第七十八話 あるお方の申し出
「久しぶりの我が家……なんだよな。うん」
王都八番街区。
自らの屋敷の前に立った俺は、少し落ち着かない様子で周囲を見渡した。
二回目とはいえ、まだまだこの場所のハイソな空気には馴染めていなかった。
というか、すぐに大森林へ出かけてしまったからこの屋敷にはほとんど住んでないんだよな。
「おかえりなさいませ!」
玄関の扉を開けると、すぐさま掃除をしていたメイドが頭を下げた。
相変わらず、教育の行き届いた使用人たちである。
「お仕事、お疲れさまでした。荷物をお預かりしますね」
「ありがとう。助かるよ」
俺たちはそれぞれの荷物をメイドに預けると、グーッと背中を反らした。
ずっと袋を背負っていたせいか、肩が凝り固まってしまっている。
「さてと。ひと段落着いたら、賢者様のところに報告に行かないと」
「そうね。かなりお待たせしちゃったし、急がなきゃ」
俺たちが王都を発って、はや数週間。
依頼の期限はまだ過ぎていないが、そろそろ報告を待ちくたびれている頃だろう。
「でしたら、賢者様にお会いする前にシスティーナ様と会っていただけますか?」
「え?」
「戻ってこられたら、すぐに会いたいとおっしゃられていましたので」
「何かしら? まさか、しばらく会えなくて寂しかったからとか?」
冗談を言いつつも、小首を傾げるシェイルさん。
システィーナ様と緊急で会わねばならない理由などないはずだった。
もしかして、屋敷の運用にあたってトラブルでもあったのか?
でもそれぐらいなら、彼女一人で解決してしまいそうだ。
「まあ良かろう。それぐらいの時間はある」
「システィーナは、今この屋敷に居るの?」
「いえ、本邸に行っておられます。ですが、間もなく戻られるはずですよ。お食事の時間ですので」
言われてみれば、そろそろ昼時であった。
思い出したかのように、誰かの腹の虫が鳴り始める。
その音の大きさに、たちまちテスラさんたちの顔が赤くなった。
「私じゃない」
「わ、私でもないわよ!」
「私も違うな。まあ、それはさておいて食事にしよう。賢者様のところへ行くのは、午後でも構わんだろう」
ツバキさんの提案に、俺たちは一も二もなくうなずいた。
何だかんだで、みんな腹が空いていたようである。
すかさず、メイドさんが笑いながら言う。
「では、お食事の準備をさせていただきます。食堂にてお待ちください」
彼女に案内され、テーブルに着く。
するとたちまち、たくさんの料理がワゴンに載せられてきた。
テーブルを埋め尽くしていくそれらに、たちまちシェイルさんが顔をほころばせる。
「んー、いい匂い! これよこれ!!」
「……なんだか、ずいぶんと飢えてたんですね」
俺がそう言うと、シェイルさんはフンスと鼻を鳴らした。
彼女はこちらに向かって前のめりになると、テーブルの料理を見ながら熱のこもった口調で言う。
「だって、大森林じゃ薄味の料理ばっかりだったもの! こういうのが恋しくもなるわ」
「あー、言われてみれば……」
「素材の味そのままだった」
ドレッシングのかかったサラダを食べながら、テスラさんが言う。
大森林では、サラダにドレッシングとかつけなかったからな。
まずいわけではなかったが、少し物足りなかったのも事実だ。
「美味しい! この鶏肉、最高だわ! どんどん行けちゃう!」
「あまり食べると、後で泣くことになるぞ?」
「成長期だもの、これぐらい平気よ」
「成長期……ね」
そう言うと、テスラさんはシェイルさんの胸元を見やった。
その周囲と比べてさびしい膨らみは、平野と呼ばれてもおかしくないほどだ。
たちまち、シェイルさんの頬が赤く染まる。
「な、何が言いたいのよ!」
「成長してない」
「してるわよ! だいたい、それを言うならあんたの身長だって伸びてないじゃない!」
「私はこっち」
ポンポンと自らの胸元を叩くテスラさん。
体格に比せず立派な双子山が、たぷっと気持ちよく揺れた。
「憎たらしいわね……! へこませたくなってくるわ」
「そっちこそ、縮ませたくなる」
漂う不穏な空気。
二人の間で、見えない火花が飛び散った。
緊張感が高まり、肌がヒリヒリとする。
やがてそれが最高潮に達したところで、食堂の扉が勢いよく開け放たれた。
「皆様、お戻りになられましたのね!! 良かったですわ!」
入ってくるなり、システィーナ様はひどく大げさな様子でそう言った。
何とも芝居がかった彼女の仕草に、テスラさんたちは少しあきれた顔をする。
「オーバーね。確かに難易度の高い仕事だったけど、私たちがそうそう失敗するわけないでしょ?」
「これでも、Sランクの魔導師だからな」
「……それもそうなのですが、心配せずにはいられなくて」
安堵感からか、ふっと胸をなでおろすシスティーナ様。
何か王都で事件でもあったんだろうか?
すぐに会いたいと言っていたことといい、少し普通じゃない。
「俺たちがいない間に、何かあったんですか?」
「実は、魔導師の方が何者かに襲われているという噂を聞いたんですの。調べてみましたら、行方をくらましている方が実際にいらっしゃるようで」
「なるほど。それで、心配になったってわけ」
「はい、その通りですわ。ま、それだけではありませんが」
「というと?」
シェイルさんが聞き返すと、何故かシスティーナ様は俺の方を見てきた。
そして、満面の笑みを浮かべて言う。
「ラース様、姫様があなたに会いたいとおっしゃっておられましたわ。ついては、城に来てほしいと」
「…………は、はいッ!?」
想像だにしていなかった言葉。
俺はあまりの事態に、素っ頓狂な返事を返すのだった――!




