めぐりあう運命
亮は正門近くで走るのを止め、夏の日差しに目を細めた。
(もう、ここまで来れば間に合うーー)
ほっと一息ついた彼女の方へ、バイクのエンジン音が近づいてきた。
(よかった、いつも通りだね)
視界の端で、地面にざっと降ろされた足を見て、亮は振り向く。
「おはよう!」
「おう、おはよう」
ヘルメットを取ったばかりの、鮮やかな赤髪の美少年が、少しだけ微笑み返した。彼の名は、如月 誠矢、十六歳。同じ学校へ通う高校二年生。彼の母親は亮の母親の双子の妹ーーつまり、亮と誠矢は従兄弟同士。
父親は代々続く病院の院長、母親はそこの看護士長を務めている。ゆくゆくは彼も、そこを継ぐこととなっている。
思いついたら、すぐに行動に移すタイプで、同じ傾向がある亮とはとても気が合っている。天然ボケの亮の小さい頃からの突っ込み役で、彼もそのポジションをかなり気に入っている。突っ込みに青春を捧げているといっても、過言ではない。
彼を一言で表すなら、『優れた直感』が一番似合う。少ない情報から、瞬時に答えを導き出してしまう。頭の回転の速い少年だ。
誠矢はポケットから小さな箱を取り出し、亮へ。
「おう、これ。家の親から誕生日プレゼント」
彼女は見る見る目を輝かせ、
「うわっ、ありがとう!!」
小さな子みたいにはしゃぎ出した亮と一緒に歩くため、誠矢はバイクを押し始めた。
「おめでとうな」
(お前が十七か。何かの間違いじゃねぇか?)
口の端で少し笑った彼に気づかず、幸せいっぱいの顔で亮は、
「ありがとう!」
素直な従姉妹を前にして、少し照れたように、誠矢は前髪を手で触る。
「まぁ……ガキの頃から一緒だし、オレももらってっかんな」
「何が入ってるのかな?」
色々な角度からプレゼントを眺め始めた従姉妹に、誠矢の突っ込みがさっそくスタート!
「いやいや、透視は出来ねぇだろ」
(開けりゃ、いいだろ。何で、眺め始めんだって)
亮はなぜかびっくりして飛び上がり、
「えぇっっっ!?」
(豆腐ケーキ!?)
プレゼントから誠矢の方へ顔を向けた。勘の鋭い彼は従姉妹の心を感じ取り、満足げに微笑む。
(『透視』を『豆腐』に聞き間違って、勝手にケーキにすんなって)
そして、彼はわざと間接的な突っ込み。
「いやいや、最初の二文字しか合ってねぇだろ」
(また、聞き間違えろよ)
赤髪美少年の思惑通り、意味不明な相づちを打つ亮。
「あぁ、ちょっとピリッとするんだね」
(山椒が入ってるんだ。初めてだよ、そんなケーキ食べるの)
再び、従姉妹の心を感じ取った誠矢は、
「いやいや、それは入ってねぇって」
(ほら、次も聞き間違えろよ)
また従兄弟の計画通り、亮はなぜか箱を耳の側で振り始めた。
「え……?」
(でも、音がするよ)
耐えられなくなった誠矢は、ゲラゲラ笑い出した。
「いやいや、プレゼントは入ってるって!」
亮は何をどう解釈したのか、
「あぁ、カボチャのやつ、おいしいよね」
明後日の方向へ返してきた彼女に、誠矢は心の中で、
(『プレゼント』を『プリン』に聞き間違ってんぞ)
密かに突っ込むと、ふたりは学校の敷地内へ入った。バイク置き場へ行くため、誠矢は亮に軽く手を挙げる。
「とにかく、おめでとうな。じゃ、あとでな」
「あぁ、うん」
(帰ったら、さっそく食べよう、山椒入り豆腐プリン)
思いっきり勘違いしたまま、亮は誠矢と別の方向へ歩き出した。
昇降口へ入ろうとすると、後ろから声をかけられた。
「亮、おはよう」
亮が振り返ると、そこには──
モデルが出来そうなほどの背と抜群のスタイルをした、少女が立っていた。黒に限りなく近い赤い髪を、夏の風に揺らめかせながら、近づいてきた彼女に亮は、
「おはよう、美鈴!」
元気にそう言うと、大人っぽい瞳で少しだけ微笑んで見せた。彼女の名は、春日 美鈴。亮と同じ十六歳の高校に年生。子供っぽい亮に比べて、美鈴は落ち着いたところがあり、大抵のことでは動じない。
三歳の時に、娘の才能に気づいた彼女の両親は、彼女を連れて、一路アメリカへ飛んだ。あっという間に飛び級し、十歳で大学を卒業。その後、十三歳で国の研究機関にスカウトされ、研究員として現在は働いている。大人たちの中で育ってきたため、時々、高校生とは思えない発言をする。
彼女を一言で表すなら、『天才少女』という言葉がぴったりくる。なぜなら、SNAという魂のDNAみたいなものを発見したIQ二百の頭脳の持ち主だからだ。今はわけあって、日本で高校生活を送っている。
美鈴は小さな包み紙をカバンから取り出し、
「今日、誕生日でしょ?」
「わぁ、覚えててくれたんだ」
飛び上がらんばかりに喜んだ亮に、ちょっとあきれ顔の美鈴。
「あんた、喜びすぎ」
亮は親友の言葉など気にかけず、包み紙に手をかけた。
「ねっ、開けてもいい?」
「いいよ、気に入ってくれるといいんだ──」
美鈴が言い終わらないうちに、亮はプレゼントを開け出した。
(何かな? 何かな?)
先走りの親友に、美鈴は少しだけ微笑む。
(あんたらしいね、その行動は)
彼女からのプレゼントは、スミレやマーガレットなどを綺麗に押し花にした、しおりだった。それを手に取り、亮は飛び切りの笑顔で、
「うわ、すごく綺麗!ありがとう!」
その顔を見た美鈴は、ほっとし、
「よかった。あたしも本読む時、よく使うんだ」
ふたりは微笑み合って、靴を脱ぎ始めた。