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9/11

おねだりレベルが高いですね

長らく停止をして失礼致しました。

別作が一区切りをした為、再開します。

 夜も更けたころ、雪原を歩む者がいた。

 雪国というのは月明かりだけで夜道に困らないものだ。月からの光を雪は反射し、そして雲を染め上げる。


 キツネのように真っ直ぐの足跡を残し、ようやく目的の丘へとたどり着く。空を見上げるとフードは落ち、月明かりに映える横顔を覗かせた。はらりと落ちた髪はわずかにウェーブがかっており、それは月とまったく同じ色だった。


 見下ろした先には、静まり返った集落がある。

 明かりは全て消え、煙突からわずかな煙をあげるきり。皆、寝静まっているのだろう。


 はあ、と息を吐く。

 瞬時に凍り、頬へ触れながら消えてゆく。雪道を歩いたせいで身体は熱く、夜を選んだせいで手足は千切れそうなほど冷たい。

 閉じた瞳で、じっと空を見たまま彼女はそうして待ち続ける。やがて背後から男性の声が響いた。


「待たせたな、シスター」


 振り返り、彼女は深々と頭を下げる。そしてフードをかぶり直し、その綺麗な髪を隠す。

 彼女の服は雪と同じ色をしているが、彼は上位と分かる紺色をしていた。地方の教会を束ねる存在であり、魔物の幽閉においても資金においても影響を与えている。


 皺は深く、たくわえた髭も髪も白い彼は、ゆっくりと息を吸ってから笑いかけてきた。


「して、牢獄の魔物が討伐されたというのは誠か。千年を生きた化物だというのに?」

「はい、王都から送られた男により。警戒はしておりましたが、まさかあれほどの実力とは……」


 弁明をさえぎるよう、はっ、と男は笑った。

 あざけりを感じる笑いはしばらく続き、シスターはその間、ずっと頭を下げ続ける。

 ようやく笑い声は途絶え、男の目元の皺は深いものへ変わった。


「案外、それが目的だったのでは無いか? 君が餌の実力を見誤るようには思えない」

「いえ、そのような事は決して」


 どうだかな、と男の口元は歪められる。そして鷹揚にうなずくと、丘の下にある小さな村を見下ろした。厳しい土地をあえて選んだ集落だ。税収などたかが知れている。


 魔物の餌代を支払えない時には、討伐依頼を通じて生きた餌を与えていた。しかし、千年ものあいだ残してきた遺産は失われてしまった。

 顎鬚をさすりながら、静かな声で彼は語り始める。


「まったく厄介な時代だ。教会の力なくして魔王を倒してしまうとは。人々を救済する役目こそが我らの功績だったというのに。王都では既に権威が落ち始めている事を、君は知っているかね?」


 ミノタウロスの討伐から、魔王討伐を連想したのだろう。

 守護の力を持つ教会は権威を持ち、もちろん討伐においても助力を惜しまない。それは魔王討滅戦においても同様だった。

 だが、教会に名を連ねることを条件にした途端、カズトラなる男は「なんか面倒臭いからパスで」と言い放ったのだ。


 ぎり、と男の手が握られる。

 溢れかえるような怒りは、いまや教会を維持しきれぬ状況によるものだろう。

 これだけの規模を維持するには大量の資金が必要なのだ。


 目深にフードをかぶった女性は、頭を下げたままじっと動かない。それを眺め、男はもう一度頷いた。


「明日、始める。長く過ごした集落だろうが、それを終えたら出立だ」

「……ミノタウロスは既に滅しております。なのになぜ、私の村で始めるのでしょうか」


 ぴくりとシスターの目元は揺れた。彼女の動揺を感じ取った男は、楽しげに笑みを深める。

 その澄ました顔をもっと崩してやろうという意味か。男は歯を見せて笑った。


「光というのは闇があってこそだよ、シスター。憂いの晴れた土地こそ、我らの権威を取り戻す魔人戦争ラグナロクを始めるのにふさわしい」


 言葉の意味が分からない。そうかぶりを振る彼女へ教会長はゆっくりと歩み寄る。雪を踏み、不穏な笑みを浮かべながら。


「明日、各地に幽閉をしていた魔物らを解き放つ。君には最後まで協力をしてもらう。そのつもりでいるように」


 ぐらりと彼女の身体は揺れ、それを見て男の笑みはより深まった。

 明日、世界は再び傾いてしまうだろう。

 混沌の始まりの地として選ばれて、ゴウと激しい突風に彼女はあおられる。



 しかし何故、最後までシスターは情報を隠したのだろう。

 ミノタウロスが姿を変えていることを。そして当のカズトラと共に駐留していることを。


 やがて月は分厚い雲に覆われ、男も女も姿を消した。



 + + + + + + + + + +



 教会から一週間の滞在を命じられており、早いものでもう3日目が終わろうとしている。


 その間、猟師たちの使う小屋を借りた。

 とても狭いが、その代わり雪国でもすぐに暖まる。元々は休憩所として使われているらしく、厚い雪にも潰されないよう頑丈に組んであった。


 こじんまりとした暖炉の前には、綺麗に平らげたシチュー鍋、そして木のスプーンが置かれている。

 洗うのメンドクセーなぁ、などと思いながら俺はワインの瓶をラッパ飲みした。


 十分に熟成した赤ワインは、それほど高価な品では無い。単に生まれ故郷の味なんだ。もう生産はしてないし、地図からも消えてるけど。

 この年は笑えるくらいの外れ年で、酸味が強く、また後味には濁りがある。だけど子供のころに過ごした光景を、鮮明に思い浮かべられる貴重な味だ。買い占めたことを後悔はしていない。

 へっ、羨ましいだろう。幾ら金を積まれても俺は断るぜ。


 俺は金持ちだし、多分一生かけても使いきれないと思う。だけど浪費には尻込みする。もしかしたら「宝クジ当てたのに転落した奴ー」とか指さされるかもしれないし。


 たぽんとワイン瓶は音を鳴らし、程よく酔いも回ってくる。

 今夜は静かだなー、そっか雪が積もってるしなー、などとボンヤリ考えていた時、膝に乗って来る奴がいた。

 そいつは猫のように座り心地を確かめ、大きな青色の瞳で俺を覗き込んでくる。怒られるとは微塵にも考えていないらしく、のしりと発育十分な尻と太ももで挟みつけてきた。うーん、あったかい。


 頭の左右から角を生やし、牛耳をパタパタしている通りこいつは魔物だ。決して人とは分かり合えない存在だと昔から聞いている……が、そいつは興味津々にワインを見ており、何を考えているのか丸わかりなんスけど、と俺なんかは思う。


「ムチルちゃん、お酒飲みたいの?」


 大きな瞳に好奇心を満たし、うんうんと牛娘は頷く。あどけない顔の下にはご立派に張った胸があり、パジャマの許容量ぎりぎりだ。


 いや、あげても良いんだけどさ。なーんか嫌な予感がしねぇ? 気のせいかもしんないけど、こいつが大人の世界に首を突っ込むとロクな事にならない気がするのよね。


 そう迷っていると、ころんと肩に頭を乗せてくる。

 この魔物は最近、甘え方を学んでいる。自分が可愛いと知ったせいか、艶のある唇に笑みを浮かべ、むっちりとした尻を左右に擦りつけてくる。


 たぶん本人は子供みたいに甘えているつもりだろうけど、それにしては肉感が強すぎる。かなり大人の肉づきなんだ。

 その娘が、小さな鼻ですりすりと顎に触れてきた。くすぐったいけど、これは単なる催促だから。


「トラちゃーん、飲みたい飲みたい。ムチルはお酒を飲んでみたいっスぅー」

「ははは、また今度な」


 グイっと肩を押して追い払う。

 俺くらいになると童貞がこじれて、女の子相手にこんな乱暴な事も出来るのだ。並の男には決して出来ないだろう。

 ムチルも「は?」という顔で固まってやんの。ぷぷぷ、だせえ。


「これだから童貞がこじれた男はメンドクセーっすね」

「は? それとこれ、今は関係ないよね。俺はミノタウロスが酔うとどうなるか分からないから心配してるの。暴れない保証でもあるわけ?」


 おっと、図星を突かれたせいで検のある返事になってしまった。誰がこじれた童貞やねん。あ、俺か。

 ひどい言いがかりをつけたそいつは、むっすりと眉を歪ませて俺を睨む。それから底意地の悪そうな顔をした。


「ふぅーん、あっそうー、童貞なんスかー。その件を詳しく聞きたいんスけどぉー」

「嫌だ、言いたくない」


 きっぱりと男らしく拒否をしたのに、ムチルはもう少し近くに座り直す。じいっと見つめられ、唇には笑みを浮かべている。その意地悪な顔が嫌で嫌で、俺は冷たい汗を流す。


「ワイン飲みたいっス」

「はいどうぞ。コップいる? 拭いたげるね」


 極めて男らしく快諾したというのにムチルは爆笑し、足をパタパタしていましたよ。すごくおっぱい揺れてるけど、どうしたの? 病気?


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