第八十四話 魔導師殺し
「これは……!」
視界に浮かぶ光の群れ。
その圧倒的な数に、口からため息が漏れた。
魔力探知は以前にも何回かやったことがあるが、それとは比べ物にならない。
まずこんなにはっきりと魔力が視覚化されないし、探知範囲も桁違いだ。
恐らくだが、王都全体をカバーできているだろう。
「まさか、ここで魔力探知が使えるとは……。信じられないことするね」
「え? ここって、なんか特別な場所だったりするんですか?」
「…………気づかなかったのかい」
姫様はそう言うと、俺の方を見て呆れたように肩を落とした。
彼女は壁や床に視線を走らせると、苦笑しながら言う。
「この場所には、魔法の発動を阻害する術式が埋め込まれているんだ。それでも魔法を発動するなんて、いったいどれだけ魔力を使ってるんだい」
「あー、言われてみれば抵抗を感じるような」
魔力探知を発動するとき、いつもより多めに魔力を持っていかれたような気がする。
てっきり魔石の作用かと思っていたが、そうではなかったようだ。
「十分の一以下の効率しか出せないはずなんだけどね。まったく、君はとんでもない」
「まあ、よく言われます」
「それで、賢者様らしき魔力は見つかった?」
動揺を隠せない姫様に対して、テスラさんは落ち着いた様子で聞き返してきた。
……うん、俺に対する日ごろの認識が良くわかるな。
俺が何かをやらかすことに対して、すっかり慣れてしまっているらしい。
「うーん、見当たらないですね。もしかしたら、この国にはいないのかもしれません」
「え? そんなに広い範囲が分かるの?」
「……ええ、まあ。多分この石のおかげですけど」
「いや待って待って、その石にはそんな力ないから。ありえないから!」
いよいよ取り乱す姫様。
先ほどはまだ落ち着いていたツバキさんたちも、一様に驚いた顔をした。
俺はまた、彼女たちの予想をも超えてしまったらしい。
「魔力探知っていうのはね、どんだけ頑張ってもこの王都ぐらいが限界のはずなんだ」
「そうだぞ、この国全体と言ったらどれだけ広いと思ってるんだ!」
「ははは、そ、そうなんですねえ……」
ツバキさんの言葉に、冷や汗をかく俺。
するとシェイルさんが、思い切り苦笑しながら言う。
「まあまあ、いいじゃないの。ラースが滅茶苦茶なのは昔から何だし。それより、探知範囲が広いのを素直に喜びましょ」
「そうなのだが、さすがに滅茶苦茶じゃないか?」
「ラースが滅茶苦茶じゃない方がおかしいでしょ」
「む、それもそうか!」
ポンと手を叩くツバキさん。
ちょっと、それで納得するなんておかしくないか!?
俺は思わず、その場でずっこけそうになった。
みんなの頭の中で、おれはどんどん変な存在になっていくなあ……。
「でも、この国に居ないとなると捜索はかなり大変ね。いくらラースが頑張っても、手に負えないわよ」
「やはり、魔法ギルドの協力を仰ぐしかないか?」
「……それはあまりしたくないな。賢者様の不在を、国としてあまり広げたくはない。大陸は今、いろいろときな臭いからね」
軽く眉をひそめながら、姫様はそう言った。
黒魔術師たち以外にも、動いている勢力があるような口ぶりである。
俺たち平民には平和そうに見える世界だが、一国の姫の視点で見るといろいろあるのだろう。
「帝国」
「まあ、その辺はひとまず伏せておこう。とにかく、あまり良くないんだ」
「ギルドの力を借りずに捜索するのは、相当に困難」
「いいや、大丈夫だ。賢者様は恐らくだが、国を離れてはいないだろう」
姫様の言葉に、テスラさんは不思議そうに首を傾げた。
一体いかなる根拠から、導き出された結論なのか。
思考経路がさっぱり分からないようだ。
「よくわからない」
「抵抗する賢者様を国の外へ引っ張り出すのは相当大変なはずだ。敵もまさか、いきなり国全体を探知されるとは思っていないだろうしね。国境は警備を固めてあるし、抵抗する賢者様を抱えてそう簡単には抜け出せないよ」
そう言われて、テスラさんとシェイルさんはうなずいた。
なるほど姫様の言葉には、それなりに説得力がある。
だがそれは同時に、ある可能性を示唆していた。
「……賢者様が、すでに殺害されてしまった可能性もあるのでは?」
「それも恐らくはないだろう。賢者様ほどになると、死んだとしてもある程度魔力の痕跡は残るはずだ。むしろ、残すようにする。そういうのは感じられないんだろ?」
姫様に聞かれて、俺はすぐにうなずいた。
賢者様の魔力についてはある程度覚えているが、その気配を感じることは出来ない。
「だとすると……」
「隠蔽してるね。ちょうど、賢者様を幽閉するのにおあつらえ向きの場所が近くにあるし、間違いないんじゃないかな」
顎に手を押し当て、何やら得心のいったような顔をする姫様。
それに合わせて、シェイルさんたちもうなずく。
え? そんな場所って王都の近くにあったか?
土地勘のない俺は、すぐさまメイドさんに尋ねる。
「あの、おあつらえ向きの場所って?」
「恐らくは霧の旧都のことかと」
「……ちょっとわからないですね」
「魔導師の方なのに?」
「ラースは、まだ魔導師歴が浅い」
隣に立っていたテスラさんが、すかさずフォローをしてくれた。
するとメイドさんは、怪訝な表情をしながら首をかしげる。
「あれだけの魔力探知が使えるのに、ですか?」
「ええ。ついこの間、なったばかり」
「ま、ラースは無敵のSランク適性だからね」
「はい!? マジですか!?」
シェイルさんの言葉に、メイドさんは予想以上の反応を示した。
クールさの仮面が剥がれて、思いっきり素が出てしまっている。
一方、同じく初耳のはずの姫様はとても落ち着き払っていた。
「当然だろうね。むしろ、納得がいったよ。だが、だからこそ今回は気を付けた方がいい」
「何かあるんですか?」
「敵は賢者様を誘拐した連中だ。しかも、現在も何かしらの手段で賢者様の魔力を封じている可能性が高い。ひょっとしたら、魔導師殺しを雇っているのかも」
「魔導師殺し?」
俺が聞き返すと、姫様はニタアッと気味の悪い笑みを浮かべた。
そして、大仰で芝居がかったしぐさをしながら言う。
「魔導師を殺すことに特化した戦闘屋ってとこかな。彼らのやり方は残忍かつ芸術的、対人戦闘においては右に出るものはほとんどいない。凄腕の魔導師であればあるほど、そのやり口にはまってしまうんだとか――」
紅い瞳が、俺たちの顔を順繰りに見渡す。
そのまなざしに、俺は冷や汗をかくのだった――。
まもなく六万ポイント!
読者の皆様、ここまで応援ありがとうございます!
書籍版ともども今後も頑張っていきますので、よろしくお願いします!




