特殊能力【迷宮】発動
「よーし、いつでもやってくれーー」
そう遠くにいるムチルへ伝えると、親指をピッと地面へ向けられた。死ねってこと? お前が死ねよ。
そう無言の会話をしていると、周囲の様子は一気に変わる。
ただの雪深い林だったのに、ぐわんと光景は歪む。白樺の木々は分裂するよう増えてゆき、あれよあれよという間に壁となり、円形に囲まれ……自然の迷宮と化した。
「へえ、これが【迷宮】の効果か」
見たこと無い技能なので発動してもらったら、やっぱり見たことも無い効果だった。
試しに近くの壁へ触れてみると、どっしりとした硬さを感じられる。かなりの強度であり、衝撃を分散させる層の厚みがある。この俺でも壊すのは骨が折れそうだ。高さもあるので易々とは崩せないだろう。
そう分析していると、ざざーっと雪煙を立ててアホのムチルがやって来た。
「へっへーー、どうっスか。ムチルの技能に驚いて、声も出ないようっスね!」
「んー、いや、けっこう凄いぞ。改変も混じっているようだし、術も複雑だ。たぶんどんな地形でも対応出来るようになってるんだな」
良く出来ましたと頭を撫でると、喜んでいるのか何なのか胴体にタックルをしてきた。角が突き刺さりそうで危ないからやめて下さいね。
折角なので迷宮を見て回ろうと思い、しゃがみこんで少女をおんぶする。見た目に反して重いけど、気前良く技能を見せてくれたご褒美だ。
「それで、これは敵を閉じ込める技能なのか?」
「バカっすねー、だったら迷宮じゃなくて檻にするっス。これは迷路を延々と歩かせて、油断している時にムチルが襲いかかれるんスよ」
バカだバカだと言いながら、ぎゅうと首に抱きついてくる。
なるほどなー、自分が優位になれる状況を作るわけか。ある意味でムチルの領域になるわけだな。
と思ったら、歩いてすぐに迷宮の外へ出てしまった。
「あら、もう終わり?」
そう言いながら振り向くと、当のムチルが瞳を真ん丸にしていた。良く晴れた青空みたいな瞳で、ぱちぱち瞬きをしているから何となく可愛い。
と思ってたのに、ガツンと頭突きをされてしまう。ええ、なぜですか?
「お前の力が強すぎて、これ以上規模を広げられないんスよ! ばーか!」
「あー、強度を相手に合わせてるのか。なるほど、格下であればあるほど効果を発揮するのね」
よいしょとムチルをおぶり直し、上から見てみようと坂道を登ってゆく。雪深いので歩きづらいけど、まあこれくらいなら大丈夫。俺って強い子だから。
「へっへー、ムチルの恐ろしさが分かったようっスね。じゃあひとつ言うことを聞いてもらうっス」
「はいどうぞ。ふっふっふ、我にどのような願いを求むのじゃ、ムチルよ」
おじい口調が面白かったのか、きゃっきゃと少女は笑う。のけぞり過ぎると落ちちゃいますからねー、気をつけて下さいよー。
それで、魔物娘はどんなお願いをしたいのかな。そう問いかけるよう振り返ると、少女は綺麗な顔ではにかんでいた。
ウキウキした表情は朝日のせいで眩しく、しばらく忘れられないくらいだ。寒さのせいか唇は赤く、にこりと歯を覗かせて少女は願いを求めた。
「名前、教えるっス」
「えっ? 言ってなかった?」
こくこく頷かれる。
そういえば「お前」って呼ばれていたか。女性への礼儀もクソも無かったようで、だからモテないんだなぁと反省した。
「カズトラだ。よろしく、ムチル」
「カズ、トラ……長いっスね。カズとトラ、どっちで呼ばれたいっスか?」
長いかなぁ……。まあ長いか。ムチルって3文字だし、それ以上は覚えられないんだろ。3歩進んでも忘れそうだし。
「どっちでもいいよ。そういうのは呼びやすい方で呼ぶもんだ」
「じゃあ、ウンコ丸っスかね」
「トラって呼んでくれ。ムチルが牛なら俺は虎だ。……女の子がウンコって言ったらいけないんだよ?」
抱きつく腕は強まり、くつくつと笑う腹の振動が伝わってくる。何故か娘の機嫌は良くなり、足をぶらぶらと揺らしだす。
ただ技能を見るだけだったのに、寒さの厳しい場所なのに、なんだかピクニックにでも来たみたいな気分だ。
「ランララララ、牛さんも~」
そう歌ってみると、不思議そうな顔をされた。
地下深くに幽閉されていたせいで、歌という文化も知らないようだ。
気分の良くなるおまじないだと教えてやり、しばらくリズムを確かめるようムチルの牛柄ブーツは揺れる。
「さんはいっ。ランララララ、牛さんも~」
「モーモーー♪」
牛娘がそう鳴くと、俺にはもう無理だった。耐えきれなかった。ぶはっと弾けるように笑い出し、ムチルも大きく口を開けて喜んだ。
針葉樹からドサドサ落ちてきた雪は「何やってんねん」という突っ込みかな。
雪まみれにされて「ぴゃあ!」とムチルは悲鳴を上げ、大きな瞳は瞬きをする。
「ぐはは、雪まみれの牛だ! 鼻が赤くなってら」
「もーーーー!」
やめるんだ、君の怪力で首を絞めるのは危険だ!
とはいえ降りる気はまるで無いらしく、がしりとしがみついたままムチルは動かなかった。
あー、たまには笑いころげてみるもんだ。ブ厚い防寒具があれば、こいつの身体もそこまで気にならないしな。気になるけど。
身体も冷えたので、温かい茶でも飲もうと俺たちは小屋へ戻ることにした。






