十七歳の誕生日
沈んでいた意識がはっきりし、
(……んー?)
鳥のさえずりが耳をくすぐった。
(……んー、朝?)
大きく伸びをして、
「んーーっっ!」
片目を開けると、カーテンの隙間から光が。眠い目をこすりながら、
「ふわぁ〜」
大きくあくびをしたあと、ぽつりとつぶやいた。
「また、あの夢を見たんだ……」
ベッドから起き上がり、自分の胸へ視線を落とす。
彼女の名は、神月 亮。きらめき市にある私立煌彩高校に通う高校二年生。肩よりちょっと長い髪は茶色のストレート。瞳はくりっとしたブラウン。
地質学者で大学教授の父と、医学博士の母。そして、煌彩大学に通う姉の四人家族である。が、今は姉とふたり暮らし。亮の高校入学と同時に、両親が海外転勤となったため、姉とふたり、母の双子の妹の家族の住む街へ引っ越してきた。
常に物事を前向きにとらえ、どんな時でも元気な女の子。恋愛に関してはちょっと、いやいや、かなり鈍感。考えるよりも先に行動するタイプで、かなりおかしなことを言ったり、したりする。
彼女を一言で表すなら、世界一ーーいや、『宇宙一の天然ボケ』という言葉が一番似合う。とにかく、まともに会話が成立することがほとんどない。
ベッドから両足をたらし、亮は、
(小さい頃からよく見るけど、今日のはちょっと違ったなぁ。どうしてだろう?)
ぽんっと勢いをつけて床へ着地、カーテンをぱっと開ける。
「うわっ!いい天気だ」
元気に言って、カレンダーへ。
(今日は七月七日……。楽しみだなぁ〜。ふふ〜ん♪)
さっき見た夢のことなどすっかり忘れた、能天気な彼女の耳に、
「亮? もう起きないと、遅刻するわよ」
「は〜い!」
いつも通りの言葉に、彼女はいつも以上に元気な返事を返した。
(よし、着替えよう!)
制服を手に取り、ふと、亮はベッドに視線を落とした。
(何だったんだろう? …………?)
答えを出せないまま、着替えを終えた彼女は、昨日のうちに用意しておいたカバンをさっとつかみ、
「わからないな……まぁ、いいか!」
そんなふうに割り切って、
(ごはん、ごはん〜♪ お腹空いたぁ)
元気よく一階へ降りていった。
ーー神月家のリビング。
さわやかな朝日が差し込み、おいしそうな匂いが広がる。
「おはようっ!」
食卓へ現れた亮に、元気よく挨拶をしたのは、三つ年上ーー二十歳の亮の姉、神月 愛理。髪の色は妹と同じ茶色だが、長さは背中の半分ぐらいまであり、ふんわりと癖がついている。
今は一緒に暮らしていない両親の代わりに、亮の保護者として、色々と面倒を見ている。そんなしっかり者の姉だが、美青年にはめっぽう弱い。八歳年上のフィアンセがいて、彼とは大学卒業と同時に結婚する予定。
彼女を一言で表すと、『きゃぴきゃぴ』という言葉がよく似合う。
「おはよう、お姉ちゃん」
朝食の用意を終えようとしている姉に元気よく挨拶をしながら、亮は自分の席へ座った。目の前にたくさん並んでいる料理の匂いをかぎ、目をキラキラ。
(うわ、おいしそうだな。いっぱい食べよう!)
冷たいミルクで満たされたグラスをテーブルに置き、愛理は妹の正面に腰掛ける。
「さぁ、食べましょう」
「いっただっきま〜す!」
ふたりそろってそう言うと、それぞれ好きなものに手を伸ばし、さっそく食べ始めた。
トーストにハチミツを塗りながら、愛理が、
「あ、そうそう。今日、六時に正貴さんも来るって」
ベーコンを運ぶ手を止め、亮は急に大声を上げる。
「えっ、本当に!? 嬉しいなぁ」
その人の癖を思い浮かべた彼女は、すぐに心配そうな顔なり、
「でも、大丈夫かな? よく時間、忘れちゃうみたいだから」
妹の心配ごとに、姉は意味あり気に微笑み、
「確かに、時間は忘れるわね。でも、そこがまたいいところなのよ」
さらっとのろけてみせて、正貴の口ぶりを真似る。
「『亮ちゃんのためなら、がんばって覚えておきます』って言ってたわよ」
「やっぱり優しいね、櫻井さんは」
「それは私の愛する人ですもの、当然よ」
自信たっぷりに答えた、いつも通りの姉に、妹は幸せな気持ちで一杯になる。
「遅れないように帰ってくるね」
「腕によりをかけて、料理しちゃうわよ」
ガッツポーズした愛理に、亮は笑顔で、
「うんっ、楽しみにしてる」
そしてまた、それぞれ食事を再開。
(そういえば……)
あることをふと思い出した愛理は、食べる手を止め、
(あれって、何だったのかしら?)
バクバクとバターたっぷりトーストを頬張っている妹を見つめた。その視線に気づいた亮は、不思議そうに、
「どうしたの?お姉ちゃんーー」
その時、つけっ放しのテレビから、緊急ニュースが飛び込んできた。
「ガスタガ王国のレイト王子が、昨夜行方不明となり……」
姉妹はニュースに釘付けになった。ガスタガ王国といえば、世界屈指の石油王国だ。王子がとてもイケメンで、最近よくテレビに出ていた。彼がいなくなったことに、世界中がびっくりしているようだ。
「どうしたのかしらね?」
「そうだね」
イケメンに目のない愛理は、とても心配になり、亮は天気予報見たかったなと思っていた。二人はぼんやりテレビを見つめていたが、愛理がふと画面の時計を見て、
「あら? もう、こんな時間」
姉につられて亮が顔を上げると、八時少し前だった。登校時刻は、八時二十五分。割とギリギリだ。
「わっっ、本当だ!!」
彼女は慌てて椅子から立ち上がり、
「ご、ごちそうさま」
リビングから出て、急いで身支度を整え始めた。