第七十七話 命名と救世主
「真宝樹でそのようなことが……」
真宝樹からの帰還後、王城の玉座の間にて。
オルドスさんから報告を受けた女王様は、言葉を失って石化した。
知ってしまった事態の重大さに、すぐさま考えが浮かんでこないようである。
しかし、さすがは一国の女王というべきか。
ものの十秒ほどで、どうにか平静を取り繕う。
「空帝獣様のおっしゃられたことに、嘘はないでしょう。しかし、我々にはこの国を守る使命があります。離れるわけには参りません。歯がゆいですが、あなた方を見守ることしかできないでしょう」
そう言うと、女王様は真剣な眼差しでこちらを見た。
位置の都合で見下ろす格好となっているが、その目はこちらにすがってくるかのようである。
瞳の奥に、熱い心情が見え隠れした。
女王としてしっかりと仮面をかぶってはいるが、内心、相当に不安なようである。
「代わりと言っては何ですが、わが国の財貨の一部を授けましょう。宝物庫より、魔琥珀をここへ」
「はっ!」
広間の端に控えていた近衛たちが、すかさず敬礼をした。
彼らは通用口から外へ出ると、すぐに大きな宝箱を担いでくる。
端を金具で補強されたそれは、相当に年季が入っていた。
あちこち錆が浮いていて、数百年単位で歳月を経ていそうである。
だが決しておんぼろというわけではなく、どっしりとした高級感があった。
「さあ、蓋を開いてごらんなさい」
「ありがとうございます。では……」
ずっしりと重い蓋を開くと、中身のほとんどはクッションで占められていた。
その柔らかなビロードの中心に、綺麗な円形をした琥珀が置かれている。
拳大ほどもあるそれは、炎を閉じ込めたかのように淡く輝いている。
「おお……! これはすごいな……!」
「何か、巨大な力の塊」
「これは真宝樹の内部でつくられた琥珀です。お分かりかと思いますが、莫大な生命力と魔力を内包しています。きっと、何かのお役に立つことでしょう」
「こんなの、頂いて良いんですか? 相当貴重なものですよね」
「我が国の国宝です」
「いッ!?」
女王様の言葉に、思わずたじろいでしまう。
国宝って、そんなの貰っちゃって大丈夫なのか?
後で返してくれとか、言われないよなあ……。
「これぐらい渡さねば、我が国としても示しがつきません。あなた方は、文字通りこの国を救った恩人なのですから」
「は、はあ……」
「本来ならば、我が国も人手を割くべきところを物で賄おうというのです。むしろ、これでは足りないぐらいでしょう」
女王様がそう言うと、彼女の脇に控えていたオルドスさんが申し訳なさそうな顔をした。
王家に忠誠を捧げた身としては、この国を離れるわけにもいかないのだろう。
「すまない。手を貸したいところではあるが、私も国を離れられん身なのだ。空帝獣様が戻られたとはいえ、まだまだ魔物も多いからな」
「オルドスさんは、王女様を守るのが一番だものね」
シェイルさんが、少しからかうように言った。
たちまち、オルドスさんとオティーリエ様はそろって顔を赤らめる。
もしかして、オルドスさんの忠誠の理由って……。
オティーリエ様のことが好きだったからだろうか?
「わ、私の役目は王家を守護すること! 姫様をお守りすることも使命だが、それだけではない!」
「いずれにしても、ついては来られないということだな」
「私たちでやるしかない」
「そうね。頑張らなくっちゃ!」
少々余計なことを言ってしまったものの、改めて気合いを入れなおす俺たち。
それを見たオルドスさんは、すかさず深々と頭を下げた。
彼に合わせて、他の騎士たちも膝を折る。
一連の動きは、あらかじめ訓練でもしていたかのようにスムーズだ。
「……ここまで仰々しくされると、ちょっと照れくさくなりますね」
「それだけ、期待が大きいということ」
「それを裏切らぬよう、精進せねばな」
神妙な面持ちをするツバキさん。
ここで、女王様が何か思い出したように言う。
「ところで、そちらの眷属様への名づけは終えられたのですか?」
「ああ、いえ。まだです」
「では、この場でなさると良いでしょう。空帝獣様の眷属といえば、我らにとって神も同然。その御名を、国民たちにも広く知らせねばなりませんので」
「は、はあ……」
俺は改めて、自分の隣で座っているひよこを見やった。
絨毯の真ん中で堂々と腰を下ろすその姿は、なるほど、神獣の眷属なだけのことはある。
態度の大きさが、並ではなかった。
まさか、こいつへの名づけがこんな大ごとになるとは……。
広間に集まっている者たち全員の視線を感じながら、頭をひねる。
「そうだな……。クルルってのはどうだろう? よく、喉を鳴らしてそんな声出してるから」
「それ、ちょっと適当じゃない?」
「鳥の名前って、そんなもんじゃないか?」
口をとがらせるシェイルさんに、少し反発して言う。
名前というのは、親しみやすいのが一番じゃなかろうか。
あんまり小難しい由来とか考えても、わかりにくくっていけないと思う。
「ま、ラースらしいじゃないか。クルル、私は結構好きだぞ」
「そうね。いい響き」
「……語感はそこまで悪くないかしら」
何だかんだと言って、シェイルさんも認めてくれた。
それを聞いていた女王様が、すぐに柔らかな笑みを浮かべる。
「決まりですね。クルル様とそのお仲間に大いなる祝福を。我らエルフは永遠にこの恩を忘れず、あなた方の友であることを約束しましょう!」
女王様の言葉に、たちまち割れんばかりの拍手が巻き起こった。
さらに玉座の間に控えていた騎士たちが、次々と俺たちの名を叫ぶ。
「ラース様万歳! テスラ様万歳! シェイル様万歳! ツバキ様万歳! クルル様万歳!」
次第に大きくなる声。
いつまでも鳴りやまないそれに、さすがのテスラさんたちも少しばかり照れた顔をする。
こうして俺たちは、エルディア王国の救世主として讃えられるのだった――。
次回から、新章の開幕です!
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