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この作品には 〔残酷描写〕 が含まれています。

KAGE ―召喚勇者 VS 現代忍者―

作者:ひなうさ
挿絵(By みてみん)
挿絵(By みてみん)

しのびとは何か。



――忍とは、生き様である。



影に生き、影に逝く……この物語はそんな一人の男が導いた世界の末路である。

耳にする者はもう居ないが、今はただ語ろう……。



――――
≪世界は混沌≫


 そこは我々の住む世界とは異なる世界……俗に言う異世界は混沌を深めていた。

 世界を作りし神を恨み反旗を翻した一人の魔人が『魔王』と名乗り、世界を滅ぼさんと活動を始めたのだ。

 魔王は強かった……その強さは神にも匹敵する程に。

 多くの人々はその強大さを前に唯々狼狽える事しか出来ないでいた。



 そんな状況を嘆いた神は遂に動く。
 一人の青年をこの世界へと導いたのだ。



 神に祝福されしその青年は常軌を逸した力と、世界を救う者『勇者』の称号を与えられた。



 魔導ネットワークを経由して全世界へと神の啓示が伝えられ、「勇者」が召喚された事が明るみとなると……大半の人間が「勇者」の登場に歓喜した。



 ……一部の人間を除いて。



――――
安寧あんねい



 そこはとある大国、大きな石造りの城内の一角にある部屋で高貴な身分であろう二人の男の言い合う姿があった。

「父上ッ!! 勇者に全てを委ねるなど私は断固反対です!! 今こそ世界が一致団結し魔王を打ち倒さねばなりませんッ!!」

 その荒げた言葉を前に、父上と呼ばれた初老の男が言葉を返す。

「これは神の采配……我々が無駄に動かずとも勇者殿が全てを成してくれよう」

 若い男の怒号にも近いその言葉も、父には届かない。



 人は安定を求めるものだ。



 「勇者」という絶対的存在が現れたからこそ……人々は争う事を辞め安心し堕落していった。



――――
≪勇者と忍者≫



 青年は神より啓示を受け、自ら進んでその道を受け入れた。
 彼自身がとても正義感に溢れていたからこそ……彼は望み「勇者」の称号を受け取ったのだ。



 幸い人柄も良く、純粋で強い男であった。
 そんな彼が「勇者」として召喚されたのも頷ける程に。

 彼に惹かれた数人の仲間を連れ、彼は魔王を討伐する為に旅を続ける。



 だが、彼の通った先では……



「あの人が世界を救ってくれるっていうなら……構わないんだけどねぇ」
「勇者ってのはあんなもんなんかね……」



 彼に深く関わった人間の一部からは何故か不満の声が漏れる。



 それは何故か……

 「勇者」はあまりにも純粋に幼かったのだ。

 決して歳が若すぎる訳ではない。
 思考が幼かったのだ。



 それはとある森での出来事……

 ――

 勇者達の一行が進む道に突如小さな影が飛び出す。

 勇者はその突然現れた現代のウサギに似た小動物を見掛け、微笑みを浮かべた。



 だが、その途端その背後から大きな影が飛び出し姿を晒した。



「ああっ、あれはっ!! ラージウルフ……魔物です!!」

 仲間の一人がそう叫ぶと……勇者が空かさずその魔物を一閃し……魔物は地響きを立てて倒れ込んだ。

 すると、魔物の後ろからその子供と思われる小さな魔物が数匹……倒れ微動だにしない親を心配する様に囲んでいた。

「ラージウルフは人も襲う凶暴な魔物です……大人になれば危害を加えてくるかも……」

 魔物に詳しい仲間の女がそう呟くと……勇者は躊躇いも無く魔者達に対し手から炎を放ち、焼き尽くした。

「流石勇者様、先を考えた素晴らしい行動です!!」

 仲間達の誉め言葉に照れながら、自分がやった事に顧みる事も無く……彼等はその歩を進める。

 仲間に褒め称えられるままに……魔物だけに限らず人相手への無駄な殺生すら躊躇う事は無く。

――

 その様な行動をしばしば起こす彼に疑問を持った多くの人々が不満を漏らす。

『彼は本当に正義なのだろうか。』
『彼が居る世界は救われるのだろうか。』





 その時、神も知りえぬ不満が世界に渦巻き、一つの潮流を生んだ。





 その潮流は力となって世界に流れ込み、とある地に突如放たれた。

 そしてそれは一人の男を呼び寄せた……。


「ヌゥ……ここはどこだ?」


 その男、黒き衣を身に纏い顔を一枚の布で隠した様相を持つ者。

 自身のおける状況に戸惑う男の前に、一人の人影。

「其方を呼び寄せたのは私だ」

 不思議な力で会話が成り立っているのだろう……異界の言語を使うその男でも判る言葉を放つその人影は、そっと黒ずくめの男にそっと語る。

「突然で申し訳ないが……其方に頼みがある」

 鋭い目つきで人影からの言葉を聞くと……男はその太い腕を組み、そっと頷く。

「依頼か、いいだろう」

 黒ずくめの男が了承するや……人影から放たれる一言。

「『勇者』を暗殺して貰いたい」
「フム……暗殺……」

 衝撃の一言を放つ人影に、状況を飲み込めていない筈の男は妙に冷静だ。

「世界は今、手を合わせなければならん……だがあの勇者という存在は……―」
「御託は必要無い、そこにキサマの作る道があるのなればその依頼、受けよう」

 詳細を遮り、黒ずくめの男はそう答え頷いた。

 人影は男の反応を前に静かに頷くと……彼の行動を助ける為の道具一式の入った袋を差し出す。
 それを受け取るや黒ずくめの男は静かに跳び去り、一瞬にしてその気配が周囲から消え去った。



「頼む……世界は狂った救世主など必要とはしていないのだ」



 その人影が徐々に淡い日の光に照らされると……高貴な身分の若い男が姿を現した。



 黒ずくめの男……忍者は行く。
 己に課せられた生き様を背負い、道なき道を突き進んでいった。



――――
≪予兆≫



 それから約一ヵ月後――



 勇者一行は獣車を引き旅路を進んでいた。

 険しい道のりともあり、荷押し獣の引く荷台が車輪を回すにつれて地面の凹凸に引っかかり「ガタガタ」と音を鳴らす。

 荷物も重いのだろう、獣が鼻息を荒くしながら荷台を引く姿に仲間の男が心配し声を掛ける。

「もうすぐ次の町だ、がんばれぃ」

 バシッ、バシッ!!

 鞭の音が鳴り響き、獣達がそれに釣られて力強く踏み込む。



 ガタガタ……バヒュンッ!!



 突然、妙な音が鳴り響くと、途端に荷台の車輪が弾けて車軸から抜け飛んだ。

 拍子に獣達を繋ぐ金具までもが外れ……身軽さを感じたのだろう、獣達が一斉に飛び出し走り去ってしまった。

「おいちょっとまて……ああ、行ってしまった」

 突然のアクシデントに勇者達一行が溜息を漏らす。

「こんな事なら安物の荷台を買うんじゃなかった」

 仲間の女がそうも言うが後の祭り……持ちきれぬ量の荷物を前に彼等が立ち尽くす。

「仕方ない、俺が大きな荷物を持っていくよ」

 「怪力スキル」を持つ「勇者」はそう言って大きな荷物を軽々と持ち上げた。
 こうして一行は荷物を持ちながら歩き、夜遅くに目的地である町へと辿り着いた。

 その時町の民家の屋根に一瞬黒い影が映った気がした。



――



「いいんですか? ご飯戴いちゃって!!」

 仲間の女がそうはしゃぐのも無理はない……到着が遅すぎた所為で彼等は夕食にあり付けなかったからだ。

 だが、泊まった宿の女将が彼等をもてなし料理を振る舞ってくれる事に。

 彼等に料理を提供すると……深夜という事もあり女将は自分の部屋へと戻っていく。
 おいしい料理にありつけた彼等の顔は喜びに満ち溢れていた。



 だがその夜……



「うう、腹が……!!」
「痛い!!」

 謎の腹痛に見舞われた勇者達はその日、眠る事も出来ない夜を過ごす事に。



 その翌日、勇者達は目元にクマを作りながらも逃げる様に宿を発った。



「おかしいねぇ……昨日用意してた食材が無くなってる……」

 そう呟くのは食料貯蔵庫を見て首を傾げる女将。

 そして勇者一行を遠くから見つめる忍者の姿。



 ――――
≪誇るべきやり口≫



 忍者は平に言えば普通の人間である。

 神に祝福を受けて力を授かった勇者と違い、人の負の感情を受け取って召喚された忍者には特別な力など無い。

 仮に勇者の力を100とすれば、忍者は精々(せいぜい)5~10。
 そして彼を信奉する強力な仲間達が5人。
 剣に長けた女戦士
 力自慢の男闘士
 回復役の女導師
 女魔法使い
 神官の使いの女

 その戦力差を前にまともにやり合えば勝ち目は無いのは明白である。

 だからこそ忍者は……己の誇るもっともらしいやり口を選んだのだ。



 ――――
≪一人目≫



 町には不幸にも獣車を販売する店が無く……探し疲れた勇者一行は疲れた体を休めるべく、先日泊まった宿とは異なる宿に身を寄せていた。

「荷車が手に入らないのなら、明日はこのまま行くしかない」

 闘士の男がそう言うが……隣街までは徒歩だと最短でも4日は掛かる距離という事実に仲間達はただ項垂れるしかなかった。

「仕方ないさ、最悪荷物は全部俺が持つよ」

 「勇者」がそう言って皆を宥めると、仲間達は揃って彼を称える。

 しかしそんな仲間達も今だ顔色が優れない。

 何故なら先日の腹痛が時折まだ襲ってくるからだ。
 しかも口に食べ物を含むと強烈な吐き気が襲い掛かる者も。
 そのせいで、食事もままならず……。
 回復魔法を使って誤魔化そうにも、原因が取れずその場凌ぎにしかならない。

 翌日には治るだろうという淡い期待を胸に、彼等は翌日に備えて休む。



 その日の夜――



 ドンドン……

「勇者様、大変です!!」

 「勇者」の休む部屋の扉が荒々しく叩かれ、彼が部屋から顔を出した。

 扉を叩くのは慌てる神官の使いの女……その手に握られた手紙がその理由を物語っていた。

『拝啓 勇者様
 貴方のやり方に私はもう疲れました。
 貴方との旅はここで終わりとさせて頂きます。』

 丁寧に、簡潔にそう書かれた手紙を書いた者……回復役の女導師。

「彼女がこれを置いて消えてしまったんです」
「そうか……残念だけど彼女がこう思っているなら、俺に止める権利は無いよ。」

 残念そうな顔付の二人はその後軽く言い合うと……それぞれの部屋へと戻っていく。



 そんな彼等の泊まる宿から遠く離れた納屋……



 ギチチッ!!

「カッ!?」

 ワイヤーの様な物を首に巻かれ締め付けられる一人の女性の姿。
 喉を締め付けられ窒息した女性は白目を剥かせ、泡が混ざった唾液を口から流し息絶えた。

「まず一人……要は取った」

 二つの明るく輝く月の光を受け、忍者がそう呟くと……再び闇に消えた。



――――
≪緊張≫



 翌日、勇者一行は揃い町を出た。



 回復役を失った事、彼女の去った理由……それらが彼等の心に僅かなわだかまりを生む。

 先日からの腹痛は収まったものの……空腹を満たそうにも嘔吐感がトラウマとなり妙に腹に食べ物が入らない。

 そして何故か道中で凶暴な魔物が息つく間もなく現れ彼等に襲い掛かり……彼等の体と心を傷つける。

 それら複数の要因が重なり、勇者達の顔色は明らかに悪くなっていた。



「まるで策謀に掛かっている様だ」

 キャンプしながら焚火の前でそう漏らす闘士の男。

「そうならもうとっくに気付くか殺されているさ」

 彼等の命を狙う魔王の部下は多い。
 だが、そんな殺気をたぎらせようものならすぐさま「勇者」に気付かれる。
 それ故に……勇者には絶対的な自信があった。

『自分達はただ運が悪いだけなのさ』と。

 闇が支配する夜、勇者達は聖方陣を展開したキャンプ地でその身を寝そべらせた。



 バササッ!!



 突然の音と共に焚火の炎が消え、周囲を暗闇が支配した。

「なんだっ!?」

 妙な音に気付き身を起こす。

 周囲を見渡すが辺りに何も気配は無い。
 炭が崩れた音だったのだろう。

 だが、緊張が彼等の頬に冷や汗を渡らせる。

 先程の「策謀」という言葉が彼等の心に引っかかっていたのだ。
 それ故に、その場に不穏な空気が流れる。

「誰かが『策謀』なんて言うから」
「そんな事は言ってない……ただそうかもと」
「惚ける気?」
「もしかしてこの中の誰かが魔王のスパイなんじゃ」
「そんなバカな」

 苛立ちから来る言葉が喧騒を呼ぶ。
 そしてそれは次第に口論となり、彼等から次第に冷静さを奪っていった。

「そもそも貴方が勇者様の仲間になる動機が理解出来なかったの」
「それならお前も一緒だ!! なんだ一目惚れって!!」
「惚れるのがダメなの? 人を好きになっちゃいけないんですか!?」
「勇者様を愛するなど、神を侮辱するのですか!!」
「待て、待つんだ」

 勇者が懸命に彼等を止めようとするがどうにも止まらない。

 結局その日遅くまで口論は続き……結局解決する事も無く彼等は仲違いしたまま再び眠りにつく。



 その様子を微動だにもせず、気配を殺し伺う忍者。

「(疑念は確信の材料となろう)」

 闇に紛れ、忍はただその場を見つめていた。



――――
≪疑念≫



 朝が明け、日が彼等を照らす。
 虚ろな眼を擦り欠伸を立てる彼等の耳に突然悲鳴が入りこむ。

「キャー!!」

 疲れた目を見開き悲鳴の先へ目をやると……そこには闘士の男が口から血を吐き倒れていた。

「そんな、これは」

 そういえば先日からの腹痛は彼だけが特に酷かった。
 彼が食べ物を食べて嘔吐を繰り返していたからだ。

 だが外傷の無いそれはどうみても毒殺の様にしか見えなかった。

「もしかしてこれって毒殺……じゃあもしかして犯人は宿の女将?」
「待つんだ、そうだとしたら俺達全員死ぬ筈だ……何故彼だけが」
「もしかしてこれって口封じ!?」
「だとしたら!!」

 途端、一斉にその視線が一人の女性に集まる。

「えっ」

 それはあの時死んだ男と口論を始めた女戦士。

「違う、私は……!!」

 慌て後ずさりする女……だがその足は死んだ男の体に引っかかり止まってしまう。

「よくも……よくも彼を殺したなぁーーーー!!」

 そう叫び声を上げた神官の使いの女が短剣を持ち突進した。



 ドッ!!



 その短剣が深々と女戦士の胸へと突き刺さり……彼女は口から血を吹き出し倒れてしまった。

「なんて事を!!」

 神官の使いの女は密かに闘士の男を慕っていた。
 その愛故に……彼女は復讐を実行してしまったのだ。

 そして……

「彼の居ない世界なんて耐えられない……もうどうでもいい」

 そう呟き彼女はすごすごと歩き始め、来た道を戻る様に去っていった。

 その様子をただ見つめる事しか出来ない勇者と女魔法使い。

「大変な事になってしまいましたね、勇者様……私は信じていますから」

 彼女はそう「勇者」に呟くと……疲れた顔でニッコリと笑顔を作る。
「勇者」もまた……その顔に安心したのだろう、コクリと頷くと同様に笑顔を見せた。



――



「こんな世界なんて……」

 女がそうボソボソと呟きながら歩いていく。

 だがその瞬間……



 ヒュッ!!

 ドッ!!

「カハッ!?」

 その胸に突き刺さるは苦無。
 深々と急所を貫いた苦無が肉圧に負けて抜けゴトリと地に落ちると……女の体もまた大地に倒れこむ。

 血だまりが地面に染み込み朱に染め……その様子をが木々の合間から忍者が静かに見つめる。

「想定外の事態だが、都合良い……主君あるじを裏切った者に相応しい末路よ」

 再び気配を消し、忍者は去る。
 目的達成まで残すは後二人。



――――
≪作られた確信≫




「私は勇者様の事、信じていますから……絶対にお守り致しますね」

 頼もしい言葉を受け、勇者の心には僅かな安堵感が生まれていた。
 彼女だけは……絶対に裏切らない、そう信じたいから。

 二人だけの旅を続け、一日を掛けた歩みは想定よりも速いものだった。
 人数が減った事が逆に彼等の「重荷」を取り去った為であろう。



 その日、二人きりの夜を共に過ごし……旅路に疲れた体を横たえる。



 安心し、熟睡する「勇者」。
 そんな彼の横で、女魔法使いが彼の手荷物の中を探っていた。

「(勇者様が潔白なのは判っているけど……もしかして)」

 疑念は晴れていなかった。

 「勇者」が犯人であろう事など誰が予想するだろうか……そう思った彼女は「賢い」のだ。
 それ故に、彼の今まで起こした行動があまりにも「単純」過ぎた事に疑問を持ち続けていたにも拘わらず、その事をずっと黙ってきた。
 そして今回のこの騒動で……彼女が持つ「勇者」の在り方が今だかつて無い程に「不自然」に見えていた。

 人間とは思えぬ程の淡泊で曖昧な思考、そして周りの声に疑念を持たない事。



 彼はまるで人形の様だ……と。



 そう思いながら荷物を探ると……回復士の女が遺したと思われる手紙を見つけ、文を読む。
 その途端彼女の手が震えた。

「やはり……この人は……!!」

 その手紙は存在こそ知らされていたが、中身は「勇者」と神官の使いの女しか知らない事であった。
 それ故に彼女がそこに書かれていた文を見て疑念を確信へと変えた。

 彼女が手紙を手から落とすと……開かれた手紙の文は最初に書かれていた文よりもずっと長く綴られていた。



『拝啓
 貴方のやり方に私はもう疲れました。
 貴方との旅はここで終わりとさせて頂きます。
 貴方が魔王様のスパイとして行動し、無知の者達を先導する事を助ける様行動してまいりました。
 ですが貴方の行動は余りにも回りくどすぎると思われます。
 魔王様の意図をしっかりと汲み、行動する様お願い致します。
 私の代わりの者は追って差し向けますのでご安心ください。それでは()()旅を。』



 彼女がそっと護身用の短剣を手に取り鞘を抜くとその短剣を掲げ……一気に振り下ろす。



 だがその瞬間……一閃が闇を斬り裂き一筋の光を作る。

 そして女魔導士の動きが止まると……その首がゴロリともたげ、腕もろとも地面へと転がり落ちた。
 その体もまた力無く地面へと倒れ込み、切り口から大量の血を吹き出していた。

「危ない所だった……まさか彼女が本当に魔王の刺客だったなんて」



 「勇者」は決してそれ以外の何でもない存在。
 魔王の部下でもなければスパイでもない。

 それに対し、彼が何故女魔法使いをスパイだと思ったのだろうか……。



 それは一昨日の宿での出来事の続き……。



――

 神官の使いの女が「勇者」に呟く。

「この手紙はあまりにも単純過ぎます……もしかしたら何か意図があるのかも」
「意図って?」
「これは彼女と相部屋であるあの子に分かるように置いてありました。 偶然私が見つけて持ってきたのですが……もしかしてこれは彼女に宛てられた手紙なのでは」

 そんな発言を前に、勇者が考え……何を思いついたのか自室の蝋燭を持ち出し不意に手紙を炙る。

 すると見る見るうちに手紙から文字が浮かび上がり……

「これは!」

 そこに書かれた文字に驚愕する二人……こうして二人は秘密を共有し手紙の中身を隠す事にした。
 だが、腹痛で冷静な判断を欠いていた二人がまともな結論に至る訳も無く……。

――



 勇者はその時からずっと女魔法使いの行動に疑念を持っていた。

 いくら自分を愛してくれていようと、理由も無く「信用する」と連呼する彼女があまりにも「不自然」に感じたからだ。

「ごめんよ、けど魔王の手先を生かしておく訳にはいかないんだ……それが『勇者』だから」

 こうして勇者は木に背を預け、一人孤独に眠れない夜を過ごした。



――――
≪仕上げ≫



 水平線から微かな光が漏れ始め、僅かに深青の闇が薄いトーンを帯び始めた時……木に項垂れ寄りかかる「勇者」の前に忍者がその姿を晒す。

「誰だ」

 気配を察知し、その疲れ切った眼を上目遣いに寄せて彼を見る。

「名など名乗る必要は無い」

 直立し腕を組んで堂々と前に立つ忍者を視線から離さぬ様ゆっくりと立ち上がる。
 ふらりと体を揺らせながら「勇者」はその手に剣を持ち構えた。

「目的はなんだ……答えろッ!!」
「……キサマの抹殺よ」
「何ッ!?」

 剣を握る手に力が篭もる。

「魔王の手先か……!!」

 その途端、忍者の背後にある山から太陽の光が差し込み逆光を作る。
 風に煽られ、首に巻かれた長いマフラーが大きく靡き存在感をアピールしていた。

「その問いに答える義理は無い……仲間同様、死を受け入れるがよい」

 その言葉を聞いた瞬間、「勇者」から多大な魔力が噴出する。

「まさか貴様……貴様が皆を……皆を殺す様に差し向けたのかァー!!」
「左様!! ハハッ、どの者も無様な死に様だったな!!」

 まるで煽るかの様に忍者が捨て吐くと、「勇者」は怒りの様相を作り忍者に向かって物凄い速さで突進した。

「貴様がァー!!」

 そして一閃……だが忍者はそれを跳び躱す。

 周囲の木々を使い、飛び移りながら距離を保ちつつ逃げる忍者。
 その木々を薙ぎ払いながら力を存分に奮い追い掛ける「勇者」。

 時折高速回転する十字手裏剣が「勇者」を襲うが、軽く蹴散らされてしまう。

 怒りの感情から生まれる力は凄まじく、忍者が逃げる先々で勇者が放つ光弾が炸裂し爆発音が幾多にも鳴り響く。

 だが、その様子とは真逆に……忍者は至って冷静であった。

「(流石は世界を救うと言われた『勇者』とやら……しかしそれも人の子よ)」

 そんな事を思う忍者に向けて「勇者」がその力を使い彼に向かって跳ぶ為に大地を蹴る。
 だが……

「うっ!?」

 勇者が思うよりも……その体の疲労は蓄積されていた。
 その影響か……飛び出した力は思った以上に少なく……自分が考える場所まで跳ぶ事が出来ず失速し地面へ墜落した。

 その瞬間を狙い……忍者が黒い玉を「勇者」目掛けて投げ放つ。

「そんなものッ!!」

 黒い玉を剣で弾く……すると途端にその玉が炸裂し、周囲に煌めく粒を含んだ煙幕が噴出され周囲を覆う。
 それを受けた「勇者」が途端に目を抑え苦しみ始めた。

「ぐあぁ!! クソォ目潰しかぁ!! こんなものッ!!」

 「勇者」は空かさず己の顔に手を充て「リカバー!」と叫ぶ……が、依然勇者の目は痛みを伴い続ける。

「な、何故だっ!? なんで効かない!?」
「その粒子煙幕は耐魔属性を持つ『フルロクラム銀』なる金属を使用している。魔法とやらでは治す事叶わぬ」

 それは依頼主から受け取った袋に入ったこの世界特有の金属……。
 対勇者用に用意された道具を使い、彼はその特性を元に小道具を作り出したのだ。

「だが俺には索敵スキルがあるッ!!」

 「勇者」が持つ神から授かりし力はいずれも常軌を逸したスキルと呼ばれる力。
 それがあるからこそ彼は今まで戦い続けられたのだ。

 だが……その瞬間勇者は凍り付く。

「(な……気配が……無い!?)」

 無音の世界が彼を支配する。
 スキルを使えど……その範囲には「敵無し」としか感じられないのだ。

「技術とは……己の修練の末に会得する物よ」

 その声が聞こえたのは……「勇者」のすぐ真裏。

 すかさず後ろに剣で斬り掛かるが……ただ空を斬るのみ。

「一朝一夕で手に入れた技術など、体が覚えぬ事よ」
「そのような力に頼る事など滑稽極まれり」

 下、上、左右……あらゆる方角から聞こえてくる声に、勇者の焦りが募り募る。

「何なんだ……お前は一体何なんだ!!」

 そして正面からの声。

「俺は忍……影に生き、影に逝く者よ」
「アァァ!!」

 力を振り絞り自分の体周辺へ不規則に剣を振り回す「勇者」。
 だがその軌道は余りにも単純で。

 忍者は一瞬の隙を突き……「勇者」の横を走り過ぎる。

 ビチチッ!!

「カッ!?」

 その瞬間、「勇者」の首に一筋のワイヤーが掛けられた。

 よく見ると……周囲の木々を経由し広い範囲で超極細ワイヤーが張り巡らされていた。
 流石の「怪力スキル」を持つ勇者も多数の木々を引ける程の力は有していない。

「こっ、こんなモノッ!?」

 そう微かな声を漏らしながら首裏に伸びるワイヤーを手に取り引っ張るが……首が閉まるだけで切れる様子が一切無い。

「これは永久不破の金属『オリファルクン』とやらで作られたワイヤーよ……キサマを殺す為だけに造られたモノだそうだ」

 ピンッ!!

 ワイヤーに僅かな力が籠ると、「勇者」の顔が引きつる程に痛みを催す。

「何故……魔王に従う……!?」
「否!! これが『人』の答え也!!」
「なん……だとぉ……!?」

 その答えに勇者の眼が見開き動揺を隠せない。

「『人』が道より外れし人よ、命を以って己の知らぬ罪の代償を払えぃ!!」

 ギリギリとワイヤーに籠る力が加わり、「勇者」の顔が真っ赤になっていく。

「(罪ってなんだ……俺は良い事だけをしてきた筈だ……罪なんかある訳ない!!)」



 手甲に繋がれたワイヤーがチュインチュインと音を鳴らし、その力を最大限にまで込める。



「俺は悪くない! 悪くない悪くない!! 俺は悪くないィイイ!!」



 ジュビチィ!!



 その瞬間、鈍い音を含むワイヤーの引張音が鳴り響くと同時に……「勇者」の首からは多量の鮮血が噴き出し周囲に巻き散らかされた。

「滅!!」

 そして最後の締めと言わんばかりにワイヤーを力強く引き上げると……勇者だった者の首が引き千切れ宙を舞った。



 ――――
≪そして全てが終わる≫



 勇者は死んだ。
 その事実は一瞬で世界に広まる事となった。

 一体誰が殺したのか、だがその謎は一切語られる事は無かったという。



 その後魔王は勢力を伸ばし……遂に世界は滅びる事となる。



 だがその最後の一瞬まで……人々は抗い続けた。
 自分達を守る事が出来るのは自分達だけなのだと、多くの人々がそれに気付き……最後は全ての世界の人間が、亜人が、魔人が手を取り合い魔王に戦いを挑んだ。

 結果は散々たるものであった。
 だがそれでも、彼等は最後まで諦める事なく戦い、その最後の一瞬まで「人」としてあろうとして戦い続けたのだ。
 魔王が滅ぼす事をためらう程に。



 その戦いにかの忍者が居たかどうかは定かではない。

 世界が滅ぼうが彼には関係は無かった。
 ただ、人が進むべき道を人が作る……彼はその想いに手を貸しただけに過ぎない。



 彼が行く末は誰も測る事は出来ないのだ。

 其れこそが忍者かれの生き様也。
KAGE ー召喚勇者 VS 現代忍者ー を御拝読戴き誠に有難う御座いました。

この物語を拝読戴いた方には既にお気付きに成られている方もいらっしゃるかもしれませんが、この物語において「勇者」という存在は完全なる正義を体現した者として描いておりますが……それは簡単に言えば「某RPG」やそれに付随した小説・物語の主人公への風刺として描いております。

プレイヤーや読者が操り、見届ける主人公という存在は、ゲーム制作者または作者の意図によって多彩に動き、そして物語を進め、最終目的へと向かう……これはいわゆる王道としての物語を紡ぐ勇者を端的に描いたものです。

しかし、それらのキャラクター達の道中での行動はゲームや小説の中とはいえ……倫理から逸脱した行為を行う者達も少なくはありません。
例えば、民家に入り物色する、モンスターを経験値の為だけに虐殺する、イベントの為に敵を倒す、等……創作だから当然であろう事を、キャラクター達に強いる事になるのです。

それが今回の「勇者」の行動原理となります。

勿論、それがダメだという訳ではありません。
むしろ私もそんな細かい「遊び」を行う事は大好きであり、毎度ながら楽しんでおります。
それを目的としてゲームを行う事は普通の事でしょう。
しかし、それを当然の様に思う事……それは非常に恐ろしいと言えます。

劇中で、勇者は魔物だけでなく、仲間だった者も躊躇する事無く惨殺しております。
彼にとってはその行為は「はい いいえ」だけの単純な行動決定に過ぎなかったのです。

実は今回の勇者は全て「はい」を選んだ行動をさせています。
そこに違和感を持つかどうかが重要となります。

「はい」を選び続けた勇者の行動は、少なくとも異世界の人間達には異質に見えたのでしょう。
そして彼等は勇者を拒絶しました。

それが結果的に忍者を呼び寄せ、暗殺されるという結果をもたらす事になる訳ですが……

貴方にはそれがどのように見えたでしょうか?
違和感を感じたでしょうか?
彼は殺されるべきでは無かったと思うでしょうか?



答えは……「どちらでもありません」



もし彼が生きていたら、魔王は倒され世界は救われるでしょう。
しかし世界は勇者を拒絶します。
そうした場合、勇者はどうするか……きっと彼が新しい魔王になるのでしょう。

結局この世界に救いは無かった、という事になります。

この答えに導けた方はきっとこう思うかもしれませんね。

諸悪の根源は、神なのだと。

(世界の縮図はこの後に補足説明致します)



人は考える生き物です。
決して「はい いいえ」では決定する事の出来ない出来事が多くあり、それを人は悩み答えに導く事が出来ると思っております。

この物語でもしその事が感じる事が出来たのであれば……自分が選んだ選択肢が「はい いいえ」ではなく「自分の望む行動」であるという事を理解し行動して戴きたい……そう願います。



<言い訳と物語補足>

本作は1万文字という制限の中で作られた物語ともあり、表現を一部省略した形での投稿となりました。
その為伝わりにくい事が多く混乱させてしまった方には大変ご迷惑をお掛けした事を深くお詫び致します。

それに伴い、この場を借りて補足説明をさせて戴きます。

勇者は心優しく仲間想いの強い男です。
しかし、道中彼は「某RPG」を彷彿とさせるような行動をしばしば起こし、またはたから見て短絡的な行動を起こす事から、当事者達にその存在感を疑問視される事となります。(上記にある事です)

そして冒頭の語りにあった、「魔導ネットワーク」(インターネット)によりその情報が拡散し、悪い噂が流れる事になってしまうのです。
それが一つの悪意を生み、そして彼に対する憎悪が生まれます。
いわゆる炎上という奴ですね。


その結果、忍者が召喚されるきっかけとなってしまう訳です。


呼んだのは察する通り貴族の男ですが……本流は世界の悪意が素となっています。


勇者と打って変わり、若い貴族の男は本当は世界を愛し、人々を自分達の力で救おうと日々活動する真の意味での勇者でした。
ですが、神が勝手に呼んだ異世界勇者が現れて人々を安心させてしまい……世界を停滞させてしまった為、結果彼の行う魔王対策の活動が止まってしまう事となります。

勇者が召喚されなければ……もしかしたらもっと早く世界は団結し、魔王は異世界の人々によって打ち倒されていたかもしれません。

ですが、勇者の登場が世界を停滞させたため……彼が冒険する間に魔王は力を蓄え続ける事が出来てしまったのでした。

神は世界を力の天秤のみで世界を操り
魔王はそんな神を恨み
勇者は「はい」のみで行動し
世界の人々は恨み辛み妬みを象徴である勇者にぶつけ
貴族の男は停滞した世界の情勢に憤り、忍者を召喚しました。

後はお話の通り……世界はぐちゃぐちゃに掻き乱されて終わります。

詰まる所、簡単に言えば登場人物全員悪人という訳です。

こんな世界、救われる訳がありません。

だからこそ、善悪に縛られない忍者が召喚されたのかもしれませんね。

ちなみに忍者に善意・悪意は無く、ただ請け負った仕事を淡々とこなす必殺仕事人という設定です。

以上、補足となりました。

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