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底辺戦士、チート魔導師に転職する!  作者: キミマロ


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第八十六話 元冒険者の小細工

「寝ずの番ってのも、なかなか大変なもんね……」


 夜も更け、日付も変わったであろう頃。

 枝で薪をつつきながら、シェイルさんが小さくつぶやいた。

 赤々と燃える炎に頬を染めた彼女は、いつもとは少し違った雰囲気をまとっている。

 眠気のせいなのか、はたまた夜のせいなのか。

 いつもの勝気な印象は鳴りを潜め、どことなく物憂げだ。


「俺が戦士だったころは、いつもこうでしたよ」

「へえ。やっぱり、魔法が使えないと不便なものね」

「それが当たり前でしたから。むしろ、シェイルさんたちの方こそ意外でしたよ」


 幾度となく野営を経験してるはずなのに、寝ずの番をしたことがないなんて。

 冒険者ならば、絶対にありえないことだった。

 それだけ、結界魔法が手軽で便利だったということなんだろうけども。


「仕方ないじゃない、それが魔導師の常識だもの」

「魔導師になる前は、どうしてたんですか?」

「え?」

「シェイルさんだって、生まれながらに魔導師だったわけじゃないでしょ?」


 俺がそう言うと、シェイルさんはわずかながらに動揺したそぶりを見せた。

 彼女は顎に手を押し当てると、軽くうなりながら言う。


「私の場合、魔力があるってわかったのが早かったのよ。たまたま、家の近くに魔導師のおじさんが住んでてさ。その人が、たまたま遊びに来た私の資質を見抜いたってわけ」

「あー、それじゃ小さいころから魔導師だったんですね」

「まあね。これでも地元じゃ天才とか言われて、期待されてたのよ。私自身も、昔はちょっと調子に乗ってたかな」

「今も、たまに乗ってるような……」


 言葉をぽろっと漏らして、すぐさま口をふさぐ。

 やばい、これは大失敗だぞ……!

 俺がたちまち顔を青くすると、シェイルさんは怒ることなく笑った。

 細められた目は、意外なことになかなか愉快そうである。


「前はさ、もっとひどかったのよ! 自分で言うのもなんだけど、かなり嫌な奴だったと思うわ。自分の付与魔法に絶対の自信があって、周りを見下してた」

「それがどうして、今のシェイルさんに? 何かあったんですか?」

「テスラと出会ったのよ」


 どこか懐かしがるように、シェイルさんが言った。

 彼女はふーっと息を吐くと、少し遠いところを見ながら語りだす。


「初めてテスラと会った時、私の方が少しだけ先輩だったの。だから、先輩風を吹かせてやろうって魔法を見せつけてやったのよ。そしたらテスラ、何って言ったと思う?」

「うーん……なってない、とか?」


 俺がそう言うと、シェイルさんは「惜しい!」と笑った。

 昔のことを思い出しているせいか、とても楽しげな顔をしている。


「わかってない、よ。その場で効率の悪いところを指摘されて、直されちゃったわ。あの時はほんと、情けないやら恥ずかしいやら」

「ありゃりゃ……」

「それ以来、私たちって何かと張り合うようになってね。依頼をこなした数とか、昇格の速さとか……。ま、テスラが上を行くことの方が多かったけど。私も天才だと思うけど、テスラはほんと凄かったからねー。魔法だけじゃなくて、胸まで大きいのが憎たらしい――」


 次第に、シェイルさんの声は愚痴の色を帯びていった。

 背中から、何やら黒いものがぬらぬらと湧き上がっているように見える。

 胸元を撫でる手には、ただならぬ力が込められていた。

 よくは分からないが……入ってはいけないスイッチが入ってしまったらしい。


「まあまあ、落ち着いて! そろそろ交代の時間ですし」

「……ああ、そう言えばそんな時間ね」

「後のことは俺たちに任せて、ゆっくり休んでください」

「え? ラースは寝ないの?」

「俺は引継ぎをしてから行きますから」


 そう言うと、俺は軽く肩を回しながら立ち上がった。

 さーて、仕掛けに変化がないことを確認しにいかないとな。

 俺は野営を始める前に、あらかじめ陣地の周囲に鈴の付いた糸を張り巡らせていた。

 近づいてくるものがいれば、音が鳴る仕掛けである。

 結界を使えぬ冒険者にとっては、魔物や夜盗に備えるための必需品だった。


「よし、ちゃんと張ってるな」


 草場に近づくと、その陰に隠してあった糸の張りを見る。

 特に細工をされた形跡はなく、触れるとしゃなりと気持ちのいい音がした。

 こうして順繰りに四方の糸を確認していこうとしたところで――


「何だ?」


 ほんのかすかにだが、葉擦れとは違う音がした。

 これは――間違いない!

 何かが野営地に入ってきた、それも、音を隠そうとする何かが!


「シェイルさん、火を消して!」

「え?」

「早く!!」


 声の大きさに驚いたのか、シェイルさんは肩を震わせた。

 しかし、さすがは一流の魔導師。

 すぐさま用意してあった土をかけて、火を消してしまう。


「ラース、これは……!」

「ええ、来ましたよ! 敵襲です!」

「なるほど。ラースの仕掛けがうまくはまったようね」


 緊迫感が周囲に満ちる。

 月のない夜の闇は深く、一寸先すら見通せない。

 俺とテスラさんは互いに気配と声だけを頼りに距離を詰めると、すぐに背中を合わせた。

 敵はまだ仕掛けてこない。

 火を消したため、視界が効かずになかなか近づいてこられないのだろう。

 

「……まだかしら」

「焦れたら負けですよ。今のうちに、身体強化を最大まで上げましょう」

「そうね」


 身体全体を魔力が満ちていく。

 これで、敵が不意打ちを仕掛けてきても問題はない。

 鋼と化した身体が、そのことごとくを弾くことだろう。

 

「さて、どこからでもかかって来いって感じね!!」

「ええ!」

「……ふん、間抜けが」


 低くくぐもった声が、やや離れた場所から聞こえた。

 マズイ、直接寝床を狙われた!

 これじゃ、テスラさんとツバキさんが危ない!!

 そう思った次の瞬間――光がはじけた。


「ラース、やり方が雑。」


 指先に光を灯し、不機嫌そうな顔をするテスラさん。

 彼女の左手には『先ほど俺が投げた小石』が握りしめられていた。

 そう、俺は侵入者に気づかれないように、そっとテントに石を投げ込んでテスラさんたちを起こしていたのだ。

 寝ずの番をする前に、あらかじめ相談して決めておいた行動である。

 ……身体に直接あたってしまったようで、ちょっと痛かったみたいだが。


「さて、これで挟み撃ちね!」

「面倒なことを……!」


 歯ぎしりをする黒装束の男。

 顔はよく見えなかったが、その肩は怒りをこらえるように小刻みに震えていた――。

 

久々に、ラースの元冒険者らしい面が生きる話となりました。

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