九十八話 報告と最速記録
「先日は、誠に失礼いたしました!」
賢者様を救出してから数日後、魔法ギルド本部にて。
先日、俺たちにそっけない対応をした受付嬢が深々と頭を下げた。
どうやら、昨日のうちに賢者様がギルドに報告したらしい。
受付嬢は身を小さくして、恐縮しきりと言った様子だ。
「別に構わないですよ。もう済んだことですし」
「いえ、本当に申し訳ないことをしました。本来ならば、我々ギルドが真っ先に対処すべき事案だったのですが……」
「まったく。我々がやらなければ、今頃大変なことになっていたかもしれないぞ」
「す、すいません!」
「まあまあ、賢者様は連れ戻したんですし。いいじゃありませんか」
憤慨した様子のツバキさんを、どうにかなだめる。
ここで受付嬢に怒ったところで、変わりはないからな。
判断を決めたのも、恐らくはもっと上層部の人間だろうし。
「ま、悪いと思っているなら報酬とか欲しいところね。誠意は形にして表すものだと私は思うわ」
きっぱりと言い切ったシェイルさん。
彼女にじっと睨まれ、受付嬢は額の汗を拭きながら姿勢を正す。
「それについてはもう! 今回の件については、ギルドから特別報酬を出すことが決まりました。一人当たり、三千万ルーツです」
「……まあまあってとこねえ」
「あ、あと! ラースさんについては昇格が決定いたしましたよ!!」
まあまあと評されて、焦った表情で付け加える受付嬢。
……おお、昇格か!
予想はしていたけれど、改めて言われるとテンションが上がるな。
これで俺は、とうとうAランク。
最高位であるSランクにいよいよ近づいてきたな。
「ちょっと感慨深いですね……!」
「さすがラース」
「ここまで早く昇格するのは、初めてのことじゃないか?」
「はい。魔法ギルドの最速記録です!」
我が事のように胸を張る受付嬢さん。
へえ、俺が記録を造ったのか……。
何だかちょっと、誇らしくなってきたな。
「これでもう、アクレ組とか馬鹿にされなくて済みそうね」
「魔法ギルド本部、期待の新人」
「ははは……」
照れくさく思いつつも、否定はできなかった。
実際に最速記録を造っちゃったわけだしなあ……。
もはや、期待されてもしょうがない立場だろう。
これからはもっと、立ち振る舞いとか気を着けなきゃいけないかもな。
いまいち実感がわかないのだけれども。
「ま、頑張ることじゃな」
「賢者様!?」
いつの間にか、背後に賢者様が立っていた。
俺たちは驚きつつも、すぐさま深々と頭を下げる。
これから何か、大事な用事でもあるのだろうか?
いつもと違って、賢者様は立派なローブに身を包んでいた。
髭も髪も、しっかりと整えられている。
「お、おはようございます!」
「おはよう諸君」
「賢者様がギルドに来られるなんて、珍しいですね。もしかして、俺たちに何か御用でも?」
「ちと、マスターと話がしたくてな。いるかな?」
そう言うと、賢者様は受付嬢に視線を振った。
彼女はたちまち姿勢を正すと、震えた声で答える。
「は、はい! マスターでしたら、執務室におられます! すぐお呼びしますね!」
「いや、呼ばずとも良い。わしが出向こう」
「そんな、賢者様を歩かせるわけには!」
「あまり人に聞かれたくない話なのでな。ここより執務室の方が何かと都合が良い」
目を細めると、一瞬、深刻な顔をした賢者様。
しかし、彼はすぐさま表情を緩めると俺たちの方を見やる。
「お前たちは、あとで城に来なさい。姫とともに待っておる」
「宝物庫の件?」
「そうじゃ。それに、わしからも少し礼をせねばならぬしのう」
「おお!!」
お礼と聞いて、色めき立つ一同。
賢者様ならば当然のことながら、素晴らしい魔道具の数々を持っていることだろう。
そのうちの一部を、もし分けてもらえたら……。
魔導師としては、テンションが上がらないはずがなかった。
特にシェイルさんとテスラさんは、それはもう目を輝かせている。
貴重な魔導書を頂くチャンスだと思っているのだろう。
「せいぜい期待しておるとええ。じゃあの」
「はい!」
俺たちが頭を下げると、賢者様はそのままギルドの中へと歩いて行った。
そのあとを、慌てて受付嬢が追いかけていく。
カウンターに、ポンと「休止中」の札が出された。
ま、賢者様のお供ならそれも仕方ないか。
「さて、俺たちはいったん引き上げますか」
「そうだな。……ん?」
帰ろうとしたところで、カウンターに向かってくる男の姿が見えた。
アスフォートである。
彼は受付嬢の姿がないことを確認すると、ひどく不機嫌そうな顔で俺たちを見やる。
「……何で人がいないんだ?」
「いま、賢者様が来てね。それでよ」
「賢者様が?」
眉間にしわを寄せ、ますます険しい顔をするアスフォート。
彼は逡巡したのち、再び俺たちの方を見て言う。
「いったい、何をしに来られたのだ?」
「マスターと話をするためだそうだ。大方、この前の件についてだろう」
「そうか。ほかには何か言ってなかったか?」
「別に、何も」
「ならよかった」
ほっと息をつくアスフォート。
何だか知らないが、ずいぶんと安心した様子である。
それを見たシェイルさんが、からかうように言う。
「アンタ、もしかして賢者様が自分たちの陰口を言ってなかったかとか気になってたの?」
「そんなことはない!」
「まあ、気になるわよね。賢者候補最有力を自任してたアンタとしてはさ」
「ぐッ……!」
アスフォートは唇をかみしめると、肩を震わせた。
どうやら、相当に痛いところを突かれたらしい。
「……君たちの活躍は認めよう。だが、依然として功績度は俺たちの方が上だ。特にラース君、君はBランクだ。賢者候補になるのは難しいだろう」
「ラースなら、いまAランクになったわよ」
「なにッ!?」
「ホント。嘘は嫌い」
きっぱりしたテスラさんの一言。
アスフォートはいよいよ顔を赤くすると、いらだたしげに言い放つ。
「今回うまく行ったからと言って、調子に乗るなよ! じゃあな!」
それだけ言うと、アスフォートは歩き去ってしまった。
何だか、嵐みたいなやつだったなぁ……。
俺はやれやれとため息をつく。
「アスフォートのやつ、えらくやつれてたな」
「さすがに、今回の件が堪えたんでしょ」
「やけになって、なにかやらかさないといいのだが……」
渋い顔つきをするツバキさん。
一方、シェイルさんはそれを笑い飛ばした。
「大丈夫よ! そんな度胸、あいつにはないわ」
「だといいのだが」
「……それより、早く帰る」
「そうですね、これからのこともありますし」
こうして俺たちは、ひとまず屋敷の戻ることにした。
何となく嫌な予感を覚えつつも――。




