かったです!〟
あれ? 声がくぐもっているのかな、自分の声が随分と遠い気がする。
けどサーラさんは僕の顔を見ている。
僕の耳がおかしくなったのかな。さっき三角長剣でしこたま殴られたから。
サーラさんは僕をじっと見つめている。
〝どうしたんですか? そ、そんな真剣な目つきで見られると、緊張しちゃいます〟
あ、僕がサーラさんの体のあらゆる部分を見てしまったから……。でも、怒っている顔ではない。もっと真剣な顔。
サーラさんの顔がずいっと迫る。
〝あ、あの、サーラさん……?〟
「君は、誰!?」
〝わっ〟
サーラさんが三角長剣の刀身を縦にして、僕の顔の前に掲げる。
磨き抜かれた輝く刃。特に柄元近くの面積の大きい部分は、まるで鏡みたいだ。
そこに、剣に負けず劣らず銀色に輝く鎧姿が映っている。僕の着ている破邪の鎧だ。
そして、面頬を上げた兜の中には。黒く長い髪を翻して、不敵な笑みを浮かべる、お姉さんの顔がある。褐色の肌に真っ白な歯。健康的であり妖しげであり……。
……って、誰だこれ!? 僕じゃない! 女の顔!?
そこには僕とは似ても似つかない、美女が映っているのだ。
〝どうなってんのー!?〟
思わず叫んだが、その声は体の中で反響するばかりで、「女の唇」は動かなかった。
その唇がはじめて動く。
「ごきげんよう、サーラ。はじめましてって言っておくわね。こっちは知っていたけど。アタシはエル。お見知りおきを」
女の声だった。
〝ごきげんようとか勝手に言ってる! 僕の体なのに!?〟
すると、女は、
「あー、さっきっから頭の中でうるさい! ガタガタ抜かしてるんじゃないよ。男の子でしょ!」
〝な、何言ってんだこの人は!?〟
あれ、でも、この顔。どこかで見た気がするぞ。
この女……、この顔、知ってるぞ!
僕が命を落とす事になったあの時! 僕をミミックに誘い込んだ、あの女だ!
ミミックの「舌」だった奴だ! こいつのせいで僕はミミックの餌食になったんだ!
〝ひ、ひ、人殺しー! お前のせいで僕は死んだんだぞ! 僕にはやるべき事があったのに! あんなところで、ミミックなんかに殺される事になって、ちくしょう!〟
「知りませーん。アンタが死んだのはアンタがその程度の男だったからよ。それを人のせいにするなんて、みっともないよ!」
〝なんだって!? 悔しいー!〟
なんなんだよこの女! 全然悪びれもしないし! 僕の体を勝手に動かすし! 顔まで変えちゃうし!?
ほら、サーラさんだって怪訝な顔で見ているじゃないか。
〝サーラさん僕です! 僕はここです!〟
「あー、はいはい、うるさいうるさい。ガタガタ騒いだって声が出ないんだから、無駄な事しなさんな。今のアンタには肉体の主導権はないんだからさ」
〝くそー! これは僕の体だ! 返せ!〟
「アタシのよ! 見なさい!」
彼女は、サーラさんの三角長剣を鏡に、胸をぐいと張ってみせた。板金の胸甲は外されている。鎖帷子はぴったりと体のラインに沿って……って、見事な女の膨らみが!
「どうよー? ええ?」
しかもこいつは、鎖帷子を捲ってみせたりして……! 褐色の肌が! 悔しいけれど、サーラさんよりもずっと実りの豊かな女体が、そこにあった……。
「ほれほれ! 見たか!」
〝あっ、くっ、ううー!〟
こんな時、何を思えばいいんだ! 何を感じればいいんだ!? 頭の中がこんがらがっちゃって……!
「そらそら、どうだ」
〝ぬうーっ〟
褐色の艶のある肌。どうしてあんな、「人間らしい」肌をしているんだ。僕なんてピンク色で半透明で、ちょっと人間と言い切るには苦しい見た目だったのに。
あれ、でも……。
この胸、褐色の張りのある肌だけど、やっぱり、内側からぼんやりと光っている。その事は、僕の、男の体の時と同じだ。いったい、胸の中で何が光っているんだろう。
「ちょ、ちょっと! 何気合い入れて体を乗っ取ろうとしているのよ! コントロールしにくい」
〝うるさい!〟
「あんた、そんなに私の体をじっくり見たいの!? とんでもない小僧ね!」
〝いいからよく見せてよ!〟
僕は、体の中で「彼女」と口喧嘩しながら、どうにか首を下に曲げさせる。
〝あ、あれは〟
胸の中でうっすらと光るもの。それは、ナイフだった。その横にあるのは、指輪だった。
あれは、僕の、折れたナイフだ! 僕の宝物だ!
失くしたと思っていたのに! 良かった。こんなに近くにあったんだ! まさか体の中に入っていたなんて。灯台下暗しとはこの事か。
〝それじゃあ、隣の指輪は、この女の?〟
「そうよ、アタシの指輪よ!」
「彼女」の「肉声」が偉そうに叫ぶ。
「ちょっと、君、さっきから一人で何言っているの!? ちゃんと説明して下さい! そもそも君は何者なの! さっきまでギスタだったわよね? えーと、つまり、ええと……貴様やはりモンスターって事!?」
サーラさんが「彼女=僕」に三角長剣を突きつける。
「うわ! ちょっとちょっと! とち狂いなさんな、お嬢さん!」
〝わー! サーラさん誤解だよ! 女! 早く僕に代われ!〟
「女呼ばわりとは失礼な小僧だな! ……ふう」
〝いいから! 早く……はあ〟
あ、あれ、体の力が抜けていく……。命が……漏れていく……。
〝そうだ、鎧を……装甲を半端に脱いじゃったからだ……。早く、ちゃんと着て……!〟
「そんな事言っても……どうやるんだっけ……脱ぐのは得意なんだけど……着るのは……はあ……だめだあ……」
〝ば、馬鹿ー! 僕に代われー!〟
「ちょ、ちょっと、どうしたの!?」
サーラさんが驚いている
「あ、顔が……。ギスタに変わっていく……?」
「う……く……く……! 戻った! よし、体が動く……。ええと、次は……!」
僕へゼエゼエ言いながら、脱ぎ捨ててある銀色の装甲を纏っていく。
そして。
「はあはあ。助かった……」
〝まいったまいった〟
「この女……」
カチンと来たけど、とりあえず先に、三角長剣を鏡に顔を確認する。
「うん! 確かに僕の顔だ!」
〝へいへい。そいつはよござんしたね〟
悔しそうな女の声が体の中でする。




