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8/11

ムチルのおへそ

 

 ぼやぼやしていたら、もう日暮れの気配だ。雪国の1日というのは本当に短い。


「おーい、暗くなって来たからそろそろ帰るぞー」


 そう声をかけると、雪だるまの向こうからひょいと娘は顔を出す。半分くらい裸みたいな格好だったから、俺のマフラーやら手袋やらを無理やり身につけさせている。

 なのにコートのボタンを締めないしさぁ……子供みたいな笑顔の下には、ホントご立派な谷間があるし、ほとんど痴女じゃん。エッチ。


 寒さのせいか普段より肌は白く、大きな瞳に吸い寄せられる。こいつの目は綺麗な青色をしていて、つい見てしまうんだ。雪原に高価な宝石が落ちているみたいなもんでさ。

 少女の唇は小さく笑みを浮かべ、ぽそりと雪原に言葉を漏らす。


「トラ、冷たいっス」

「当たり前だろ、ばーか。いつも裸みたいな格好しやがって」

「トラの心が冷たい」


 あっれぇ、いつの間にディスってたの?

 えー、なんでなんで。じゃあその手袋を返してよ。

 そうショックそうな顔をすると、にーっと白い歯を見せて笑われた。人の悪口を言って、楽しむのは良くないんですよ?


 ててて、と走って来たと思えば、当たり前のように俺の背中へ乗って来る。動きは猫みたいだけど、どすんという重さは米俵かなと思うよ。

 呆れ顔で振り返ると、悪びれもせず「早く歩け」と足をぶらぶらさせて来る。


「ムチルちゃん、おんぶグセついちゃった?」

「ついたっス! トラはあったかくて好き」


 冷たいのか温かいのかどっちやねん。女心は分からんわ。もし分かっていたらもうちょいモテるだろうしねー。

 ほっぺたをくっつけられながら、厚い雪を踏んで歩き出す。小屋はもう少し先なので、帰ったら温かいシチューにしようか、などと考える。


「どうやったら女にモテるのかなー。ムチルは分かる?」

「そっスねー……」


 もう少し上にムチルはよじのぼり、真横から顔が覗いてくる。青くて大きな瞳は観察するよう瞬きし、ふすーっと諦めに似たため息を吐いた。


「来世に期待するっス」

「もう終わってるの、俺の人生!? なんで? 金ならたくさん持ってるよ?」


 そう反論したけれど、いかにもモテなさそうな発言だった。

 俺の首に柔らかいものを押し付けながら、ムチルはけらけらと笑う。なぜか機嫌も良くなって、ちょっと前に教えた歌をムチルは口ずさむ。

 忘れてる歌詞があれば教えてやり、ざくざくと雪を踏みしめて小屋へたどり着いた。




 焼いた岩に水をかけると、手狭な部屋は蒸気で溢れかえる。すぐに湿度は上がり、もう少し待つと室温も上がって行く。

 その様子を不思議そうに覗き込んでいた少女は、青い瞳をぱちぱちと大きく瞬きさせていた。


「ムチル、そろそろ服を脱いで良いぜ。そこのカゴへ適当に放り込んどけ」

「おっけーっス!」


 何が楽しいのか、待ってましたとばかりに服を脱ぎだす。ヒヅメ付きのブーツを放り、するんと袖の覆いも躊躇無く脱ぐ。健康的な肌色成分が増えてゆき、少しばかり俺の鼓動は早まった。


 しっかしまあ、相変わらず恥じらいの欠片も無いな。気恥ずかしさが無くて良いけどさあ。やっぱり頭の中身は魔物なんだろなぁ。

 こうなると逆に色気を覚えづらい……いやちょっと、こっちに桃みたいな形をした尻を向けて、ピンと尻尾を立てたまま下着を脱ぐのはアカンでしょ!


「ストーーップ! 下着だけは脱がないでくれ!」

「えぇ? こんなの着てたら汗でベトベトになるっスよ? 相変わらず小さいことでうるせえっすねぇー、トラは」


 蒸気がこもっているので、ケラケラという笑い声も反響して響く。

 あんだとコラ! てめぇの恥じらいの無さを俺がカバーしてやってんだろが。いわば俺がパンツみたいなモンだろが!

 こらこら、紐みたいな下着をぐんぐん左右に伸ばさないの!


 などと口うるさく言うとムチルは不機嫌そうに頬を膨らませる。まったく、どこ産のフグだよ、こいつは。

 膨れた顔で牛柄の胸当ても外すと、そこからぼろんと大ぶりのものが零れ落ちる。わずかな紐のような下着で隠されているけど……この方がエロくねぇ? 俺の気のせい? 比べられるような思い出が無いから分からんけどさ。


 まあいいや、もう少ししたら湯気で何も見えなくなるし。

 そう思いながら木製のベンチに腰掛ける。既に温められており、尻が少しばかり熱い。

 同じようにムチルもジャンプして隣へ腰掛けると「ぎゃっ!」と悲鳴を上げて飛び上がる。


「ぐはは、ばーか! 牛頭! この室温だぞ、椅子も熱くなってるって気づけよ」

「んモーーッ! お前がバカだ、先に言え! このバカトラっ!」


 だんだんと床を踏んでから、ムチルは当たり前のように俺の膝の上に座ってきた。ごく自然な動きには反応もできず、むちぃーと柔肌から覆われる感触に、俺の笑い声は消えた。


「……あの、ムチルちゃん? 重いから隣に座ってくれません?」

「熱いからイヤーーっす! つーん、トラだけ熱い思いをしてれば良いっス。意地悪なトラこそ尻が焼かれるべきだもん!」


 ぐりぐりと腰を揺すって来られると……お尻が熱くてたまりませんね。というか、それ以外がたまらない思いなのですケド。

 気が済んだのかムチルは鼻息をひとつ吐き、寝そべってくる。背筋をぴったりと密着させて、気持ち良さそうな息を吐いた。


「ンはーー、あったかい! 気持ちいいーー!」

「こら、裸みたいな恰好で足をぶらぶらしないの。とっとと身体を洗っちまおうぜ」


 こういうサウナは長い時間を過ごすものだけど、ムチルと一緒だと変な空気になって駄目だ。というか俺だけ変な空気になってる気がする。

 早く大人になって落ち着きを持ちたいなー、などと思いながら空間術でタオルを取り出した。


「昨日は好きに過ごさせたが、今夜からは常識っつーものを教えるからな。まずは自分で洗えるようになろうぜ」

「うぇー、やだやだ。自分で洗うなんて面倒っス」


 どこのお嬢様だよ、お前は。

 ぶらぶら足を振りながら、丸くて大きな瞳がこちらを向く。おねだり機能を学習中なのか、ふっくらとした脇の下を見せつけながら、俺の首に腕を絡めてくる。


 悔しいけど、これがまた効く。

 はやく、はやく、とふっくらした唇から囁かれるだけで、俺の頭はグラっと来る。もうもうと湯気は充満し、娘からしたたる汗が流れ落ちて熱いくらいだ。

 ぷるっとした唇は、すぐ耳元で囁いてきた。


「ねえ、おへそ、洗ってぇ」


 ぶうと俺は吹き出した。

 すぐ目の前には形の良いヘソがあり、誘うよう左右にゆさゆさ揺れている。もちろんその手前にある双丘はもっと揺れており、したたる汗がまた扇情的だ。


「おっ、うんっ、そうだな、おへそ位なら大丈夫だなっ」


 あーー、弱い。俺の意志がとっても弱い。

 なにこの紙装甲。気を抜くと、でれっと鼻の下を伸ばしてしまいそうなので、かなりの理性をかき集めないとアホな人相になる。


 算段がうまく行ったことを喜んでいるのか、くすくすと少女は笑い「変な顔っスねー」と鼻の下に触れてきた。なるほどね、もうとっくに伸びてましたか。


 えへんおほんと咳払いをし、タオルで拭いてゆく。

 腹筋に挟まれているせいか、へそから上へ理想的なラインを伸ばしていた。ゆっくりなぞれば、ひくんとムチルの顎先は震える。


 こいつの場合、身体を洗っていると大人しくなるようだ。

 温かい湯気に包まれ、身体はたらたらと汗を流す。されるがままに身を整えられてゆくのが好きなのかもしれない。というより面倒を見られたがっている節もある。


 まあ良いか、おへそを洗ってやるくらいは。

 そう思いながら拭いてゆくと、みるみる言葉数は減ってゆく。しがみつく腕はたまに震え、たまらなそうな息を吐く。案の定、タオルは黒く汚れてしまったが……昨日、拭くのをサボってたみたいだ。


 上腕を洗い、ふっくらとした脇の下を通ってゆくが別にくすぐったくは無いらしい。手を緩めると「もっと」と尻を揺すってくるので、一応と満足しているのかな。


 ただね、太ももを洗うのはやっぱり恥ずかしい。

 下着もだいぶ透けてしまっているし、あんまり見ないようにしないと身がもたないですよムチル先生。

 瞳はとろとろと眠そうになり、時折がくんと頭は揺れる。なんだか猫でも飼っている気になるけど、本当は牛なんだよなぁ。


「じゃあ背中を洗うぞ、ムチル」

「うン……」


 眠そうに背を離すと、塞き止められていたムチルの汗がどろりと垂れてきた。ただの汗だというのにミルクの香りがし、それに気を取られている間に正面から少女はまたがろうとしていた。


 ぷっくりとした唇は赤味を増し、伸ばされた腕は俺の首へと絡みつく。おまけに紐みたいな下着はたっぷりの汗を吸っており……待ちなさいと血の涙を流す思いでムチルを止める。


「あー……、ふらふらして危なっかしいから座ってろ。その前に水でも飲んでおいた方が良いか」


 休憩時間が必要だわ。主に俺の。

 空間術から飲み物入りの陶器を取り出すと、あんっと乳飲み子のように唇を突き出してくる。

 まったくもう、ほんとに困った子だな君は。ごくっごくっと喉を鳴らしている様子は、ただのジュースですからねと何故か言い訳をしたくなるんだよ。溢れたジュースを舌で舐め、そして気に入ったらしくまた器に吸い付く。


 ぷあっと気持ち良さそうな息を吐き、胸元に垂れる液体も気にせずムチルは長椅子へと横になった。


「あっちーー、気持ちいいーー。トラーー、すごい汗が出て気持ちいいっスぅぅーー」


 ぷるっと突き出されたお尻の向こうから、そんな声が聞こえてくる。しかし反則ではないのかな、君の発達した身体は。押しつぶされた胸元もそうだけど、だらりと汗が太ももに流れてゆく様子は…………ああーー、もうやっぱり無理です! 俺にはまだちょっと早いんです! ごめんなさい!


 やっつけ仕事のように、わーーっと一気に洗ったよ、一気に。

 いったい君の女性ホルモンはどうなってんの? 恵まれない人に分けてあげたら?




 そうして風呂を済ませると、今度はお食事タイムだ。

 熱々のシチューには鶏肉がたっぷり入っており、んぱっとムチルは顔を輝かせた。


「ぎゃっ、お風呂のあとのお食事とか、もうほんっと天国! トラちゃん好きっ!」

「へいへい、お肉がだろ? 今日はテーブルマナーを覚えないと食べれないからな。ちゃんと真面目にやるんだぞ」


 そう答えると、羊色のパジャマを着たムチルは「んー」と首を傾げる。

 そしてグイグイ袖を引っ張って来たが……なんだなんだ、いてて、力が強いんだよお前は。ちょっとは加減を覚えろやボケが。


「ちょっと座れ、トラ」

「へい」


 良く分からんが、命じられるままベッドに座らされた。これでも俺は英雄扱いなんだからね。絶対に世間様には見られたくない光景だよ。

 しかしこの牛娘は一体何をしたいのか。お風呂場での続きなのか太ももの上にまたがってくる。思わず仰け反るほど顔を近づけて、その青くて大きな瞳が覗き込んできた。


「好きって告白したの、もう忘れちゃったんスか?」

「…………はっ!?」


 えっ、なにナニなに? なんだって? パードゥン?

 瞳を真ん丸にしてムチルは驚いているけれど、こっちは頭が真っ白になりそうなほど驚いているんだよ。


「だからぁ、おんぶしてくれた時っス。なのに返事は『女にモテたい』だったから……」


 え、あ、なんだっけそれ。

 もしかして、さらっと言ったあの「好き」のこと?

 分っかんないよ。分かりようが無いでしょ。あんな「アリさんが好き」くらいの口調で言われてもさ!


 もじもじと指先を合わせ、大きな瞳は横へと逸れる。お風呂上りのせいとは思えぬほど頬を赤くし、もう一度、彼女の瞳はこちらを向いた。というか近くてミルクの匂いがして、ちょっとドギマギするんだけど。


「だめ?」

「や、だめっつーか何つーか……告白したつもりだったのか?」

「うン。トラちゃんは口が悪いでしょ? でもムチルのこと大事にしてくれるし、お願いしたら何でも許してくれるから。確保できたら便利で良いなぁって思ったっス」


 …………。

 あーーーー、そっかーーーー、なるほどねーーーー。

 後半の言葉で「女子から告白されちゃったよ」感が綺麗に消えてしまった。それどころかムチルよ、とんでもないセリフを吐いておきながらよくもまあ、はにかんだ乙女の笑顔をしていられますね。


 あーー、分かったよもう。ラブじゃねーよ、ライクだよ。金が無くなったら、どこかに消えていくパターンだよこれは。

 まあ良いか。散々こいつのケツをブッ叩いたんだし。そこにある鶏肉と変わらない存在くらいには好きになられたって事だな。おう鶏肉、こっち見てんじゃねーよ。同格扱いされても別に嬉しくねーよ。


「分かった分かった、じゃあ続きは飯を食った後だ。トランプでもやりながら話そうぜ」

「なにそれ、面白そう! どっちが早く食べ終わるか勝負っスよ、トラ」


 あーもー、魔物娘ってのは良く分からん。

 告白っつーのはもっとこう、一世一代の勝負くらいの心構えがいるもんなんだよ。された経験はほとんど無いから知らんケドさー。


 やはりムチルは呆れるほど食べ、それ以上に俺も食う。

 陶器には食い尽くされた鳥骨だけが残されて、いつの間にか窓は湯気で白く曇っていた。


 グビリ瓶を咥え、ワインを喉へと流し込む。

 それを美味そうだと思ったのだろうか。ムチルは喉を鳴らし、ひとつ舌なめずりをする。

 やがてゆっくり近づいてくると、風呂場でしたようにもたれかかってきた。甘えようとする仕草、ふわりと漂う香草の香り。それはどこか危険な香りを含んでいた。

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