第九十二話 黒の鎧
「これはまた……大物だぞ!?」
地の裂け目から這い出してきた巨体に、思わず叫ぶ。
最初はゴーレムか魔物だと思ったが、そんなものではなかった。
こいつは人間だ。
全身甲冑に身を包んでいるが、その中身は人間なのだ。
「こいつ、まさか巨人族か!」
「何ですか、それ?」
「大陸最大の亜人種だ! 魔力は持たないが、厄介な相手だぞ!」
ツバキさんが警告を発すると同時に、巨人は背中の大剣を抜いた。
――ブォンッ!!!!
ただただ刃を抜いただけだというのに、驚くほどの大音響が轟く。
大気が揺れて、一陣の風が吹き抜けた。
こりゃ、デカいだけじゃなくて剣の腕も相当なもんだぞ!
「来る!」
加速する刃。
神速で迫るそれを、身体強化を全開にしてかわしていく。
砕かれる大地、大気を裂く斬撃。
やがて真空の刃が、客席の石壁をなで斬りにした。
一瞬でも気を抜けば、たちまち身体が粉々にされてしまう。
さらに――
「ぬんッ!! 雷帝剣!!」
高々と大剣を掲げた巨人。
直後、切っ先から稲妻が発せられた。
あの大剣、デカいだけじゃなくて魔剣でもあったのか!
予期せぬ行動に、俺たちの対応がほんのわずかにだが遅れる。
「痛ッ!」
「シェイルさん! 大丈夫ですか!?」
「平気、ちょっと足をやられただけよ!」
「さっさと片をつけるしかないですね! 行くぞッ!!」
手のひらに魔力を収束させ、炎へと転化させる。
立ち上る金色の輝き。
巨大なエネルギーを秘めたそれを、巨人に向かって思い切り射出する。
大気が唸り、轟と響く。
輝く軌跡が宙に描かれ、巨人の身体へと殺到した。
すると――
「なッ!?」
「吸い込まれた!?」
黒光りする全身甲冑。
それがあろうことか、ファイアーボールを吸い込んでしまった。
続けて炎剣を何本か展開して打ち込むが、効果は全くない。
こいつ――いったい何者だ!?
「あの鎧……捨魔石が使われてる」
「しゃま石?」
「捨てる魔法の石、で捨魔石。魔力を抽出しきった後の魔石で、魔力を吸い込む」
「……かなり珍しいものなんだけどね。下手すりゃ、金より高いわよ」
「げッ!」
そんなものであの巨体を覆っていたら、凄いことにならないか……?
黒々とした全身甲冑が、にわかに光って見えた。
あの雷の魔剣と言い、俺たちを倒すための特別装備だろうか?
だとしたら、ずいぶんとまあ気合いを入れたものである。
「何か、有効な対策とかはあるんですか?」
「物理」
「ううーん……!」
こちらに向かって、迫ってくる巨人。
その身の丈は、俺たちの軽く十倍はありそうだ。
しかも鎧の下の肉体は見るからに鍛え上げられていて、スピードもパワーも兼ね備えている。
こいつと殴り合うのは相当にキツイぞ……!
「テスラさん、ゴーレムで何とかできないんですか!」
「ダメ、あの鎧に触れたらただの土に戻る」
「私の付与魔法も、あれには効かないわ!」
「じゃあ、やっぱり俺がやるしかないってわけですか……!」
身体強化を最大にして、敵の足元へと入り込む。
そして膝に向かって、思いっきり正拳突きを放った。
響き渡る重低音。
それに遅れて、鈍い痛みが返ってくる。
かってェ!!
身体強化をしてなかったら、骨が粉々に砕けてたぞこれ!!
「くッ!!」
「大丈夫か?」
「何とか!」
「はァッ!! 奥義・散々華」
刹那、ツバキさんの刀が分裂して見えた。
残像がはっきりと残ってしまうほどの速さで、刃が振るわれたのだ。
たちまち巻き起こる斬撃の嵐。
純粋な剣技に引き起こされたそれは、捨魔石の鎧であろうと容赦なく打撃を加える。
しかし、破壊するまでには至らない。
「さすがに頑丈だな! これでも効かないか!」
「いえ、見てください! 肩のところ!」
首の付け根部分、ちょうど可動部として隙間が設けられている部分から血が流れていた。
無数に放たれた斬撃の一つが、たまたまうまい具合に内側へと入り込んだらしい。
相当に痛かったようで、巨人の動きが先ほどまでより若干だが鈍る。
「グオオオ……!」
「どうやら、鎧さえ何とかなれば中は倒せるな! だが……」
先ほどの一撃は、あくまで偶然。
敵も警戒するだろうし、もう一度というのは厳しい。
さあて、どうしたものかな……!
俺が頭を必死に回していると、クルルが飛んでくる。
そして――
「キュキューー!!」
「お、おいッ!?」
空の高みから、翼を畳んで急降下するクルル。
彼はそのまま、巨人の方へと突っ込んでいった。
そして迎え撃つ大剣をかわすと、首元の隙間から鎧の内側へと入り込む。
そうか、クルルの体格ならいけるのか!
俺が感心してガッツポーズをすると、途端に巨人がもがき始める。
「グアアッ!? おのれェ!!」
「いいぞ! いけ、クルル!」
「頑張って!」
「キュウ!!」
俺たちの声援に、力強く答えるクルル。
巨人の動きが、ますます激しくなった。
大きく開かれた口から、絶え間なく呻きが漏れ始めた。
クルルのやつ、相当に暴れているらしい。
「くそ、ぐおッ!!」
膝をつき、動きを止める巨人。
やがて耐え切れなくなったのか、とうとう自ら鎧の留め具へと手をかけた。
よし、今だ!
巨人の肉体が露出されたところで、俺はすかさずファイアーボールを放った。
それに続いて、ツバキさんたちも畳みかけるように斬撃と魔法をぶっ放す。
さらにシェイルさんも、お手製の符を取り出して援護する。
「ハアアアアアッ!!」
全員の声が重なった。
やがて大きな火柱が上がり、巨体が浮き上がった。
そのまま弧を描くようにして地面に叩きつけられた巨人は、仰向けになったままピクリともしない。
「ふう……」
「まったく、大暴れしてくれちゃって!」
倒れた巨人に近づくと、鎧や剣の見分を始めるシェイルさん。
相当に貴重な品なのだろう。
その表情は、先ほどまで苦戦していたのがウソのように輝いていた。
だがここで――
「危ないッ!」
「えッ!?」
どこからか放たれた矢。
それが油断しきっていたシェイルさんの背中を貫かんとした。
俺は全速力で走ると、どうにかこうにか矢が刺さる前に叩き落とす。
「大丈夫か?」
「ええ! 危ないとこでしたけど」
「よかった。だが、今の矢は一体どこから……?」
目を細め、周囲を見渡すツバキさん。
角度からして、かなり近いところから放たれたのは確かだ。
しかし、射手の姿は全くとらえることが出来ない。
先ほどの爆発で、立ち込めていた霧が少しは晴れたにもかかわらずだ。
「今の矢、油断したところを狙っていた。相手は、だいぶ前から私たちを見てる」
「そうね。一番気を抜いたとこをやられたわ。ラースがいなかったら、間違いなく……」
そう言ってシェイルさんは青い顔をすると、俺との距離を詰めてきた。
心細さからか、無意識のうちに俺を頼ってきてしまったらしい。
いつもは強気なシェイルさんが、どことなく可愛らしく見えた。
……えーっと、今のはたまたま見てただけなんだけどな。
この霧の中では、魔力感知を使うことが出来ないし。
「……距離を詰めるぞ! 敵の正体がわからん!」
「はい!」
「次から次へと……! もう!」
「不満は言わない」
こうして俺たちは、勝利を掴んですぐに姿の見えない敵との戦いに臨むのだった――!