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第七十一話 その頃の二人

「……迷った」


 大きく肩を落としながら、テスラはふうっとため息をついた。

 ラースたちと別れてからはや数時間。

 真宝樹の頂上を目指して歩き続けていたが、ほとんど前に進んではいなかった。

 大樹の中に広がる大迷宮に、完全に呑み込まれた格好だ。


「参ったわね。いっそ外に出て、私の魔法で頂上に行った方が良かったかも」

「それは難しい。結界が張られてる」

「……わかってるわよ。本気にしないで」


 そう言うと、シェイルは随行している騎士たちを見やった。

 全身甲冑を着ているせいだろう。

 肩で息をする彼らからは、疲労が色濃く伝わってくる。


「そろそろ、今日は休みますか」

「そうね」

「結界を張るわ。ちょっと待ってて」


 シェイルは懐から硬筆のような形をした杖を取り出すと、床にさらさらっと魔法文字を刻んだ。

 たちまち青い光が走り抜け、彼女たちの周囲を半透明の結界が覆う。


「これでよしっと!」

「さすが、なかなかの結界」

「ありがと。さ、食事にしましょ。おなかが空いたわ」

「ちょっとお待ちくださいね」


 補給担当の騎士が、背負っていたザックを下ろす。

 彼はそのままそれに手を入れると、人数分の食糧を取り出した。

 それに合わせて、騎士の一人が魔法を使って調理の準備に取り掛かる。

 水を生み出し、火を起こし。

 普通ならば大変な作業も、魔法を使えば大した手間ではない。


「やっと飯だ……」

「もうクタクタだよ」


 騎士たちは兜を脱ぐと、額の汗をぬぐいながら食事をとり始めた。

 その様子を見たテスラが、少し呆れて言う。


「疲れすぎ」

「すいません。どうにも金属の鎧は苦手で」

「そう言えば、エルフは金目の物を嫌うとか聞いたことあるわね」


 顎に手を押し当てながら、シェイルが言う。

 すると騎士たちは、ふうっと息を吐いて苦笑いをした。


「その通りです。我々も、オルドス様が大戦士になるまでは軽装でしたよ。もっとも、この鎧にしたことで怪我自体は減ったんですがね」

「へえ、オルドスさんって結構改革派なのね」

「元は人間でしたからね。外の視点で、我々の国のことも見ているのでしょう」

「あー、そう言えばそうだったわね」


 ポンと手を叩くシェイル。

 彼女はオルドスが人間であるということを、すっかり失念していた。

 そもそも種族が違うのならば、発想が異なっているのもある意味では当然である。


「まあでも、オルドス様はほとんどエルフみたいなものですがね。かれこれ、数百年は生きておられますから」

「どうして、それほど長く生きている?」

「なんでも、空帝獣様の加護を受けられたとか。空帝獣様が滅びぬ限り、オルドス様も死なないそうですよ」

「そりゃすごいわね! そんな加護なら、私も受けてみたいわ!」


 思わず目を輝かせるシェイル。

 すると騎士たちは、軽く肩をすくめて苦笑いをする。


「そう簡単にはいきませんよ。加護を頂くには様々な条件があるんです。オルドス様の場合、空帝獣様と縁のあるエルディア王家に生涯仕えると誓って加護を得たとか」

「生涯ってことは、実質死なないようなものだから……永遠に仕えるってこと!?」

「そうなりますね」

「そりゃ確かに……なかなか重いわね」


 そう言うと、シェイルは大きく唾を飲んだ。

 仮にも、神と崇められる獣との盟約である。

 もし違えるようなことがあれば、どんな罰が下されるか分からない。

 その中でオルドスが放った言葉は、あまりにも重いものに思えた。


「オルドス様は、王家に深い恩義を感じておられるのです。我々も理由は存じていないのですが、その魂を全て捧げても良いとおっしゃられるほどに」

「何か、よっぽどのことが過去にあったんでしょうね」

「ええ。それだけに、今回の討伐は……」


 騎士の口から、深い深いため息が漏れた。

 すかさず、テスラが聞き返す。


「今回の討伐は、何なの?」

「え? いやその……」

「はっきりしてよ! まさか、部外者には言えない何か事情でもあるわけ?」


 シェイルの声が大きくなった。

 彼女は思わず、空になった皿をタンッと床にたたきつける。

 勢いに押された騎士たちの口から、たちまちヒッと息が漏れた。

 彼らは薄く口を開くと、言葉を詰まらせつつも語りだす。


「実は……獄鳥エルゴラゴというのは…………。闇に侵された空帝獣様自身なのではないか、という説がありまして……」

「え? それって……まずいんじゃないの!?」

「はい。もしこの仮説が正しければ、獄鳥の討伐は……オルドス様の死を意味します」


 予想だにしなかった展開。

 シェイルとテスラは、ともに大きく目を見開いた。

 そして何度か瞬きをすると、早口でまくし立てる。


「ちょ、ちょっと待って! それ、オルドスさんは知ってるの!?」

「もちろん。ですが、真宝樹を侵すものをこれ以上放っておくわけにもいかないと」

「でもそんなの、ほとんど自殺じゃない! あんたたち止めなかったの!」

「もちろん我々も止めました!! ですが、オルドス様の意志は固かったんです!」


 これまで気弱だった騎士が、一転して声を荒げた。

 そのただならぬ剣幕から、彼らの本気がはっきりと伝わってくる。

 シェイルは騎士たちに気おされるような格好で、浮いていた腰をもとの位置に戻した。

 しかしまだ納得したわけではなく、顔には不満が色濃く残っている。


「何とかなんないのかしらね……」

「我々も、さんざん検討はしたんです」

「でもねぇ……。誰かを犠牲にしてみんなを救うなんて……そんなのは……」


 頭を抱えるシェイル。

 するとここで、遥か頭上から轟音が降ってきた。

 雷が束になって降ってきたかのような音量に、その場にいた全員が思わず身を震わせる。


「な、なに!?」

「誰かが、この樹を爆破した……?」

「こんなことができるのって……ラースよ! ラースだわ!」


 とっさに顔を見合わせる二人。

 ラースがこれだけの魔法を使うということは、強敵と戦っている時の可能性が一番高かった。

 この樹に棲む魔物で、強敵といえば――


「マズイ、急がないと!」

「ええ、緊急事態!」

「あなたたちはここで待ってて! 私たちだけでも行くから!!」


 こうしてシェイルとテスラは、騎士たちそっちのけで全速力で走りだすのであった――!


今回はシェイルとテスラサイドのお話でした。

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