第九十一話 地下から現れた者
「これで良い」
柱に埋め込まれたアビスを見て、テスラさんが満足げにうなずく。
この前の男とは違い、指先まで完璧に石に包み込んでいた。
これならば、俺たちが戻ってくるまで脱出されることはあるまい。
そのあまりの徹底ぶりに、さすがのアビスも呆れたのだろう。
やれやれと口笛なんぞ吹いている。
「じゃ、戻ってくるまで逃げないでよ?」
「ハハハ、これで逃げられるわけないじゃん!」
「それもそうだな。よし、急ぐとしよう」
「そうですね」
「キュウキュウーー!!」
俺たちを誘導するため、再び飛び立ったクルル。
そのあとを追いかけて、薄暗い大空洞をゆっくりと進んでいく。
やがて前方に、細く白い灯りが見えてきた。
近づいて行ってみると、大きな扉の隙間から光が漏れている。
黒光りするそれは、古い遺跡に似合わぬ新しいものだった。
恐らくは、ここに出入りしている魔導師殺しの連中が備え付けたものだろう。
「隙間はあるけど……向こう側から鍵がかかってるみたいね」
「俺たちに備えて、ですかね?」
「わからない。でも、魔力に耐性がある」
扉に手を当てたテスラさんが、渋い顔をして言う。
魔法で変形させようとしたものの、うまく行かなかったらしい。
「ぶち破りますか?」
「いや。もしかしたら、何か仕掛けてあるかもしれん。ここは私がやろう」
ツバキさんは一歩前に進み出ると、すぐに腰の刀へと手をかけた。
沈黙。
ツバキさんのまぶたがゆっくりと閉じられる。
そして左足を半歩ほど引いて――
「はやァ!!」
一閃。
白刃が煌めき、鋼が割れたような高音が響く。
続けて二度三度と斬撃が放たれ、たちまちのうちに扉が粉々に切り刻まれた。
直後、破壊された扉の向こうから無数の矢が飛来する。
防衛用の仕掛けが作動したらしい。
「甘いなッ!!」
ツバキさんの目が光る。
彼女は刀を構えなおすと、瞬く間に矢を叩き落した。
そのあまりの速さに、ほうっとため息が漏れる。
「さすが!」
「ふっ、他愛ない」
「そんなこと言えるの、世の中であんたぐらいよ」
「なに、私など大したことはない。さあ、行こうではないか」
「そうですね。……おお!!」
扉から外へ出ると、広々とした白土の闘技場が広がっていた。
円形の客席に囲まれたそこは、小さな村が丸ごと入ってしまいそうなほどである。
このどこかに、地下へと通じる入り口があるのか……?
俺が周囲を見渡すと、クルルが翼を広げて飛び立つ。
「キュキューー!!」
「え、そこ?」
「……何もない」
地面に降り立ったクルルが示したのは、一見して何もない場所であった。
綺麗に整地された白土を、くちばしでトントンと叩いている。
俺たちはすぐさまそこへ近づくと、足を踏み鳴らして下を確認した。
するとたちまち、ズウンッと低い響きが返ってくる。
どうやら、土を敷き詰めた下に広い空間があるらしい。
「任せて」
今度こそとばかりに、テスラさんが杖で地面を叩いた。
たちまち魔法陣が展開され、大人が楽に通り抜けられるほどの穴が開く。
その下には、石を積んで作られた広い通路があった。
なだらかに地底へと降りて行くそれは、相当に長く先が見通せない。
これを水で満たすのは、なかなか骨が折れそうだな。
「こりゃ、思ったより広いですね」
「ああ。どうする、普通に中へ入って探索するか?」
「それはやめときましょう。この調子だと、ろくでもない罠だらけですよ」
「そうね。あれ見て、まず間違いなく何か仕込んであるわよ」
シェイルさんは穴に手を差し入れると、石組みの隙間を指差した。
言われてみれば、そこだけ石を削ったように不自然な三角形のスペースがある。
あの前を通れば、刃物か何かが飛び出すという仕組みなのだろう。
三角の奥で、何かが光っていた。
「……ここは予定通り、水で」
「手伝おう」
「じゃあ、俺が魔力を注ぐので変換お願いします」
「わかった」
サッと手を差し出すツバキさん。
俺はその上に手を重ねると、少しずつ魔力を込めていく。
宙に展開される青の魔法陣。
魔力の光が綾を成し、たちまちのうちに水が溢れ出す。
集まり川となった水は、下へ下へと勢いを増して流れていく。
「……なかなか、時間がかかるな」
「ええ。まあ、デカいですからね」
「少し、身体近くないか?」
しばらく作業を続けていると、ツバキさんが変なことを言い出した。
そんなこと言われても、困るというか何というか……。
互いに手を重ね合わせている以上、距離感が近くなるのは当然だろう。
逆に、そこを意識し始めると匂いとか肌の感触が気になって……。
「顔が赤い」
「ラース、あんたデレデレしてるんじゃないわよ!」
「してませんって!」
「ホントに? ツバキの髪、いい匂いがするとか思ってるんじゃないの?」
「そんなことありませんよ!」
強く否定すると、逆にシェイルさんは距離を詰めてきた。
彼女は重なり合った俺たちの手を見ると、ニヤニヤといい笑顔を浮かべる。
それにつられたのか、テスラさんまでもがこちらに距離を詰めてきた。
背中に感じる二人のぬくもり。
俺の顔が、ますます赤みを増していく。
――その時であった。
「ん?」
「どうかしたの?」
「今、ちょっと地面が揺れませんでした?」
「水じゃない?」
勢いよく流れていく水を見ながら、シェイルさんが言う。
しかし、水流で起きる揺れとは明らかに種類が違った。
縦揺れだ。
小さいながらも、突き上げるような感覚。
明らかに、水で起こる揺れとは違う。
「まただ!」
「これは、下から何か来ているのか?」
「危ない!」
そう叫んだ直後、テスラさんは魔法陣を展開した。
巨大な石壁がせり上がり、俺たちの身体を守る。
それに遅れて、大地がひび割れた。
穴が一気に広がり、そこから何かが這い出して来る。
こいつは……!!
「な、なんだ!?」
「デカイ……!!」
「人間……なのか!?」
水に攻め立てられ、地下から姿を現した巨人。
そのあまりの大きさに、俺たちは呆然とするのであった――。




