第七十二話 雲上の巣!
「おお……!」
穴を見上げる。
かすかにだが、陽光が目に差し込んできた。
俺の放った炎の剣は、この巨大な真宝樹を見事に下から上までぶち抜いてしまったらしい。
まったく、我ながら恐ろしいほどの威力だ。
「さすがだな、ラース!」
「あはは、自分でもびっくりです」
「よし、早速登ろう。ふんッ!」
オルドスさんは軽く身をかがめると、そこから一気に飛び上がった。
全身甲冑を着ているはずの身体が、重さを忘れて軽やかに舞う。
彼はそのまま天井に空いた穴を抜けて、三階層も上の床へとたどり着いた。
さすが、大戦士だけあって見事な身体強化の技である。
「私たちも続くぞ!」
「はい!」
「では、我々はここに残って陣地を作っておきます。ついていけそうにありませんので……」
騎士の一人が、気恥ずかしげに申し出る。
どうやら、彼らの実力ではオルドスさんと同じ方法で穴を登るのは難しいようだ。
「わかりました、お願いします」
「お任せください」
「じゃあ気を取り直して……!!」
大きく息を吸い込み、膝を深く曲げる。
そして体中の魔力を循環させて――
「たりゃッ!!」
加速。
たちまち身体が重力を振り切り、空高く舞い上がっていく。
やがて放物線の頂点に達したところで、俺は近くの床に着地した。
オルドスさんを超える、四階層分もの大ジャンプである。
「やるではないか! よし、待ってろ!」
そう言うと、ツバキさんは着物の袖をまくった。
そして深く腰を落とすと、瞳を閉じて――
「ぬんッ!」
およそ女性らしからぬ気迫の声。
それと同時に、ツバキさんの身体が宙に飛び出した。
バサバサと響く衣擦れの音。
やがて彼女は俺のいる階層を超え、一段高い場所へとたどり着いた。
そしてこちらを見下ろしながら、得意げな顔をして言う。
「ふふふ! どうやら、単純な身体強化ならまだ私に分がありそうだな!」
「みたいですね。でも、俺だって!」
ツバキさんに負けじと、俺は再び宙へと舞い上がった。
湿った風を頬に受けながら、高く高く。
思い切り気合を入れたおかげか、先ほどよりもだいぶ長く跳躍することができた。
階層にして、なんと六階層分。
自分でも、少しびっくりしてしまう。
「我ながらやべえな……」
「むぅ、まだまだ!」
俺に抜かされたのがよほど悔しかったのか、ツバキさんの顔が紅潮した。
彼女はその場で何度か屈伸をすると、そのままこちらを睨んで言う。
「待ってろ、今に追い越す!」
「いや、無理し過ぎない方がいいですよ?」
「なんの!」
ダンッと鈍い音。
振動が瞬く間にこちらまで伝わってくる。
それに少し遅れて、ツバキさんの身体がズンッと飛び出した。
バサバサと激しい風音を響かせながら、彼女は軽々と俺を抜き去っていく。
そして、一段高い階層へとたどり着いた。
「ふう、まだ私の勝ちだな!」
「ここで抜き返してくるとは……!」
軽く歯ぎしりをする。
ツバキさんは魔導師として大先輩だが、それでもやっぱり負けると悔しい。
一度勝ったと思っただけに、なおさらだ。
「よし! もういっちょ――」
「おーい、それぐらいにしてくれ! 追いつけない!」
再び飛び上がろうとしたところで、声が響いてきた。
下を見やれば、オルドスさんが口に手を当てて叫んでいる。
しまった、夢中になってすっかり忘れてた!
「すいません! ちょっと待ちます!」
こうして俺とツバキさんは、オルドスさんと歩調を合わせてゆっくりと穴を登って行ったのだった。
――〇●〇――
「着いた! 頂上だぞ!」
先頭を進んでいたツバキさんが、穴から飛び出して言う。
俺とオルドスさんもすぐさまそのあとに続き、穴を出た。
たちまち、まばゆい陽光が視界を奪う。
昏い迷宮の中にいただけに、その光はさながら目を刺すかのようだった。
やがてそれに慣れてくると、一気に世界が開けてくる。
「うわぁ! 雲の上だ!!」
「太陽が近いな……!」
視界を覆いつくす青と白。
冴えわたる蒼穹の元、雲海がどこまでもどこまでも続いている。
いつの間にか俺たちは、遥か雲の上までやってきてしまったようだ。
さながら別の世界に迷い込んだような光景に、心が躍る。
高い樹だとは思っていたが、まさかこれほどだったとは。
端に立ってみるが、地上が全く見えやしない。
「獄鳥は……あの巣か?」
俺たちが開けた穴から、少し離れた位置に築かれた巨大な鳥の巣。
麦わら帽子をひっくり返したようなそれは、そこらの家よりもよほど大きかった。
大人が十人ぐらい、中で生活できそうである。
しかし、そこからは何の気配も感じられない。
驚くほどに静かだ。
「まさか、巣を離れているのか?」
「そんなはずはない! 奴は俺たちの侵入に気づいていたはずだ!」
「しかし……」
「とにかく、入ってみよう」
巣の端に手をかけると、そのままよじ登っていく。
こうしてすり鉢状になっている巣の縁にたどり着くと、中は見事に空だった。
やっぱり、獄鳥は巣を離れているようだ。
でも、いったいなぜ……?
「ラースの攻撃に、恐れをなしたか?」
「まさか! いくらなんでもそれはないですよ」
「しかし、穴はここまで続いていた。こちらに気づいた可能性は高いはずだが……」
そう言うと、ツバキさんは顎に手を押し当てて何やら考え始めた。
俺も彼女に倣って、思案を始める。
もし敵が自分の家に来るとして、俺ならどうする?
家に残って迎え撃つか、逃げるか。
それとも――
「……まさか!」
ハッとした俺は、すぐさま空を見上げた。
するとそこには――
「ギヤアアアッ!!」
口元に光を収束させた、巨大な鳥の姿があった――。
いつもお読みいただき、ありがとうございます!
この度、この『底辺戦士、チート魔導師に転職する!』は書籍化が決定いたしました!
これも読者の皆様の応援のおかげです!
発売日など詳細については、近日中にまたご報告させていただきます。
これからもなにとぞ、この応援をよろしくお願いいたします!
※追伸、なお今回の書籍化に伴うダイジェスト化などはございません。