第七十話 盲点!
「まずいな、足場が悪い!」
足元を見やりながら、渋い顔をするツバキさん。
通路は狭く、下手に足を踏み込めば真っ逆さまに落ちてしまう。
おまけに俺や仲間との距離が近く、刃を振るうにも支障があった。
さすがにこの状態では、彼女も十分に力を発揮できないようだ。
「ここは俺に任せてください!」
「いいのか?」
「はい! こういう時のために、良い魔法があります!」
迫りくる鳥の大群を見据え、掌を前に突き出す。
魔力が集中し、たちまち小さな刃が無数に展開された。
金色に輝く刃の群れは、そのまま勢いよく射出され――
「千剣乱舞!!」
「おおッ!」
刃が交錯し、金色の光が綾を成した。
荒れ狂う刃の嵐が、たちまちのうちに黒い鳥たちを駆逐していく。
その様はまるで、陽光が雲を割るがごとくであった。
「さすがだな! 話には聞いていたが、炎剣をこうも使いこなしていたとは!」
「大したことないですよ。一本当たりの威力は落ちてますし」
「いや、こういう小回りの利く魔法こそ重要なんだ。大技は使える場所なども限られてくるからな」
そう言うと、ツバキさんはやれやれとばかりに額をぬぐった。
彼女は改めて通路に落ちた鳥の死骸を持ち上げると、翼を広げてまじまじと観察する。
「やはり、穢れた魔力を感じるな。だがこの鳥、最初から魔物だったわけではないようだ」
「というと?」
「少し見ていろ」
ツバキさんは目を閉じると、何やら意識を集中させ始めた。
彼女の掌で、魔力が渦を巻き始める。
とても清らかで、見ているだけで心が洗われるような魔力だ。
……へえ。
ツバキさんの魔法に対しては、今まで荒々しいイメージを持ってたけど……。
こういう魔力も出せるんだな。
「……意外そうだな?」
「え? いや、そんなことは!」
「水の魔力は、もともとは浄化や治癒を得意とするものだからな。私も、少しぐらいはこういうことができるんだ」
ツバキさんがそう言い終わると同時に、鳥の身体から黒いモヤが噴出した。
鳥の体内にたまっていた魔力が、一気に外へと溢れ出してきたのだ。
やがてそれが大気に混ざって消失すると、あとには美しい白い鳥だけが残された。
大きさも、先ほどまでより一回りほど小さくなっている。
「こんな鳥が、魔物の正体だったとは……」
「ホーリーバードですな。空帝獣様の使いとされる神聖な鳥です」
こちらを振り返ったオルドスさんが、やや複雑な表情をして言う。
信仰の対象を汚され、怒りと悲しみが同時に膨れ上がっているようだ。
その昏い目の奥には、ただならぬ感情が渦巻いている。
「ひとまずここを抜けよう。また襲われたらたまらない」
「はい!」
「全員急ぐぞ! 早く頂上にたどり着き、獄鳥を討つのだ!」
オルドスさんの号令の下、再び一列となって歩を進める俺たち。
やがて幹の外側を沿っていた通路は、再び内側へと入っていった。
円筒形をした細く狭い通路が、延々と先まで伸びている。
先ほどまで開放感のあるところを歩いていただけに、その様子には強い圧迫感を覚えた。
心なしか、嫌な気配も強まっている。
「……外も嫌でしたけど、中は中でせまっ苦しくていけないですね」
「そう言うな。落ちないだけマシだ」
「まあそうですけど……」
そう言うと、俺は通路の壁へと手を伸ばした。
表面は滑らかに整えられてはいるが、材質は木である。
俺の魔法が直撃すれば、燃えてしまうかもしれない。
まあ、特別な木だからそう易々と炎上したりはしないと思うけど……。
大火力の魔法を使うときは、かなり気を付けないと危険だ。
「もし、壁を燃やしちゃったときはお願いします」
「仕方ないな。その時は、私の水で消すさ」
「ありがとうございます」
「まあ、勢いが付き過ぎて壁に穴が開くかもしれんがな」
軽く壁を叩きながら、ツバキさんが笑う。
彼女の魔法剣なら、これぐらいの壁は真っ二つだろうからなぁ。
圧縮された水の刃は、巨大な岩すらぶった切ってしまうほどの威力がある。
……って、あれ?
「そうだ、どうして気づかなかったんだ!!」
「……なんだ、いきなり」
「天井をぶっ壊せばいいんですよ!」
「おお、そうか!」
ポンッと手を叩くツバキさん。
まったく、どうしてこのことに気づかなかったんだろう!
わざわざ正攻法で攻略しなくても、壁をぶち破って進んだ方がはるかに早い!
「ちょ、ちょっと待ってくれ! 天井をぶっ壊すだって!?」
「ええ! ちょっと真宝樹に傷をつけちゃいますけど……これだけ大きい樹ですし、大丈夫ですよね」
「いや、そこは問題ではなくてだな。真宝樹はただの木に見えるが、実際は恐ろしく頑丈にできているんだ。それこそ、鋼をぶち破るぐらいでないと無理だぞ!」
何を馬鹿なことを、とばかりに声を大きくするオルドスさん。
彼に同調して、何人かの騎士がうなずく。
なるほど、鋼をぶち破るか……。
そう言われて壁を手の甲で叩くと、カツカツと硬質な音がした。
見た目の印象よりは、だいぶ頑丈なようだ。
でも――何とかなる範囲だな。
「たぶん、俺の魔法でいけると思います。ツバキさん、後で火消しだけお願いできますか?」
「かまわないが、それなら最初から私がやればいいんじゃないか?」
「俺の魔法の方が射程があるので、向いてると思います」
「それもそうだな」
「待て待て、本気か!?」
オルドスさんが、いよいよ必死の形相で食い下がってくる。
よっぽど、俺たちの言うことが信じられないらしい。
確かに、自分でも結構無茶言ってる気はするからなぁ。
でも、出来るものは出来るんだから仕方がない。
「見ててくださいよ。上から下まで、全部ぶち抜きますから」
「……ん? 全部?」
ここにきて、味方だったはずのツバキさんがきょとんとしてしまった。
あれ、俺なんか変なこと言ったかな?
……まあいいや、もう魔力を集中させ始めちゃったしやろう。
魔法は半端なところで止めると、かえって危ないからな!
「いきますよ! うおりゃあああッ!!」
放たれた黄金の剣。
轟音とともに直進するそれは、たちまちのうちに天井を破り空へと駆け上がっていった――。
とうとう七十話となりました!
これからもよろしくお願いします!




