第九十話 高速移動を止めろ!
「柱を一つ、磁石にするわ。それで、奴の武器を捕まえる」
「……そんなことできるんですか!?」
シェイルさんの提案に、思わず首を傾げる。
巨大な柱を磁石に変えるなんて、そもそも可能なのか。
磁石に変えたところで、あの武器は果たしてくっつくのか。
二つの点において疑問があった。
するとシェイルさんは、自信ありげにウィンクをする。
「私の付与魔法を舐めないで。柱の一つぐらい軽いもんよ」
「へえ、さすが!」
「もっとも、ヒヒイロカネは磁石にくっつきづらいわ。かなり近づけさせないと厳しい。あと、この霧だから魔法の発動中は移動することもできないわね」
「それなら任せてください。俺が何とか奴を誘導します」
「わかった、じゃああのヒビが入ってる柱へ連れてきて。私はテスラたちにも話してくるわ」
暗がりの奥に聳える、ひと際太く大きな柱。
縦にヒビが入ったそれを指さすと、シェイルさんはそのままテスラさんたちの方へと走っていった。
さて、あとはアビスをどう誘導するかだな。
やつは両手から出すヨーヨーを使って、柱や梁を縦横無尽に駆け回っている。
その動きは立体的で、空でも飛べない限りは追尾は難しいだろう。
ならば――
「千剣乱舞!!」
炎の剣が無数に出現し、 一斉にアビスの元へと飛んだ。
刹那、アビスの瞳が強い輝きを帯びる。
彼女は両手から同時にヨーヨーを放つと、これまでにもまして曲芸的な動きを見せ始めた。
重力を超越したようなそれに、思わず目を丸くする。
「アハハッ!! 遅い遅い!」
「なんつー速さだよ!」
速度を上げていくものの、アビスの加速に追いつけない。
これで身体強化をしていないとは、まったく信じられない芸当だ。
昔、Sランクの冒険者を見たことがあるがここまでの化け物ではなかったぞ……。
さすが、魔導師殺しなどというだけのことはある。
「協力する。槍よ!!」
テスラさんの声が凛と響く。
たちまち天井が変形し、無数の石槍が地へと降り注いだ。
さすがのアビスもこれにはたまらなかったのだろう、大きな舌打ちが聞こえた。
「うっとおしいなあ!!」
逃げ場を求めて、さらに動きを速めるアビス。
彼女はやがて、シェイルさんの待ち構える柱の方へと誘導されていった。
さらにここで、ダメ押しとばかりにツバキさんが飛び出してくる。
柱を駆け上がった彼女は、あっという間にアビスとの距離を詰めた。
「私が引導を渡してやろう!」
「できるもんならやってみなよ! キャハハ!」
「減らず口を!」
放たれる斬撃。
いよいよ激しくなる攻撃の嵐に、さすがのアビスも逃げの一手を打たざるを得なくなった。
彼女は体勢を立て直すべく、シェイルさんが隠れている柱へと近づく。
そして――
「ぐっ!?」
「かかった!!」
アビスのヨーヨーが、いきなり不自然な軌道を描いた。
磁力によって弧がゆがみ、柱へと吸い寄せられていく。
たちまち柱から顔を出したシェイルさんが、ガッツポーズをした。
するとアビスは、あろうことか大きく手を振りかぶる。
「こうなったら!」
「いッ!?」
神速で振りぬかれる腕。
それに伴って、ヨーヨーもまた驚異的な加速を見せた。
――こいつ、柱をぶっ壊す気か!!
アビスの見せた予想外の行動に、たちまちシェイルさんは目を剥いた。
直後、磁力と腕力で無理やりに加速されたヨーヨーが、大きく唸りを上げる。
「うおッ!?」
直撃!
あまりの衝撃の大きさに、柱を通じて床全体が揺れた。
天井から、パラパラと小さな石のかけらが降ってくる。
しかし、柱は耐えている。
大きくヒビが入りながらも、見事にヨーヨーを受け止めていた。
どうやらシェイルさんは、柱を磁石にしただけでなく強化もしていたらしい。
「危なかった……! 折れてたら私、死んでたかも」
「大丈夫ですか!?」
「ええ、何とか!」
「安心」
手を振って健在をアピールするシェイルさんに、俺たちはほっと胸を撫で下ろした。
さて、問題は……捕まえたこいつだな。
俺は何食わぬ顔で立っているアビスの方を見やる。
すると彼女は驚いたことに、こちらに向かって笑いかけてきた。
「あーあ、もうダメ。好きにしていーよ」
「……ずいぶんと無抵抗だな」
「だって、戦いようがないじゃん。私、あれ以外は武器持ってないんだよね。ハハハッ!」
ツバキさんに切っ先を突き付けられてなお、変わらず笑い続けるアビス。
その仄暗い瞳からは、底知れない狂気すら感じられた。
こいつ、もしかして恐怖という感情が存在しないのか?
背中を冷たく嫌な汗が流れる。
「……とりあえず、質問に答えて。アンタ、黒魔導師に雇われた魔導師殺しよね?」
「そうだよ、さっきも言ったじゃん」
「賢者様について、何か情報は貰ってない? 些細なことでもいいから」
シェイルさんがそう言うと、アビスは詰まらなさそうな顔をした。
彼女はシェイルさんの方へと身体を傾けると、その目を覗き込んで言う。
「ハア? それ聞いて、ホントのこと言うと思う?」
「嘘か本当かぐらいは、自分たちで判断するわ。舐めないで」
「……賢者なら、ここの地下に幽閉されてるよ。でも、たどり着くのは難しいだろうねー。まだ仲間は何人もいるし」
「それはまた、厄介なことだ」
忌々しげにつぶやくツバキさん。
アビスみたいなのがあと何人もいるなんて、ゾッとしない話だ。
霧は次第に濃さを増しているし、戦いにくくなる一方である。
「なるほどね。ついでに、賢者様が幽閉されてる理由も知らない?」
「さあ? 連中は秘密主義でさ、下っ端には何にも言わないんだよねー」
首をかしげるアビス。
その様子に疑わしい点はなく、どうやら本当に知らないだけのようである。
詳細は行ってみないとわからない、ってわけか。
「地下ねぇ。どうなってんのか分からないけど、またこいつみたいなのがいたらシャレになんないわね」
「そうだな。こいつらのことだ、最悪の場合は自爆で道連れにされかねんぞ」
「生き埋め、怖い」
場面を想像してしまったのか、テスラさんが震えながら言う。
うーん、地下を攻略する何かいい方法はないものかな……。
まともに攻め込めば、待ち構えている敵に不意打ちされることだろう。
そんなことになれば、いくら俺たちと言っても犠牲が出かねない。
「なんかこう、地下をつぶす効果的な方法とかないんですかね。アリの巣を水攻めするみたいな。……ん?」
そこまで言って、はたと気づく。
そうだ、やればいいじゃないか!
今の俺なら、人間サイズでもまったく同じことが出来るぞ!!
「そうだ、水攻めだ! ツバキさん、協力してください!」
こうして俺たちの、何ともえげつない地下攻略が決定した――!
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