夢の謎
夏の空気が広がる教室。五時間目ーー数学。
先生から出された課題を考えている最中。亮はふと今朝の夢を思い出した。
(小さい頃から、何度も見るんだよね。でも……今日のはいつもと違ったなぁ。声が聞こえてきたのは、今日が初めてだったね)
ノートをぼんやり見つめ、夢で聞いた言葉を頭の中に浮かべる。
(『なんてことでしょう。……とは、私は許せません。……。自ら、この呪いを解く意志があるのなら、その機会と方法を与えましょう。今から5千年後に…うでしょう。…18の誕生日までに……』)
頬杖をつき、天井を見上げる。
(んー……? あの声の人って、誰なんだろう? 『許せない』って、何のこと?『呪い』……? 『5千年後』……?それに、『18の誕生日までに……』……何なんだろう?)
何の脈略もない文章に、亮が首を傾げると、
【月に……】
脳裏に何か浮かびそうになった。その時ーー
「ーー神月さん、もう出来たんですか?」
優雅な声が背後から、突如響き、
「えぇっ!? は、はいっ!」
亮はびっくりして、勢いよく立ち上がり、座っていた椅子をバターンと後ろへ倒した。クラス中から、くすくすと笑い声が聞こえてくる。亮はそこで、自分が今すべきことが何か思い出した。
(あっ!? そ、そうだった。授業中だったよ。ってことは………?)
声をかけた人の方へ、恐る恐る振り返った。
「せ、先生っ!?」
「そんなに慌てなくても、私は何もしませんよ」
なぜか必要以上にドキドキし始めた亮に、優雅に微笑んだ人はーー
亮たちの担任教師、八神 光、二十五歳。どことなくイギリスの貴族を思わせるような雰囲気を持っている。
髪は瑠璃色。線の細い眼鏡をかけた瞳は瑠璃紺色で、憂いを秘めている。その影のあるところが女子生徒たちに人気で、廊下で囲まれている姿をよく目にする。だがしかし、何かと謎が多く、本音を滅多に口しにしない人物だ。
彼を一言で表すなら、『優雅』という言葉が一番似合う。眼差し、話し方、物腰全てに気品が漂う。だが、その優雅さが亮にとって天敵であり、八神の姿をちょっとでも見ただけで、気絶しそうになるのだ。決して、八神を熱烈に亮が好きとかではないのだが……。言葉では説明し難い何かが、ふたりの間にはあるようだ。
そんな八神にじっと見つめられ、いつも通り戸惑い始めた亮は、
「あ、あっ……あの……!」
八神はあごに手を当て、さらにじーっとサボっていた生徒を見つめた。
「何をしていたんですか?」
亮はますますドキドキし、思わず!
「かっ、考えてもわからない時は、どっ、どうしたらいいですか?」
質問された担任教師ーー八神はポーカーフェイスで、
「そうですね……?」
なぜか、そのままの姿勢で考え始めた八神に、さっきからずっと見つめられっぱなしの亮は、餌を求める鯉のごとく、口をパカパカさせた。
(先生、叱りに来たんじゃないんですか?)
(ですから、こうしているんですよ)
八神は独特な叱り方をする教師だった。十分間を置いた彼は、あごに当てていた手を解き、
「あなたの質問はとても興味深いですね。今後の参考にさせていただきましょう」
言い残し、さっと教壇の方へ歩き出した。八神の呪縛から解かれ、緊張の糸が切れた亮は、床に崩れ落ちてゆく。
(す、すみません。考えごとなんかしてて……)
左隣の美鈴が、タイミングよく亮の椅子を元に戻し、親友をしっかり救出。
(あんた、本当、彼に弱いよね)
すとんと椅子に落ちた、亮はヘトヘトで、
「あ……ありが……とう」
右隣の祐は、我関せずで、
「…………」
(昼休みの言葉、取り消し。何も考えずに生きてると、問題起こして面倒くさい)
亮の前の席に座っている誠矢は、笑っているらしく、肩が小刻みに揺れている。
「………っ!」
(お前、毎回驚きすぎだって! 今日も、思いっきり八神のワナにはまってんじゃねぇか)
ふと、視界の端に親友ーー祐の姿が入り、誠矢は何か引っ掛かりを覚えた。
(あぁ……? あれって……)
誠矢の右隣の席で、ルーは純粋無垢な微笑みを浮かべていた。
(仲良しさんで、大切さ〜ん♪ ふふふっ)
結局、亮は夢の謎を解くことが出来ないまま、放課後を迎えた。