第八話 七魔神像
木々を粉砕しながら、我が物顔で森を征く巨体。
その大きさは、半端なものではなかった。
樹齢数百年は経ていそうな巨木の群れが、その身体を前にしては頼りない若木にすら見える。
冒険者ギルドにおいて「魔物の王者」と呼ばれるそれは、その称号に足るだけの威圧感を誇っていた。
「これが……ドラゴン!」
あまりの大きさに、足がすくむ。
大きな生き物だとは聞いていたが、予想をだいぶ上回っていた。
禍々しく空に突き立てられた角から、尻尾の先まで軽く二十メートルはありそうだ。
その塔のような足が動くたびに、大地が鳴動する。
「なかなか大きい。たぶん、千年物」
「千年……よく、今まで見つかりませんでしたね」
「ドラゴンの活動周期は、百年単位。恐らく、今の今までどこかで眠っていた」
「なるほど……。しかし、こんなの倒せますか?」
大地を踏みしめる緑の巨体。
鱗の隙間に苔すら生えたそれは、自然の驚異そのもののように見えた。
こいつは、人の及ぶ領域に居るのだろうか。
そんな気さえしてくる。
「平気。私が動きを抑えるから、あなたは私の真似をして魔法を使えばいい」
「何の魔法ですか?」
「ライトニング。雷の初級」
「ぶッ!?」
初級って!
あんなドラゴンを相手に、そんなもん通用するのか!?
俺はたまらず、その場で吹き出してしまった。
するとテスラさんは、ひどく真面目な表情で言う。
「初級魔法を舐めちゃダメ。使用者の魔力によって、青天井式に威力が上がる」
「そう言えば、そうでしたけど……本当に大丈夫?」
「これでも、Sランク魔導師。間違いない」
そう言われてしまうと、うなずくより他は無い。
こちとら、まだ魔導師になって数日のひよっこだ。
魔法に関する知識で、テスラさんに勝てるわけがなかった。
「もしダメだったら、次はアイスランス。あれだけのデカブツを相手に魔法の試し打ちなんて、なかなかできないから貴重」
「は、はあ……」
「大丈夫、私がついてるから危険はない。思う存分、実践する」
「……分かりました」
どうやらテスラさんの頭の中では、ドラゴンは既に魔法の的でしかないらしい。
俺は覚悟を決めると、深々とうなずきを返した。
テスラさんは、さっそく敵の拘束へと取り掛かる。
「罪に穢れし魔神の魂よ。土塊に宿り、その威を再び世に現せ。錬成ッ!」
かなり難易度の高い魔法なのだろう。
テスラさんが呪文を唱えると、先ほどの魔法とは比べ物にならないほど大きな魔法陣が展開された。
そして大地が揺れ、ドラゴンの周りの地面がにわかに盛り上がり始める。
みるみる高さを増していくそれらは、次第にその形を異形の者へと変じていった。
「ああ……!!」
全部で七体。
悪魔のような造形をした巨像が、姿を現した。
その圧倒的な存在感は、ドラゴンにすら劣らない。
いや、その身に纏う邪悪さのせいか勝っているようにすら見える。
「七魔神の像。一体で、魔法が使えない兵士一万人分」
「と言うことは……七体で、七万人分?」
「単純計算では。連携するから、実際にはそれ以上」
「ひえ……!」
あの魔神像だけで、国が一つ潰せてしまうじゃないか!
まったく、とんでもない規模の大魔法だ。
しかも、それだけの魔法を操りながらテスラさんは息ひとつ乱してはいない。
むしろ余裕すら感じられる。
これが魔法ギルドのSランクか……!
人外としか言いようがないレベルだな。
冒険者ギルドのSランクがよく一騎当千とか言われていたが、そんな次元ではない。
「グルァ?」
いきなり出現した魔神像に、ドラゴンが動きを止めた。
すかさず七体の像は、それぞれ手にした武器でドラゴンを拘束しにかかる。
その動きは速く、良く統制が取れていた。
「グアアッ! グララァッ!!」
突然のことに、ドラゴンが暴れはじめる。
大地が揺れて、周囲の木々が根こそぎ吹き飛ばされた。
しかし、七体がかりで抑え込んでいる魔神像はそのぐらいではビクともしない。
「今のうちに!」
「分かりました!」
「ゆっくり、後に続いて。天よりの雷よ、集いて我が敵を穿て! ライトニング!」
「天よりの雷よ、集いて我が敵を穿て! ライトニング!」
呪文を唱え終わった途端、脱力感があった。
ファイアーボールの時とほとんど同じである。
それにやや遅れて、突き出した掌の先から青白い閃光が迸った。
バリバリと大気を引き裂きながら直進したそれは、あっという間にドラゴンの身体を白く包み込む。
そして――
「うわ……一撃!」
落ち着いた緑をしていた巨体が、すっかり黒ずんでいた。
鱗の隙間からは、白い煙まで上がっている。
爛々と輝いていた瞳は濁り、色を失っていた。
こんなにデカいドラゴンを、たった一撃かよ。
自分で自分が恐ろしくなる。
「流石。予想していた以上」
「ははは……」
「ドラゴンで実験して良かった。下手な物体に撃たせてたら、大事故」
サラッと凄いことを言ってのけるテスラさん。
まさか、この結果が見たいがためにこの依頼を受けたのか……?
俺が少し呆れていると、にわかに彼女の表情が険しくなる。
彼女はドラゴンの様子を改めて確認しながら、目付きを鋭くした。
「面倒なことになった」
「どうしたんですか?」
「このドラゴン、雌!」
「……雌だと、何か不味いことでも?」
「基本的に、雌ドラゴンにはつがいか親が居る。このドラゴンの場合、年を経ているからつがい。ドラゴンの雌は、かなり珍しいけど」
と言うことは、ドラゴンがもう一体……。
そう思った矢先、視界の端に何か黒い影が見えた。
その影はこちらに気づくと、恐ろしいほどの速度で逃げ去っていく。
「見つかった! あれがつがいの雄、直ぐ追いかける!」
「え、ええ!?」
あんな小さな影がか?
驚いた俺は、一瞬だが反応が遅れた。
するとすぐさま、テスラさんの声が大きくなる。
「雄ドラゴンは、雌ドラゴンより戦闘力に劣る。けどその分だけ、警戒感が強くて頭が良い。あの様子だと、私たちから逃げて巣に引きこもる!」
「巣にですか?」
「そう。出入口を塞いで籠城されたら、見つけられなくなる!」
そこまで言われて、ハッとする。
もしそんなことになれば、巣に入っているソルトウィングのメンバーも最悪、道連れになりかねない。
恐らく逃げているだろうが、もし逃げ遅れていたら……!
いけすかない奴らだったけど、それはさすがにまずい!
「急いで、早く!」
「はい!」
こうして俺とテスラさんは、ドラゴンを追いかけて走り出すのだった――。