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 ダンジョン。


 石造りの床にランタンを置く。


 通路の前後に目を配りつつ、立ったまま、太腿の包帯をきつく巻き直す。頭も肩も腕も足も、全身包帯だらけだ。ベージュ色だった包帯には全てに血が滲んで、それが乾いて濃い茶色になっていた。


 短くなってしまったマントからはまだ細く煙が上がっている。石食いワームの酸の涎を浴びたせいだ。あと十センチずれていたら、顔を失っていただろう。


 そういうわけで、僕は今や全身傷だらけで、ずたぼろだった。疲れ切って、関節は軋み、眩暈もしていた。


 これだけ傷だらけなのは、僕がダンジョンの探索者(エクスプローラー)として未熟だから……なのはもちろんだけど、まず根本的に鎧も兜も身につけていないって事がある。


 鎧って、重いんだよね……。いや、僕は他人よりも体力はある方だけど、鎧を着るならば、その分で一本でも多くの武器を身につけておきたかった。まあ、鎧も着て武器も多く持ってってのが理想だけど、さすがにそこまで筋肉馬鹿じゃない。


 防具と言えるのは左腕の盾が一つ。あとは、メイスに、剣に、ベルトや背嚢(バックパック)にも武器をくくり付けてある。武器ばかりだ。それが僕のスタイル。防具で敵は殺せないから。


 そしてもう一つ、大切な武器。僕の胸には、鞘に入ったナイフがあった。これは絶対に手放さない。


 それはそうと……。


 このダンジョンに潜って何十時間が経っているのだろう。水も糧食も、そして身体を流れる血も、残り僅かになっていた。消毒用のアルコールも縫合用の糸も大分心許ない。


 長い道のりだった。


 このダンジョンも元は古代の宗教遺跡だ。珍しいものではない。だがここまで地下深く複雑な作りになっているのは、『堕天の力』の作用によるのだ。元の遺跡から変化しているのだ。


 左手に持ったランタンの明かりに照らされ、不規則に伸びる石の道。


「よし。行こう」


 一人、足を引き摺るようにして歩いて行く。たった一人でダンジョンに潜る者などいない。


 ダンジョン探索など、真っ当な人間のやる事ではないんだ。徒党を組んだ荒くれ者が潜るものだ。だが僕は奴らと組む気はない。これまでに散々痛い目に合わされてきたからだ。彼らは人間の姿をしているが、中身はモンスターと同じだ。性根は汚れきっている。自分以外の存在は全て敵なんだ。


 彼ら無法者の群れの他にダンジョンに挑むのは、教会から派遣される狂信者の一団ぐらいだ。彼らも、ある意味では荒くれ者以上に厄介な連中だ。


 だから僕は、彼ら無法者や狂信者の集団がやってくる前に、まだ「誕生」して間もないようなこのダンジョンへとやってきたのだ。まだ新しいはずだ。ダンジョンの地上出入り口はひっそりとして、人の気配がなかったから。人に知られたダンジョンはこうはいかない。


 誰もが『堕天石』を、それが眠るダンジョンを独占しようとする。狂信者達はダンジョンを「聖域」として確保しようとするし、ならず者どもも同じくライバルを排除しようと出入り口を固め、戦闘員を配置する。そこにどうにか潜り込もうと少人数の盗賊達が目を光らせる。彼ら人間同士の争いが、ダンジョンの外で繰り広げられる。


 さらに、そんなハイエナのような有象無象を相手に、これまた海千山千の商売人が集まり、ダンジョンの地上部には商店や売春宿の天幕が山ほど出来る。あっという間に物騒で混沌とした集落の出来上がりだ。ダンジョンの外もまた危険極まりない状態となる。


 とは言え。


「はあはあ……まいったな」


 やはり一人での探索は難しかったのか。疲労のあまり弱気な心が湧き上がる。


「いや、まだだ……。まだ倒れるな。しっかりしろ! ギスタ!」


 僕は自分の名を呼び、気合いを入れる。


 ギスタ。それが僕の名前。


 田舎者の僕に苗字なんてもちろんない。コドー村のギスタ。十二歳まではそれで通っていた。十五歳の今もそう名乗っている。村がなくなった今でも。


「行け! 行け!」


 自分の体に命令する。自分の声を聞くと力が出る。僕はまだ生きている。僕にはやるべき事がある。手に入れるべきものがある。


「歩け、ギスタ!」


 ギスタ。それは僕の名前。


 父さんと母さんが付けてくれた名前。村の皆が呼んでくれた名前。


 そうだ、歩け、ギスタ!




 そうして。


 ついに僕はこの石造りの広間に辿り着いた。


 床に複雑な模様が刻まれている。いやそれは誰かが彫り込んだのではなく、きっと『堕天の力』の作用で「このように変化した」のだ。きっとそうだ。


 ここが、このダンジョンの最後の部屋に違いない。


「ここだ。ここのはずだ。やっと辿り着いた。ここに、『堕天石』があるんだ!」


 僕は震える膝を叩き、広間に入った。


 その時。


「シャアアア!」


 錆びた鉄の板を擦り合わせたような、嫌な咆哮!


 僕は素早くランタンを床に置き、メイスを握り直し、横に動いた。


「シュー、シュー」


 そいつは、めくれ上がった唇の間から臭い息を吐いた。身長二メートルはある、人型の爬虫類、リザードマンだった。


 それが二体。


 全身が青紫の鱗に覆われている。その体のあちこちに、白くフサフサしたカビや、赤や黄色のキノコが生えている。


 この迫力、ただのリザードマンじゃない。おそらくはリザードロード。もしかしてリザードキングかもしれない。……きっとそうだ!


 一体のリザードキングは、左手に手斧、右手に小さな円盾を持っている。


 もう一体の爬虫類が、左手に持った曲刀(シミター)の刃を床に引き摺りながら、ゆっくりと近付いてくる。こいつも右手には円盾を持っている。


 そいつに向けて、僕は背嚢に取り付けてある担砲(ショルダーカノン)を構え、撃った!


 轟音とともに無数の鉄片が放射状に放たれ、前に出ていた一体のリザードキングの体を、円盾ごとずたずたにする。そいつは後ろに吹っ飛び、広間の中央にある階段に体を打ちつけた。


 階段、それは祭壇だった。その上に置かれているのは、棺のような、巨大な石の匣だ。


 あれだ。あの中にあるのだ。『堕天の力』を宿した、『堕天石』が。


 僕はそれを手に入れなければならないのだ。『堕天石』で、『力』の剣、「魔剣」を造る為に。皆殺しにされた故郷の仇を討つ為に……!


「行くぞ!」


 ベルトを外し、背嚢ごと担砲を地面に落とす。


 左手の盾を前に、右手のメイスを後ろに引き、もう一体のリザードキングへと一気に距離を詰める。


 リザードキングが振り下ろした手斧の一撃を、盾で受ける。打ち合わさった鋼が、ガッ、と鳴る。火花が咲き、出来の悪い手斧の破片が飛び散る。そのいくつかが、僕の頬と額を切り裂く。血が溢れ、目に入る。


「しまった!」


 盾でリザードキングを弾き飛ばしながら、右手のメイスを袈裟斬りに振り下ろす!


 が、メイスは地面を打ち、石を砕いただけだ。空振りだ。距離感が狂った。


 だけど!


 左手の盾を敵に突き出す。そのまま、盾の裏に装着された二連クロスボウを発射!


 二本の短い鉄の矢が飛び、リザードキングの頭に突き刺さった。


「ジャアアア!」


 爬虫類の絶叫。


 リザードキングが後ろにひっくり返る、かと思いきや、寸でのところで踏ん張る。振り子が戻るように、こちらにガバっと組み付いてきた。頭を、脳を二本の鉄矢で貫かれているのに。


「こ、こいつ!」


 クリンチされては、近すぎてメイスが使えない。


 リザードキングが口を大きく開けた。荒い鋸のような歯。


 僕はメイスを手から離し、空いた両手でリザードキングの頭の鉄矢を掴み、噛み付かれないように顔を引く。


 右足の踵を、ダン! と強く踏みつける。ブーツ両側面のストライカー装置が準備状態になる。同時に、膝当てから隠し刃が飛び出す。


「これで……!」


 もう一度踵を蹴るように踏む。ストライカー装置のあらかじめロックしてあったスプリングが解放。足裏のキックスパイクが地面を強烈に叩く!


 僕は、見えない速度の飛び膝蹴りを、リザードキングの腹に叩き込む!


 一瞬で、リザードキングの背中から刃が生えていた。脊椎を切断したのだ。


 僕の顔の前で口を大きく開けたまま、爬虫類は今度こそ後ろへ倒れた。


「だけど、まだ!」


 僕は、祭壇へと顔を振り向ける。


 担砲で倒したはずの最初のリザードキングが、体中から体液を吹き出しながら、こちらに向かってくる。


「なんて丈夫な奴らだ」


 僕は腰から七爪剣(クロウブレード)を抜いた。腰だめに構え、敵を待つ。


 リザードキングがシミターを力任せに振るう。


 僕は、前に出る。曲った刃を掻い潜り、七爪剣(クロウブレード)を相手の腹に突き刺す!


 僕の顔と、リザードキングの顔は近かった。爬虫類の目に、怒りや憎悪とは違う色があった。恐怖だ。


「勝った!」


 柄のスイッチを捻る。バシっと、柄に反動。


 数瞬後、リザードキングの口から、どばっと体液が噴出した。僕の顔を濡らした。青い血は冷たかった。


 僕はリザードキングの腹に足をかけ、一気に七爪剣(クロウブレード)を引き抜く。剣が青い粘ついた糸を引く。


 リザードキングの腹の傷口は、星型になっていた。剣の刀身からは、枝のように、七つの爪が生えている。


 臓物を滅茶苦茶に切り裂かれ、リザードキングがヘナヘナと倒れた。今度こそ、死んだ。


 剣柄のスイッチを逆に捻る。刀身に生えていた七本の短い刃が折り畳まれ、一本の直刀の形に戻った。



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