第七話 身体強化
「知り合い?」
嫌そうな顔をした俺に、すかさずテスラさんが反応する。
知り合いかと言われれば、新入りらしい男一人を除いて、これ以上ないぐらいだった。
何せ、三年間もパーティーとして行動を共にしていたのだから。
顔から食事の好みに至るまで、だいたい知り尽くしている。
「ええ、まあ……。元パーティーメンバーです」
「それにしては、辛そう」
「ははは……いろいろありまして」
後頭部をポリポリと掻きながら、適当に誤魔化す。
ソルトウィングのメンバーに対しては、いろいろと思うところはあるのだが……。
ここでテスラさんに言うべきではないだろう。
ドラゴン討伐を前に、余計なことを考えさせたくはない。
「でも、『ソルトウィング』なら生き残ってる可能性は高いですね。かなり索敵能力の高いメンバーが居たので」
「おお、それは良かった!」
ほっとした顔をするモリスさん。
雰囲気はともかく、実力に関しては標準以上のパーティーである。
ドラゴンのようなデカブツを相手に、偵察に失敗して殺されたと言うのは考えにくかった。
「それなら、どうして戻ってこない?」
「たぶん、森の中を逃げ回っているんじゃないですか? もしくは……お宝を狙いで巣に入り込んで出られなくなったか」
ドラゴンの巣には、莫大な財宝が眠っていることが多い。
パーティーの性格を考えると、多少のリスクを冒してでもそれを取りに行った可能性は高かった。
「なるほど。それなら、急いだほうが良い」
「ええ。どうします、夜のうちに出ますか?」
「そうね……」
テスラさんは窓の外を見やると、目を細めた。
形の良い眉が、微かに寄せられる。
「今日は新月、探索には不向き。早く寝て、明日の朝一番に出た方が良い」
「分かりました、じゃあそうしましょう」
「では、お部屋が用意してございます。こちらへどうぞ」
そう言うと、モリスさんは席を立って案内を始めた。
食事を終えた俺とテスラさんは、彼の後に続いて部屋を出たのだった――。
――○●○――
「さて……どうやって探しますか?」
翌朝。
まだ日も浅く、朝霧の煙る頃。
俺とテスラさんは、ドラゴンの潜む森の入口へとやって来ていた。
問題は、ここからどうやってドラゴンの巣を探すか。
ドラゴンの行動範囲は広いため、痕跡を手掛かりに捜してもなかなか見つからないのだ。
すると、テスラさんがやや自信ありげに言う。
「良い魔法がある。ちょっと待って」
そう言うと、テスラさんは地面に向かって掌を叩きつけた。
たちまち、小さな掌を中心に紅く輝く魔法陣が浮かび上がる。
流石は、Sランクの魔導師。
魔法を発動するのに、詠唱を必要としないらしい。
「おおッ!! すげえ……!」
やがて現れたのは、石で出来た鳥であった。
それも一羽や二羽ではない。
地面に展開された魔法陣から、次々と群れを成して飛んでいく。
「これで、空からあちこちを捜せる。それでも、広い森だから時間はかかる」
「いや、凄いですよ! こんな魔法があるなんて!」
「別に、これぐらいは大したことじゃない」
そう言うテスラさんの声色は、いつもより若干明るかった。
表情も、心なしかいつもより緩んで見える。
口では大したことないと言いつつも、ちょっと自慢だったらしい。
「あなたも、練習すればすぐ出来るようになる」
「へえ、それならぜひ覚えたいです! この依頼が終わったら、教えてくれませんか?」
「構わない。でも、これを覚えるなら必然的に土属性専門になる」
「専門? あの魔法を覚えると、制約がかかるんですか?」
俺が尋ねると、テスラさんは首を横に振った。
「そういう訳じゃない。でも、初級以外の魔法を覚えるなら基本的に一つの属性に絞った方が良い。複数属性を究めようとすると、だいたい中途半端で終了」
「なるほど、覚える魔法はある程度絞れと」
「その通り。魔導師の中には、一つの魔法だけ極めた特化型とかも居たりする」
「へえ……」
魔法をたくさん使えれば強いってわけじゃないんだな。
魔導師の世界も、なかなか奥が深いらしい。
まあ、剣が使えて槍が使えて斧が使えて……って戦士が居ないのと似たようなことか。
「む、ドラゴンの痕跡! ここからかなり近い!」
「行ってみましょう!」
「ええ!」
走り出す俺とテスラさん。
たちまち、テスラさんの身体が加速した。
はええッ!!
あまりの速度に、ゴウッと風を切る音が聞こえた。
人間の走る速度じゃないだろ、これ!
あっという間に木々の中へと消えていく背中に、俺は慌てて声を張り上げる。
「おーい!! ちょっと待って!!」
「……あッ!」
声に気づいたのか、テスラさんは視界の彼方で動きを止めた。
俺は何とか彼女に追いつくと、息を荒くしながら尋ねる。
「な、何なんですか今のは……」
「身体強化をした。教えるのを忘れてて、ごめんなさい」
「ああ、なるほど」
「今やり方を教えるから、言う通りにやってみて」
「はい!」
元気よく返事をした俺に、テスラさんは満足げにうなずいた。
彼女はそのまま、両手を胸の前で合わせる。
そして、ゆっくりとまぶたを閉じた。
「まずは、体内の魔力の流れを強く意識」
「はい!」
「それが出来たら、その流れを加速させる。一気にやらずに、ゆっくりと」
「分かりました」
身体の内側を流れる、熱い魔力。
その勢いを、少しずつ早めるイメージをしていく。
昨日、余計な魔力を吐き出したおかげだろう。
魔力は俺の意志に応えて、みるみる動きを早めていった。
「魔力の流れ、加速した?」
「ええ!」
「ではそれを、爆発させるようなイメージ。これで身体強化が完了」
「了解!」
テスラさんの指示に従って、身体の中の魔力を爆発させる。
たちまち、全身がカッと熱くなった。
炎でも噴き上がって来たかのようだ。
しかし、不快感は無い。
それどころか、心地の良い充実感が身体を満たしていく。
「おお、これが身体強化……!」
「軽くジャンプして」
「はい! ……おっと!?」
軽く跳んだつもりが、身長の倍近くも体が浮いた。
危うく、木の枝に頭をぶつけそうになる。
こりゃ凄い、予想以上だ!
俺は尻餅をつきながらも、魔法の力の大きさに笑う。
「凄いですね! こんなに効果があるなんて!」
「……普通は、初めてでそんなに上手くいかない」
「そうなんですか?」
「ええ。もしかしたら、ラースは無属性に向いているのかも。依頼が終わったら、実験する」
「分かりました」
「では改めて、出発」
再び走り出す俺とテスラさん。
今度は、俺だけ置き去りにされるなんてことは無かった。
テスラさんのスピードに、軽くついていくことができる。
そして――
「居た」
走ること、一時間ほど。
森の深部へと到達した俺とテスラさんは、うごめくドラゴンの巨体を発見した――。