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Legend of kiss1 〜雪の王子編〜  作者: 明智 倫礼
18/55

動き出した運命

 それから、数日後ーー九月十二日。


 部屋の壁には、山の断層図などの写真があちらこちらに貼ってあり、机の上には、雪崩警報が今にも発令されそうなほど、資料がうずたかく積まれていた。ここは、大学教授でもあり、地質学者でもある正貴の研究室。


 彼の書斎机の横ーー応接セットのローテーブルも資料の山。それを囲むように置かれているソファーーー唯一、資料に占領されていないスペースに、亮、愛理、祐は所在な下げに座っていた。


「すみません、こんなものしかなくて」


 正貴がアイスコーヒーを三人に差し出したが、愛理、亮、祐は困惑顔。


「…………」

(正貴さん、置き場がないわよ)

(ど、どこに置けばいいんだろう?)

(俺、想像したくないな。この先、何が起きるのか……)


 三人の胸中を察した正貴は、別に慌てるでもなく、のんびりと、


「あぁ〜、置き場がないですよね。ちょっと待っててください」


 テーブルの上の資料の山をがばっとつかみ、小慣れた感じで、床の上にそのまま、どさっと下ろした。すでに足の踏み場もないほど、資料が散らばっている床を眺め、愛理はため息をつく。


「…………」

(やっぱり、正貴さん、一人じゃ心配だわ。早く結婚して、整頓すること覚えさせないといけないわね)


 資料でごった返している部屋を見回し、亮は妙に感心。


「…………」

(自分だったら、どこに、何置いたかわからなくなりそうだけど……。櫻井さんはわかるんだね、すごいね)


 祐は出されたアイスコーヒーを見つめ、全然違うことを思っていた。


「…………」

(お菓子、欲しいな。コーヒーだけじゃ、ちょっとな……)


 愛理の隣りに腰掛け、正貴が祐に優しく微笑んだ。


「初めまして、白石君」

「どうもーー」


 祐は頭を下げようとして、言葉をつまらせた。顔も知っていて、兄さんとまで呼んだ人なのに、名前を知らない。不思議な感覚だった。


「えっと……失礼ですけど……」

「あぁ……」


 正貴は軽くうなずき、


「そうでしたね、自己紹介がまだでした」

(白石君はしっかりしていますね。さすが、王子様は違います)


 よくわからない理由で、大いに感心した正貴は、居住まいを正し、


「櫻井 正貴です。この大学で地質学を教えています」

「初めまして、白石 祐です」


 銀髪の少年がそう言うと、正貴はくすぐったそうに笑った。


「……何だか、おかしいですね」

(知っているのに、自己紹介をして……。弟なのに……初対面)


 祐は複雑な表情で、


「はい……」

(兄さんとか呼んでたけど、初対面なんだよな)

「あぁ、そうでした」


 あることを思い出し、正貴は急に話題を変えた。


「白石君の歌、聞きましたよ。とても上手なのですね」

(愛理さんに、CDを貸していただきました。愛理さんが夢中になるのもわかる気がします。素晴らしいです)


 盛り上がっている正貴に、祐は少しだけ頭を下げる。


「あぁ……ありがとうございます」

「それから、テレビも観ました。本当にこちらの世界でも王子様なんですね」

(私も明日から、講義を王子服でやってみましょうか? 何だか、楽しそうです)


 ますます盛り上がりを見せている正貴の耳に、祐のため息が響いた。


「…………」

(王子様……)


 幼なじみの異変に気づき、亮が、


「どうしたの?」

(いつもと、ため息のつき方が違うけど……)

「どうかしましたか?」


 純粋に不思議がった正貴の隣りで、愛理は心配そうな顔をする。


「どうかした?」

(美少年が困ってるのは、黙って見過ごせないわよ)


 そうして、全員の視線が祐に集まった。彼は意思の強いスミレ色の瞳で、みんなを見渡しながら、


「…………」

(もっと合理的な方法があると思うんだ。でも……王子姿を喜んでる人もたくさんいて……。それを止めるのも……みんなのためにはならなくて……。だけど……もっと困ってる人が……)


 いつまでも答えない祐を前にして、正貴は真剣な眼差しに変わった。


「…………」

(君のその瞳、なぜか懐かしさを感じます。一体、何がそう思わせるのでしょう?)


 自分と少し似ている、薄いスミレ色の瞳ーー正貴の目を、祐は見つめ返す。


「…………」

(……懐かしい。どうして、そう思うんだろうな?)


 亮は祐の瞳の奥を凝視し、


「…………」

(もしかして……祐、自分から進んで王子様やってないのかな? 美鈴の言ってたことと関係するのかな?)


 正貴は、初対面のはずの祐に対し、こんなことを口にした。


「君らしいというか、そうじゃないというか……」

(君は誰かのためにがんばり過ぎて、自分のことがおろそかになってしまう。そのような人に思えます)


 愛する人の言葉のあとに続き、愛理が本当の姉のように優しく添える。


「何かあったら、いつでも相談に乗るわよ」

(何か考えがあるのね、祐君には)


 何かを感じ、祐は急にぼんやりし始めた。


「…………?」

(何だか、前にもこんなことがあった感じがする……)


 その視線の意味を、愛理は彼女なりに解釈し、


「あぁ、そうだったわね。名前言ったことなかったわね」


 不思議なことに、誠矢の家で何度も会っていたのに、愛理と祐は自己紹介したことがなかった。


「愛理よ」

「……あぁ、はい」


 祐は相変わらず、何を考えているのかわからない瞳で、


(愛理っていうのか……亮の姉ちゃん。ん?)


 そこで、引っ掛かりを覚え、


(ふーん、なるほどな。適当じゃないのか)


 祐が何かの法則を発見したと同時に、正貴がソファーから立ち上がった。


「あぁ、そうでした」


 三人の注目を集めたまま、正貴は冷蔵庫へ行き。四角い箱を取り出して、再びテーブルへ戻ってきた。それを、みんなの前に差し出し、


「忘れてました。こちらをどうぞ」

(これがなくてはいけません)


 何の脈略もない正貴の言動を見て、祐が聞く。


「これは?」

(どういう笑いの取り方ですか?)


 婚約者の愛理だけは、箱の中身を知っていた。


(正貴さん、やっぱりこれがないと生きていけないのね)


「お土産のチョコレートです」


 正貴の発した単語に、祐が思いっきり反応した!


「チョ、チョコ!?」

(欲しいと思ってたんです、甘いものが。さすが、兄さんです。俺のことよくわかってます)


 正貴がふたと開けると、ほろ苦く甘い香りが部屋中に広がった。


「甘いものがないと、いい考えは思いつきませんからね」

「いただたきます!」

(チョコだ、チョコ♪)


 何の遠慮もなしに、さっそく手を伸ばした祐を見て、愛理は少し微笑んだ。


「昔から、チョコだけはすごかったわね」

(いつも大抵、行方不明なのに、おやつがチョコの時はちゃんといるのよ。あれは不思議だったわね)


 まわりにはお構いなしで、祐はチョコを次から次へと堪能していた。


「うまいっ!」

(チョコだ、やっぱりチョコだ♪ これがあれば、もう他に何もいらない)


 『チョコレート狂』という言葉がぴったりな祐に、正貴が嬉しそうに話しかける。


「白石君も、チョコレートが好きなのですね?」


 チョコレートを手に持ったまま、祐は珍しく幸せそうな顔で、


「はい、これくらい甘いものは特に。櫻井さんもですか?」

「えぇ、大好きです。特に外国産は、日本のものとは甘さが違いますから」


 そう言って、チョコレートを口にした正貴に、祐は当然というように、


「そうですよね」

(櫻井さん、正しいです。日本のは、砂糖足らなすぎです。あれじゃ、いくら食べても満足しません)


「話が合いますね、白石君とは」

(やはり、会えて嬉しいです。本当の兄弟みたいですね)


 にっこり微笑んだ正貴を驚愕きょうがくに染めるような出来事が、このあと発生することになろうとは、当の本人は知るよしもなかった。何かを思い出した祐は、食べる手をぴたっと止め、


「櫻井さん、大変です」


 祐の真剣な眼差しを受けて、正貴も食べる手を止めた。


「どうしたんですか?」

「チョコ……ないです」


 目の前のチョコレートに視線を落とし、正貴は不思議そうな顔をする。


「ない……ですか?」

(不思議な人なんですね、白石君は)


 その視線を追った祐は、言葉を付け加える。


「違います。これじゃなくて、ジュレイテにないんです。店で確認しました。王族でも手に入れるのは困難です」


 正貴は一生に一度あるかないかというくらい、珍しくびっくりした!


「ほ、本当ですか!? それは大変です。困りました。どうすればよろしいでしょうか?」


 すっかり生きる気力をなくした、ジュレイテ兄弟は見つめ合い、心の中で会話する。


「…………」

(世界はもう終わりかも知れません)


「…………」

(俺もそう思います)


 そこへ、愛理のあきれきった声が。


「終らないわよ、大げさね」

(本当の兄弟みたいだわね、同じ顔してるわよ)


 亮は姉の言葉にきょとんとした。


「え……?」

(ワラがない……? どういうこと?)


 おかしくなっている亮には気づかず、正貴は婚約者を愛おしげに見つめる。


「…………」

(愛理さんは頼もしいです)


 ぽかんとしている亮と、向かいの席で大人びた笑みを向けている愛理を、祐は見比べて、


「…………」

(お前と違って、姉ちゃんはしっかりしてるんだな)


 愛する人の瞳を見て、何か思い出した正貴は、


「あぁ、そうでした」


 脱線していた話を元へ戻した。


「これを出したのには、わけがあったんです」


 亮は目を激しくぱちぱち。


「わけ……ですか?」

(あれ? ワラじゃなかったかな?)


 正貴は亮の大暴投にまったく気づかず、


「えぇ。実はこちら、先週の海外出張の時に、買ってきたものらしいのですが……」


 まるで他人事ひとごとみたいに言う正貴に対し、亮はある心配を始めた。


(もしかして、櫻井さん……。またなのかな?)


 チョコレートを見つめる、正貴の目はどこか遠くを見ていて、


「記憶がないんですよね。一体、どなたが……」


 大喜びで食べていた祐の手が、再び止まった。


「……!」

(記憶がないって、それって……)


 正貴は安心させるように微笑む。


「あぁ、大丈夫ですよ。いつも買ってきているものですし、賞味期限も切れてませんから」


 祐は急にそわそわし始めた。


「い、いえ……」

(俺が問題にしてるのは、そこではなく……ゆ、幽霊!?)


 彼は心霊現象が大の苦手だった。何とか恐怖を振り払い、正貴に聞き返す。


「それって、目が覚めたら、九月七日だったということですか?」

(全員、同じ日に戻ってきて、それまでの記憶がない……のか?)


 正面に座る祐の瞳に、正貴はうなずき、


「えぇ、そうなんです。記憶がないのに、その……」


 書斎机の資料の山へと顔を向け、続ける。


「……空白の時間とでも言いましょうか。その間、どうやらきちんと生活していたようなんです。研究の記録なんかも、きちんと日付込みで書いてありましたから」


 アイスコーヒーを一口飲み、愛理が相づちを打つ。


「確かにそうね。 洗濯や掃除もしてあったわね。一体、誰がやったのかしら?」


 戻ってきた日の朝の、カバンの中身を思い出し、亮が。


「……うん。私もその日の授業の準備、ちゃんとしてあった。本当に誰がしたんだろう?」


 祐も、九月七日の自宅でのやり取りを思い出し、


「…………」

(確かに、いつも通りだった。俺が起きてきても、別に気にしてなかったな、うちの親。まるで、俺がずっとそこにいて、生活してたみたいだった。二ヶ月間、誰かが代わりに生活してたのか? それって、誰だーー)


「本当に、誰がくじ引いたんだろう?」


 亮の発した言葉を聞き、祐はあることに合点がゆく。


(そうか……!)


 ぼんやり眼で、誰にも聞こえないようにブツブツと、


「誠矢と春日も移動してる。その上、あのふたり、あっちで会ってる。間違いない」


 祐は、正貴と愛理に焦点を合わせ、


「誠矢に会いませんでしたか?」

(俺は会ってない。亮もだ。会ってたら、あんな探るようなことはしてこない)


 愛理は目を大きく見開いた。


「誠矢!?」

(そういえば、同じクラスだったわね。祐君とふたり……さらに、ひかる先生ーー美男子三人。夢のような高校生活ね♡)


 何だか、うっとりしている愛理に、正貴が、


「確か、従兄弟でしたよね? 誠矢君は」


 愛理は我に返り、


「……えぇ、そうよ」


 祐の方へ顔を向け、首をゆっくりと横に振った。


「私は会ってないわ」

(美少年は見逃さないから、間違ってないわよ)

「櫻井さんは?」


 祐にもう一度問いかけられた、正貴も首を横に振る。


「私も会っていません」

(誠矢君とは何度か会っていますから、会えばわかります)


 珍しく真面目な顔で、亮が聞く。


「美鈴も行ったのかな?」

(この間、昼休みに様子がおかしかったのは、そのせいかな?)


 幼なじみの瞳に、祐はしっかりとうずく。


「行った、間違いない」

(お前がまともに話してる……俺、夢でも見てるのかも知れないな)


 思いっきり祐が亮をけなしたところで、あごに人差し指を当て、愛理は小首を傾げた。


「亮の友達が、どうして関係してるのかしら? 一度も会ったことがないのに、変ね」


 美鈴と一番接点がなさそうな人に、祐はピントを合わせ、


「櫻井さんは、春日 美鈴に直接会ったことはありますか?」


 正貴は一瞬考える仕草をし、


「春日 美鈴さん……ですか…? どちらかで聞いたことがある気がします……!」


 何かの記憶にたどりついた彼は、言葉を続ける。


「あぁ、Misuzu Kasuga博士ですね? 確か……何とかというのを発見した方ですよね。ですが、お会いしたことは一度もありません」

「そうですか……」


 祐はそう言い、彼の瞳はまたぼんやりし始めた。


(どういう関係があるのか、わからないな。でも……)


 チョコを一口頬張り、


(これだけはわかる。

 誠矢と春日が、ジュレイテ王族っていうのは有り得ない。

 パーティがあったんだ。

 王族に関係してるなら、あの時会ってるはずだ。

 知り合いとか、ジュレイテの王族だからっていう理由じゃないんだな。

 そうだな……あれがこうで、それがああだから……)


 何も言わなくなった祐に、亮が問いかける。


「どうして、言ってこないのかな?」


 考え中の祐は、適当にあしらった。


「さあな……」

(重要なことがあるんだ。誠矢が何も言ってこない時は、いつもそうだ。あいつ、他に何か知ってるだろう)


 正貴は窓の外を眺めながら、


「確認できないから……という単純な理由ではないのかも知れませんね」


 その言葉に、愛理は短く相づちを打つ。


「そうね」

(誠矢が隠し事なんて、おかしいわね。特に、亮に隠し事するなんて……)


 誠矢と亮は何でも打ち明けるほど、仲のいい従兄弟同士だった。正貴はみんなを見回し、


「あちらから言ってこない以上、黙っていた方がいいのかも知れませんね」


 他の三人はうなずき返した。祐はグラスを手を伸ばし、考えごとを再開。


「…………」

(そうだな……?

 俺たちはジュレイテの人間だけど……亮はセレニティスだ。

 そうなると……あのふたり……別の国の人間だって可能性が出てくる)


 そこで、祐は、ジュレイテの書庫で調べた本の数々を思い返した。


(おかしいんだ。

 あの国には、他の国の資料がほとんどない。

 あっても、セレニティスのものだけ。

 ……国交に問題があるのかも知れない)


 静かな研究室に、溶けたグラスの氷の音がカランと響いた。西に傾き始めた太陽を見つめながら、愛理がため息まじりに、


「何だか、わからないことばかりだわね」

「そうですね」


 正貴は婚約者の視線の先をたどり、


(どなたが何のためにしているのでしょう?

 なぜ、戻ってきたのでしょう?

 この世界と、どのような関係があるのでしょう?

 それに……何か忘れているーーという気持ちをとても強く感じます)


 手元に視線を落とし、亮がぽつり。


「……なんか、前にもあそこで生活してたような気がする」

(玄関の場所もわかったし、泳ぎ方も知ってた。人魚になったのなんて初めてなのに……)


 愛理は妹の方へ振り返り、


「そうね。髪飾りのことも誰に聞かなくても、何となくわかったし……」


 正貴がのんびりうなずく。


「あぁ、確かにあれはそうでしたね」

(人魚姿の愛理さんも素敵でした)


 亮はびっくりして、ぱっと顔を上げた。


「そ、そうなの!? 髪飾りするように言ったのって、お姉ちゃんじゃなかったっけ?」

「そうよ」


 愛理は何気ない感じで答え、


(亮がまともに返して来るなんて……おかしいわね)


 妹の瞳の奥をそっとうかがいつつ、言葉を続ける。


「朝起きたら人魚でね。びっくりしたのよ、きちんと歩けないし。それで、どうしたらいいのか、正貴さんとふたりで考えていたら、髪飾りが目に入ってね。ふと髪に挿してみたくなったの。そうしたら、二本足になったでしょ? あれにはちょっと驚いたわ。ねぇ?」


 同意を求められた正貴はにっこり、


「そうでしたね。とても印象に残る朝でした」


 亮はそこで、さっきから話に参加していない祐に気づいた。


「祐も、何だか王子様に慣れてる感じだったよね?」


 全然違うことを考えていた彼は、返事をするどころか、見向きもしなかった。


「…………」

(あの世界で、俺に出来ること……。そうだな……あれがそれだろう? で、あっちがこうだ。だから……)


「祐……?」

(何か考えごと? ずいぶん、嬉しそうだけど……)


 亮にのぞき込まれた祐は、迷惑そうに顔を背け、


「あぁ、そうだな」

(話しかけるなよ、今いいところなんだ)


 上の空の幼なじみに、亮は微笑んだ。


(小さい頃と、本当変わらないんだね)


「本当にどうなってるのかしら?」


 愛理は首を傾げながら、祐をうかがい見た。


(祐君って、昔からぼうっとしてることが多かったわよね。でも、結構しっかりしてるのよ。何か大切なことでも考えてるのかも知れないわね)


 他の人たちの視線など気にせず、祐は考えを巡らす。


「…………」

(やっぱり……そうだな。その可能性があるなら……んー……?)


 正面でチョコを摘んでいる人を、ぼんやり見つめ、


(それが一番いい方法だな)


 決断を下した彼は、その人の名を口にした。


「櫻井さん?」

「はい、何でしょう?」


 食べる手を止め、正貴は落ち着いた様子で聞き返した。


「地質学者でしたよね?」


 今までの話の流れと全然違うことを言った祐の瞳を、正貴は真っ直ぐ見つめ、


「えぇ、そうです。それが何か?」

「はい。またあの世界に行ったら、調べて欲しいことがあるんです」

(約束しておかないと……。いつ、行くかわからないんだからな)


 嬉しそうに相づちを打った祐を見て、亮は彼が何のことを言っているのか理解した。


「輝水山のこと?」

(それなら、櫻井さんにも関係するね。でも……)


 何か心配事があるらしく、正貴を亮はちらっと見た。幼なじみの仕草に気づかず、祐は大きくうなずく。


「あぁ」

(お前、ものすごいまともだ。いつもそうだといいのにな)


 喜んでいる祐と心配している亮を、正貴は交互に見て、


「キスイザン?」

(何やら、いい響きの言葉が聞こえたようですが……)


 嬉しそうに祐が、


「はい、城の北東にある背の高い山のことです」

(いい感じだ。このメンバーで、ここまでスムーズに話が進むなんて、奇跡だ。明日、雪が降るかも知れないな)


 奇跡ーーそれはそう何度も続かないもの。それを証明するかのように、正貴が祐へ、ずいっと身を乗り出した。


「山ですか?」

(もう、これ以上の言葉はありません)


「はい、そこに見たこともない鉱物がーー」


 祐がそこまで言うと、正貴の瞳が明らかに変わった!


「あぁ、やはりそうなんですね!」


 急変した婚約者の側で、愛理が額に手を当てる。


「あぁ〜、祐君やっちゃったわね」


 湧き上がる興奮を抑えきれないように、正貴はプルプルと震え出し、


「鉱物!!」


 がばっとソファーから立ち上がった! 祐の両肩をがっちり手でつかみ、


「それは、どのようなものですか? いつから、そこにあるのでしょう? 前に調べたのは、どなたなんでしょうか? どのような状態で、保管されているのでしょう? どなたからーー」


 次から次へと質問攻めにされた祐は、かなり戸惑った。


「えっ、あ、あの……」

(櫻井さん、キャラ変わってます……)


 亮は気まずい顔で、


「祐、やっちゃったね。そうだよね、普通知らないよね。自分も初めて見た時、びっくりしたから」


 正貴にがっちり捕まえられている祐は、視線だけ亮へくれた。


「何をだよ?」

「時間……忘れちゃうんだよ」


 亮の回答に、祐は一気に不機嫌モードへ。


「…………」

(それじゃ、言葉飛び過ぎてて、わからないだろう。お前、もう放置)


 そして、祐は我を忘れている正貴を一番よく知っている人へ、眼差しで訴えかけた。


「…………」

(代わりに説明お願いします)


 それを受け、愛理は静かに婚約者のことを語り出す。


「家の父もそうなんだけど、地質学の話になると人が変わっちゃうのよ。だから、山や地層の話は普段は厳禁なのよね」


 地質学のこととなると周りが見えなくなり、時間まで忘れてしまう正貴。三人の声がまったく聞こえていない彼は、祐からぱっと手を離し、


「気になりますね。今度はいつ、あちらの世界へ行くのでしょうか?」


 いつもの彼とは思えないほど、機敏な動きで書斎机へ移動。


「そうです! 準備をしなくては……」


 引き出しを開けたり、棚の中のものを引っ張ったり。ものすごいスピードで作業をし始めた正貴の背中を見つめ、祐はため息をついた。


「…………」

(この人、国王に向いてない。ダメだ、俺がしっかりしないと。ジュレイテ王国は、あっという間に崩壊だ。間違いない)


 祐が確信すると同時に、愛理の声が響いた。


「正貴さん、落ち着いて。例え、またあの世界へ行っても、道具は持っていけないわよ」


 はっとした地質学者は、愛する人へゆっくりと振り返り、


「……あぁ、愛理さん」


 愛おしい瞳をして、こんな言葉を口にする。


「いつから、そこにいたんですか?」


 祐はあきれ過ぎて、ため息しか出てこなかった。


「…………」

(ダメだ、記憶まで飛んでる。さっきから、ずっとそこにいました。話もしてました)


 亮と祐が視界に入った正貴は、照れた顔で、


「そうでしたね。物は持っていけませんでした」

(愛理さんはさすがです。それならば……)


 懲りずに彼は、こんなことを聞く。


「今度はいつ、行くでしょうか?」

(あちらで出来ることを、今から考えておかなくては……)


「正貴さん……」

(もう仕方がないわね。でも……そこが正貴さんのいいところでもあるのよね)


 優しく微笑み返した愛理。

 地質学のことで頭が一杯になっている正貴。

 ふたりを見て、祐は珍しく笑顔になる。


(何だか懐かしいな)


 亮はみんなを見渡して、


(みんな、仲が良いんだね)


 窓の外に広がる、オレンジ色に染まりかけた空を見上げ、


(……どうして、あの世界に行ったのか、結局わからなかったなぁ。でも……)


 再び、祐たちを見て、嬉しそうに微笑んだ。


(また行くことになっても、みんなと一緒だったら大丈夫な気がする)

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