ロック界の王子様
亮と美鈴が靴を下駄箱へ入れようとすると、頭上から人を引きつけるような澄んだ声が響いた。
「よう、亮、春日」
彼女たちが振り返ると。そこには、朝から不機嫌な顔をした背の高い美青年が。彼の名は、白石 祐、十七歳。銀色で真っ直ぐなサラサラの髪は、肩より少し長め。切れ長で澄んだスミレ色の瞳からは、彼の意志の強さが感じ取れる。
誠矢とは小学校からの親友で、亮とも小さい頃、よく一緒に遊んでいた。中学の三年間は、亮と祐は一度も会わなかったが、同じ高校に入学してから、また付き合いが始まった。
祐は最近、人気急上昇中のロックバンドのボーカリスト。アイドル的に売り出していて、『ロック界の王子様』という異名まで付いている。なぜなら、彼の衣装はいつも王子様そのものだからだ 彼を一言で表すなら、『不機嫌』。しかし、それがかえって人気の秘密らしい。
ウッキウキの亮が、
「祐、おはよう」
「白石、おはよう」
美鈴が少しだけ微笑みと、祐は突然ぼそっと、
「どいて」
(毎朝なんだから、そろそろわかれよ)
短い言葉の意味を理解し、美鈴は素早く避けた。
(あいよ)
がしかし、亮はわからず、目をぱちぱちさせただけ。
「え……?」
(土管?)
思いっきり聞き間違っている幼なじみに構わず。祐が自分の下駄箱を開けると、中からたくさんの手紙とプレゼントが亮の頭上に降り注いだ。
「えぇっ!? な、何っ!?」
(土管が降ってきた!?)
びっくりして飛び上がった亮に対し、祐は不機嫌なため息。
「………」
(お前、驚きすぎ)
カバンから取り出した紙袋をぱっと広げ、プレゼントと手紙を中へ入れ始めた。
自分の肩に乗っていた手紙を手に取り、亮は祐に、
「手伝うよ」
祐はちらっと視線だけくれて、
「いい」
(面倒になことになるだろう)
彼女の手から手紙をすっと抜き取った。
「忘れるなよ」
作業を再開した祐の指摘に、亮はあることをふと思い出した。
ーーーー以前にも、こんな朝があり。大変だと思い、祐を手伝っていた。そして、彼がいなくなった途端、たくさんの殺気立った女子たちに囲まれ、
『自分たちの出した手紙やプレゼントに、勝手に触るな』
と、文句を言われてしまったのだ。その時は、美鈴のお陰で大事には至らなかった。
亮は首を傾げながら、とりあえず出していた手を引っ込めた。
「あぁ……うん」
(よくわからないけど、何だか大変なことになったんだよね)
作業を続けている祐に焦点を合わせ、気にかけつつ。亮は立ち上がった。
「それじゃあね」
祐は顔も上げず、面倒くさそうに、
「ん」
(明日は、きちんと覚えとけよ。いちいち注意するの、面倒なんだ)
心の中で、彼は盛大に文句を言った。
「いつも、すごいね」
下駄箱から離れた始めた亮は、背後を気にしながら、美鈴に話しかけたが。彼女は何かに気を取られていて、返事を返さなかった。
「…………?」
(……似てる?)
珍しい親友の態度を、亮は不思議に思い、
「どうしたの?」
その声で、美鈴は我に返り、
「……あぁ」
(気の……せい…? 話題変えて、ごまかすか)
何親友に視線を止め、美鈴は全然違うことを言った。
「ねぇ、亮?」
「何?」
「何で、白石は、バンドなんか始めたんだと思う?」
美鈴の突然の問いかけに、亮は一生懸命考え出した。
「…………?」
(今年に入って、急にバンドやるって言い出して。春にデビューしたら、あっという間に、すごい人気者になったんだよね)
さらに、亮は小さい頃のことへダイビング。
(祐は昔から何考えてるのか、よくわからないんだよね。誠矢の家に遊びに行くと、だいたい来てて……よく一緒に遊んだ。
でも、気づくと、いつも祐はいなくなってて……誠矢とふたりきり。何してるのかなって思って探すと、ぼうっと一人で考えてて……。話しかけても集中してるらしくて、返事はしないんだよね。
だから、そのまま放っておいて、誠矢と遊んでるうちに、祐のこと忘れちゃって……。
それで、日が暮れてから、祐のお母さんが迎えに来て、誠矢といつもびっくりするんだよね。まだ帰ってないって、気づくから。
それで、慌てて探すと、同じ場所でまだ考えてるんだよね。いつもそんな感じで、叱られても、全然気にしてるように見えなかった。わかってないのかな? 叱られてるって。
でも、いつもぼうっとしてるわけじゃないんだよね。気づくと、いなくなってる時もあって……。んー、祐って、何考えてるんだろう?)
結局、彼の理由にたどり着けなかった亮は首を傾げた。
「何でだろう?」
「彼も普通の高校生じゃないってことだね」
そこで、朝の予鈴が鳴り出した。
「ホームルーム始まるよ」
美鈴はぱっと廊下を走り出した。亮はその場で、ぴゅーっと上へ飛び上がり、
「た、大変だっ!?」
大慌てて、親友のあとに続いた。