第八十三話 予感の姫
「ほうほう……。この目で見るとよーくわかる。君、すっごいね」
俺の顔を覗き込んだ姫様は、感心したように何度もうなずいた。
そのまなざしが身体を撫でるたびに、背筋がゾワリとする。
彼女の紅い瞳は、何もかも見透かしてしまうようだった。
「魔眼?」
「そうだよ、なかなか珍しいでしょ」
「なかなかどころじゃない。私も、本物を見るのは初めて」
テスラさんの声が、わずかながら大きくなった。
トーンの上がった声色からは、彼女の驚きのほどがうかがえる。
――魔眼。
それは先天的に強力な魔法を宿した瞳のことで、神の恩寵とも悪魔の呪いとも呼ばれる代物である。
数は非常に少なく、俺は本で見るまで存在すら知らなかった。
「僕の目はその中でも変わっててね。魔力の質が見えたり、人の雰囲気が分かったりいろいろな能力があるんだけど……」
姫様は、何やらもったいぶるように言葉を区切った。
彼女はニヤッといたずらっぽい笑みを浮かべると、核心めいた口調で言う。
「未来が見えるんだよね」
「何だと……!」
ツバキさんが、思わず呻く。
俺もびっくりして、姫様の顔をのぞき込んでしったう。
――未来が見える。
もし本当だとするならば、まったく恐ろしい能力だ。
額に嫌な汗が浮く。
「ああ、そんなに恐れなくていいよ。たぶん、君たちが想像しているよりずっと弱い能力だから。断片的な情報を、たまーに感じるだけだよ。ちょっと精度の高い『予感』ってところ」
「そうだとしても、すごい能力ね……」
「僕からしてみれば、面倒でしかない力だよ。こんなところに住んでるのも、周りがうっとおしいからだし」
そう言うと、姫様は両手を上げてやれやれとため息をついた。
なるほど、確かにそんな力があれば周りが黙っちゃいないだろう。
未来を知ることによってもたらされる利益は、計り知れないのだから。
「それで、どうして私たちを呼ばれたのですか? わざわざ魔眼について話したということは、恐らくそれに関係することだと思いますが」
「うむ、さすがに鋭いね。端的に言うと、今後起きる大きな『災い』に君たちが関係している。それを予感したからさ」
「……災いですか」
物騒な言葉に、思わず唾を飲んだ。
恐らくは、空帝獣様の言っていたことだろう。
やはり俺たちは、災いと関係することを避けられない運命にあるらしい。
「つまり、災いを防ごうとする私たちにあの宝物庫の中身を与える……ってことなのね?」
「ところがどっこい、そうではないんだ」
「え?」
「僕の能力はあやふやなもんでね。関わると言っても、君たちがどういう形で関わるのか分からないんだ」
そう言うと、姫様はにわかに目つきを鋭くした。
彼女はそのまま、俺たちの身体を上から下まで値踏みするように見渡す。
……なるほど。
俺たちが『災いを起こす側』ではないかと心配しているというわけか。
「ははは、安心してくださいよ。俺たちがそんなとんでもない奴らに見えます?」
「まあ、人は見かけによらないからね。それに君、力だけなら何でもできるぐらいだろう?」
「私たちを疑っている?」
「まさか。ただ、可能性があるというだけの話だよ」
手を振って違うとアピールする姫様だったが、その目は全く笑っていなかった。
悪と決めつけているわけではないが、信用しているわけでもないらしい。
「宝物庫の中身を授けるというのは嘘じゃあない。ただしその前に、君たちが善であることを証明してほしいんだ」
「どうすればいいんですか?」
「簡単なことだよ。賢者様が嘘を判定する便利な魔法を発明されてね。これからおいでいただいて、君たちにそれをかける手はずになってる」
姫様の言葉に、俺たちは顔を見合わせた。
賢者様と言えば、現在行方不明のはずである。
「どうしたんだい、青い顔して。自信がないのかい?」
「そうじゃなくて。賢者様は今、行方知れずなのよ」
「……何だって?」
姫様の顔が、にわかに引きつった。
彼女はメイドさんの方へと目をやると、焦ったように早口で言う。
「おい、お前は確かに賢者様と約束したのだよな?」
「はい。今日おいでいただくということで、お願いいたしました。間違いございません」
「ううむ……」
姫様は顎に手を押し当てると、深刻な顔をして唸り始めた。
その様子を見ていたメイドさんも、額に汗を浮かべる。
彼女たちにとっても、賢者様がいなくなってしまったのは完全に想定外だったらしい。
「こりゃ参ったね、僕の予感にもなかったことだ」
「いかがいたしましょう? なかったことにして、お返ししますか?」
「そういうわけにもね。ここを見せちゃった以上、何もしないわけにもいかないよ」
「では、どうするのです?」
メイドさんが聞き返すと、姫様はパチンッと指をはじいた。
何かを思いついたらしい彼女は、俺たちの方を見て得意げな顔で言う。
「ちょうどいい、君たちで賢者様を捜してくれないか? 連れてこられたら、その時点で合格として宝物庫の中身を授けよう」
「なるほど、一石二鳥」
「しかし、捜すと言っても。この広い王国で、いなくなった一人の人間を見つけるのは容易ではないですぞ」
「安心したまえ、良いものがある」
姫様は懐に手を伸ばすと、銀色の小さなロケットのようなものを取り出した。
彼女は円筒形の形をしたそれを、ひょいっと俺たちの方に投げてよこす。
ふたを開けてみれば、中には青色をした小さな魔石が入っていた。
「その魔石には、魔力を感じやすくする働きがあってね。それをもって魔力探知を使えば、賢者様ならきっと見つけられるだろう」
「ありがとうございます! ではさっそくやってみます!」
「あ、ちょっと待ちたまえ。この場所は封印がなされていて効果は不十分――」
姫様が止めるよりも先に、俺は魔力探知を発動した。
その瞬間、手にしていた魔石がにわかに強い輝きを発して――
「おわッ!?」
おびただしい数の魔力反応が、視界を埋め尽くすのだった。
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