第八十二話 秘密の地下空間
「どうしてこんなところに……私、何もしていないのですが……!」
昇っていくはずの浮遊床が、何故かはわからないが降下を始めた。
突然の事態に、ああでもないこうでもないと少女が騒ぎ始める。
どうやら、冷静な人物に見えたのは猫をかぶっていたかららしい。
不意の出来事を受けて、見ていて危なっかしいぐらいに慌てている。
「ほ、ほんとにどうしましょう!?」
「落ち着いて」
「そう言われましても! この床が降下するなんて、私は初めてです!」
下をのぞき込んだり、その場で天を仰いでみたり。
少女がせわしなく動いているうちに、浮遊床はいずことも知れぬ地の底へと到着した。
地下水でも湧いているのだろうか。
しっとりとした空気は重く、周囲を覆いつくす闇はどこまでも深い。
「……城の地下にこんな空間があったとはな」
「これは、間違いなく古代遺跡ね。探せばなんか見つかりそうだわ」
「魔導書があるかも」
「いいわね!」
さすがはSランクの魔導師たち。
未知への恐怖よりも好奇心が勝ったらしく、大盛り上がりをしている。
すぐにでも地上へ降り立ち、そのまま調査に出かけてしまいそうな勢いだ。
それを聞いていた少女が、置いて行かれると思ったのかすかさず声掛けする。
「待ってください! どこかへ行くなら、私も連れて行ってください!」
「もちろん。置いていくわけないじゃない」
「心配し過ぎ」
「というか、さっきから性格変わりすぎじゃない? どーしたのよ、それ」
はっきりとツッコミを入れるシェイルさん。
すると少女は、乾いた笑いをこぼしながらとぼとぼと語りだす。
「姫様にも、前に同じようなことを言われたんですよね……。お前は落ち着きがなさすぎるって。なので、いつもはああして頑張ってるんですけど、こういう時になるともう駄目なんです!」
「メイドってのもなかなか大変なのね」
「ええ! 特にうちの姫様は、いろいろと注文が多くて! 何かと気難しい方ですし!」
たまっているものがあるのだろう、少女はまくしたてるように早口で言った。
姫に仕える侍女ともなれば、いろいろと優雅なものだと思っていたがそうではないらしい。
可愛らしい口から、次々と不平や不満が出るわ出るわ。
……俺たちがこれから会おうとしている姫様というのは、なかなかに難儀な人物のようだ。
「……まあ、これぐらいにして。早く調査をしようじゃないか」
「そうね。姫様のとこにも早く行かなきゃいけないし」
「す、すいません! ついしゃべりすぎちゃって!」
「じゃあ、灯りをつける」
テスラさんが指を掲げると、すぐにほのかな光が灯った。
それにならって、シェイルさんやツバキさんもまた光を灯す。
「よし、じゃあ俺も……おっとと!」
「まぶしッ!」
注いだ魔力量が多かったため、俺が放った光は他の三人とは比べ物にならなかった。
たちまち周囲の闇が晴れ、景色がぼんやりと浮かび上がってくる。
どうやら、俺たちが今いる場所はかなり広い洞窟のような場所らしい。
ごつごつとした岩壁と鍾乳石の連なる天井は、明らかに自然物だった。
反面、床は綺麗に整地されていて人の手が入っている。
「えっと、道はこっちみたいね」
「ひとまず進んでみよう」
浮遊床を下りると、俺たち五人は洞窟の中を道なりに進んでいった。
すると前方に、石で出来た巨大な扉が姿を現す。
天使を模した石像に守られたそれは、神聖な雰囲気を醸し出している。
白い石で出来た表面は滑らかで、触れるとしっとりと心地が良かった。
さらに、よくよく目を凝らせば扉全体にびっしりと魔法文字が刻みつけられている。
「これ、何かの封印みたいね。これだけ強固な結界は、初めて見るわ」
「こんなものが城にあったなんて……私も知らなかったです!」
「古の宝物庫か何かかしら? これ、世紀の大発見よ!!」
「それはないかな」
どこからか、涼やかな声が響いてきた。
いったい何者なのだろうか。
俺たちは互いに身を寄せ合うと、周囲に視線を走らせる。
すると石像の陰から、一人の少女が姿を現した。
黒を基調としたドレスに身を包んだ彼女は、扇で口元を扇ぎながら近づいてくる。
紅い瞳を怪しく光らせるその姿は、とても胡散臭かった。
「あなた……誰?」
「僕かい? メリース・アルトニカ、一応はこの国の姫だよ」
「姫様!?」
俺たち四人は、思わず目をむいて少女の顔を見た。
それにやや遅れて、メイドさんがスッと前に出る。
「ど、どうしてこのようなところに! びっくりしましたよ!」
「それはこちらのセリフかな。君たちこそ、よくここへ来られたね。選ばれたもの以外は入れないように、ロックがかけられているのに」
「ここはいったい何なんですか!? 私、この城に十年以上は仕えていますが初めて見ますよ!」
「昔の宝物庫さ。それより、口調を整えてくれよ。落ち着いてないのは嫌いだ」
姫様に言われて、メイドは慌てて口をふさいだ。
そして軽く咳ばらいをすると、先ほどまでとは打って変わって落ち着いた様子で問いかける。
その様子ときたら、まさに仮面をかぶったかのようだった。
「……失礼いたしました。では改めてお聞きしますが、ここはどのような場所でしょうか?」
「さっきも言った通り、古い宝物庫さ。もっとも、入っているのは何なのかよくわかってないけどね」
そう言うと、姫様は改めて俺たちの方を見た。
そして、彼女は朗らかに笑って言う。
「今日、君たちを呼んだのは他でもない。この宝物庫の中身を、渡そうと思ったんだ。『予感』に従ってね」
「予感、ですか?」
「そうそう、『予感』だ。普通の人とは、少し意味合いが違うと思うけど」
姫様は、自らの黒髪をサッと掻き上げた。
その隙間から覗く瞳は、紅く紅く輝いていた――。
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