2-1
●2-1
サーラさんの目が、微笑んだ。優しい光だった。
やろう。僕はこの人と、堕天使を倒そう。
「サーラさん、あなたと」
そう言った僕に、サーラさんが頷く。
そして、バッと、素肌を晒した。
革のベルトだけで出来たブラとショーツ。それは最早ブラとショーツとは呼べない代物。突起と秘部だけをかろうじて隠しているだけの、紐。これはもう裸と言って間違いないのではないか。
そんな白くてすべすべして柔らかそうな女の子の肉体が、僕の目の前に。
マントが、そっくり真上にめくれ上がっていたのだ。ダイナミックに。
「え?」
と僕。
「え?」
とサーラさん。
次の瞬間。
「ぎゃー!」
いつ抜いたのか、三角長剣の強烈な一撃が僕を打つ!
「ちょっと! 何するのよ!」
「ぼ、ぼ、僕は何も……」
兜の中で、ミミック細胞で出来た頭がぐわんぐわん震えている。
「貴様、既に心もケダモノじゃない!」
「そんな、僕じゃないです……! あ、マントに糸が!?」
そうなのだ。透明の糸が、何重にもマントに絡み付いて、それが上方へ引っ張り上げていたのだ。なんだこの糸は。いつしか、随分と天井は高くなっていた。
「って、サーラさんどこ行くんです!?」
「わわわ! 引っ張られる!」
マントごと、サーラさん自身も空中に吊り上げられてしまった! きっと体を隠す事に精一杯で、足を踏ん張れなかったんだ。
「きゃああ! きゃあああ!」
しかしこれは、丸見えにもほどがあるぞ!
「サーラさん! 糸を切って!」
もう僕の剣の届く距離ではないのだ。二階建ての家の屋根ぐらいの高さになっていた。
「だめー!」
サーラさんは首が締まらないように片手でマントの首元を押さえ、もう一方の手で股間を押さえる。その拍子に、手から三角長剣が落ちた。
「ああ、もう! サーラさん、そんな事しても隠せるものじゃないんですから!」
「うるさい!」
ええい、どうにかしなくちゃ。僕は盾のクロスボウを構えた。
「じっとしていて下さい!」
射る!
鉄矢は見事にサーラさんを吊り上げている糸に命中した。
だけど、切れない! それどころか、鉄矢は糸にくっ付いてしまって落ちてこない。
「これはもう、直接行くしかない」
僕はサーラさんの足元へ行く。
「真下に来ないで! 馬鹿!」
そんな事言ったって。
僕は両足の踵を、ガッと強く踏んだ。ストライカー装置が準備状態になる。
「行きますよ!」
「上を見ないでって!」
そんな声を無視して、一気にストライカー装置を作動させる。バシン! と足裏のキックスパイクが地面を強く叩き、僕の体は宙に跳んでいた。
両手を開き、
「サーラさん!」
と叫ぶ。このまま抱き締めて、僕の重さで糸を引き千切る。
と思ったのだけど。
「下から来るなって!」
僕を待ち構えていたのは、凄まじい威力のキックだった。
「ぐはっ!」
サーラさんにカウンターで蹴りを合わされ、僕は猛烈な勢いで地面に叩き落とされた。
「あ、あが、あがが……」
ごわんごわんする視界の隅に、十本足の巨大な怪物の姿が映る。そいつは横に張られた糸を器用に渡って、吊るされたサーラさんの方へと近づいていく。
ジャイアントスパイダーだ! でかい! ちょっとした小屋ぐらいの大きさだ。
「サ、サーラさん、そいつ……」
体がうまく動かない。
「分かってる」
サーラさんは足を振って勢いをつけ、身を翻し、蜘蛛の横糸の上に乗った。自由になった両手で拳闘の構えを取る。でも、いくらなんでも素手で戦うなんて無茶だ!
どうにかしないと……。でも、どうすれば。
武器は? 武器ならある。だがどれを使えばいい? ええと、ええと……。
〝ええい! まどろっこしい! どいてなさい!〟
「うわ! びっくりした!」
なんだ、誰の声だ!? まるで、体の中から聞こえたような……。
首を巡らせて周りを見ようとしたけれど、しかし首は動かなかった。首も、手も、体が全く動かない! なんだ? どうしたんだ!?
いや、動かないんじゃない。
手甲を嵌めた手が、腰に吊るしてあった鎖分銅を取り、頭上で振り回す。なになに!? 僕そんな事しようとしてないよ!?
そして、勢いをつけて、鎖分銅をジャイアントスパイダーへ投げた。僕の体が勝手に。
鎖分銅は、見事に蜘蛛に巻き付き、何本かの足を一まとめにして封じた。
続いて僕の体(?)は、背中に背負っていた一本の剣を抜いた。
「ああ、なんか重い! この鎧!」
ん? 今喋ったのは、僕?
「邪魔! これも邪魔!」
僕の手(?)が勝手に鎧の板金装甲を外していき、随分と軽装の姿となる。
それから、さっき抜いた剣にランタン用の油をかけ、火を点けた。
〝そうか。炎で糸を〟
「そういう事!」
僕の気持ちに僕の唇(?)がそう答えた時、僕の足(?)は壁に向かって跳んでいた。その壁を蹴り、反対側の壁をさらに蹴り、今や囚われのサーラさんと同じ高さにいた。
「君は……」
サーラさんが目を見張る。
その時には、鞭のようにしなる「蛇腹剣」が、蜘蛛の糸を焼き斬っていた。
サーラさんが落ちる!
だけどそこはサーラさん。空中で一回転して、華麗に着地した。
僕の体(?)もまた、鉄靴を履いているとは思えない軽やかさで、見事に着地。
その横へ、足を縛られ足場の糸を燃やされたジャイアントスパイダーが、落ちてきた。
サーラさんは、三角長剣を拾った。それからジャイアントスパイダーを始末するのに、三秒とかからなかった。




