第六十九話 鳥
「こっちだ!」
曲がりくねった細い通路を、オルドスさんが先陣を切って進む。
二手に分かれてから、かれこれ数時間。
俺たちのグループは、階層をいくつか超えて真宝樹の上層を目指していた。
テスラさんたちも、同じく順調に進んでいるだろうか?
実力を疑うわけではないが、流石に少し心配だ。
「こら、止まるんじゃない!」
「ああっ! すいません」
「また、テスラたちのことを考えていたのか?」
ツバキさんが、軽く笑いながら言う。
彼女は俺の肩をポンポンと叩くと、さあ行こうとばかりに元気よく歩き出した。
苔生した床の上を、タンタンタンとテンポよく進んでいく。
「ツバキさんは、あんまり心配じゃないんですか?」
「テスラとシェイルなら、何も問題ないさ」
「それもそうなんですけど……」
「むしろ、どうしてそこまで心配する? 二人に気でもあるのか?」
そう言われて、思わずドキッとしてしまった。
けど別に、そういうわけではない……はずだ。
二人のことは好ましいとは思っているが、恋愛関係とかではない。
あくまで仲間としての友情だ。
二人とも美人だし、まったくそういう気がないといえば嘘にはなるけれども。
「そ、そんなんじゃないですって! ちょっと、心配性なだけです」
「ならいいが。パーティー内であまりそういうことはない方がいいからな」
「わかってますよ。トラブルの類は腐るほど見てきましたし」
長い時間を過ごす分、パーティーの人間関係は濃くなりやすい。
なので恋愛関係のトラブルなんて、しょっちゅうである。
男女でパーティーを組むときは、まず色恋に気を付けないといけないなんてよく言われる。
「まあ、ラースが本気ならみんな応援するがな」
「ですから、そういうのではないですって!」
「ちなみに、私も候補に入れてくれて構わないぞ?」
冗談だか本気だか、よくわからないテンションで言うツバキさん。
ほんとに、そういうつもりはないんだけどな。
俺はただ、みんなで冒険が出来ればそれでいいのだ。
それ以上のことなんて、少なくとも今は望んではいない。
「おい、早く来てくれ! 外に出たぞ!」
先頭を歩いていたオルドスさんが、声を張り上げる。
歩みが遅くなっていた俺たちは、慌てて速度を上げた。
やがて薄暗い通路が途切れて、光が差し込んでくる。
視界が開けた。
同時に、湿った風が吹き抜けていく。
どうやら幹の内部を抜けて、外周へとたどり着いたようだ。
「ずいぶんとまあ、高いところまできたものだな!」
大樹の幹を巡る、細い通路。
崖際の山道のようなそこから、眼下を見渡してツバキさんが言う。
俺も彼女に倣って下を見れば、たちまち霧に煙るエルディア王国の街並みが目に飛び込んできた。
――ひえ!
こりゃ、確かに凄い高さだ。
巨大なはずの城が、掌にすっぽり収まるほどの大きさに見える。
「足がすくみそうですね……」
「そうだな。だが、まだまだ上があるようだぞ」
「いッ!?」
そう言われて上を見ると、真宝樹の頂上は未だにかすんで見えなかった。
おいおい……。
全身の力が少し抜けたような気がする。
分かってはいたことだが、改めてみると半端じゃないな。
登り切るのに、二日や三日はかかりそうだ。
「ここからしばらくは、幹の外周を歩く。落ちないように注意してくれ!」
「はい!」
「よし。各自、安全のため手をつなごう。できるだけ距離も詰めるんだ!」
そう言うと、オルドスさんは自らの身体を樹の幹に沿わせた。
続いて二番手の騎士が、彼に折り重なるようにして続く。
「私の番だな」
ツバキさんが、騎士の鎧に身体を重ねた。
今度は俺だな。
こうして手を伸ばしたところで、はたと気づく。
考えてみれば、ツバキさんと体を重ねていいのか?
いや、ダメってことはないんだろうけど……。
「どうした? 早くしてくれ」
「は、はい!」
ええい、ここはひとつ思い切るんだ!
自分で自分に言い聞かせると、俺はそのままツバキさんと体を重ねた。
そして、彼女の手を固く握りしめる。
するとどうしたことだろう、ツバキさんの頬がサッと赤みを帯びた。
「ラ、ラース! ちょっと近くないか?」
「そうですか? す、すいません!」
「いや、離れすぎると危険だ! ほどほどの距離を保ってくれ」
「ああ、はい!」
付かず離れず。
どうにかうまい距離感を維持しながら、ゆっくりと横歩きをする。
ツバキさんの息遣いが、かすかにだが聞こえた。
ううーん、女の子とこれは変に緊張するな……。
まして、俺の場合は鎧とか着てないし。
鼓動が自然と早くなり、体温が上がってくる。
「……なあ、ラース」
「なんです?」
「お前の身体、意外と暖かいのだな」
「え? こんな時に一体何を?」
「いや、何でもない!」
頭を横に振るツバキさん。
そう言えば、彼女と体温を感じられるほど接近したことってなかったかもな。
テスラさんやシェイルさんと比べると、同じパーティーメンバーでも少し距離があったし。
せっかくだし、仲を深めるにはいい機会かもしれない。
「あのツバキさん。俺、前々から気になってたんですけど。ツバキさんが国を出た理由って――」
「危ないッ!」
俺の言葉を遮り、ツバキさんが動いた。
神速。
腰に刷かれていた刀が抜かれ、刃が閃く。
この間、一秒にも満たないほど。
とっさに身体強化をかけなければ、何が起きたのか理解することすらできないほどだ。
「な、なんですか?」
「鳥だ。いきなり、鳥がこちらに飛び込んできた!」
血払いをすると、ツバキさんは足元を見やった。
視線を下げてみれば、小さな鳥の死骸が転がっている。
身体に比して異様にくちばしが長く、しかも先端が針のように尖っていた。
こんなものが飛び込んできたら、人間なんてたちまち串刺しだ。
「こいつは、魔物……?」
「次がくるぞ! まずい、数が多い!!」
目を見開き、声を張り上げるツバキさん。
彼女の視線の先には、こちらに狙いを定めた鳥の大群がいた――!




