第六十八話 分かれ道
「こりゃ、完全に山だな……!」
雲を貫き、天を支えるかのごとく聳える真宝樹。
その根元へとやってきた俺は、改めてその大きさに圧倒された。
もはや植物という枠を超え、山脈と言っていいほどの存在感である。
さらにそこから伸びる枝葉は生命力に満ちていて、輝くほどだった。
長年にわたって、エルフがこの樹を崇拝してきた理由が何となく察せられる。
「この樹を見てると、時間の感覚が狂ってくるわね」
「ああ。悠久の歳月を感じる」
「静か」
目を細め、怪訝な顔をするテスラさん。
言われてみれば、周囲は静寂に満ちていた。
神聖な気配が漂い、不吉な影は微塵も感じられない。
獄鳥などという魔物が住み着いているようには、まったく見えなかった。
「……獄鳥なんて、ほんとに居るんですか?」
「ああ、間違いない。この雰囲気は奴の罠だ」
「どういうこと?」
「奴は頭の切れる魔物でな。自身の存在を周囲に気づかれないように、細心の注意を払っているんだ。この真宝樹も、外観はきれいに保たれているが内側はひどいものだ」
そう言うと、オルドスさんは深いため息とともに肩をすくめた。
彼はそのまま、視線をはるか前方の樹の洞へと向ける。
岩肌を思わせる樹皮にぽっかりと空いたそれは、暗がりになっていて中が全く見えない。
どうやら、あそこから樹の中へと通じているらしい。
「中に入ろう。皆、注意して私についてきてくれ」
「はい!」
オルドスさんの言葉に、うなずく討伐隊の面々。
俺たち四人を含めて、総勢十名。
いずれも、オルドスさんが選んだ強者である。
本来ならラハームもこの中に入るはずだったが、流石にケガがひどかったため入っていない。
「気をつけろ、足場が湿っている」
「……うわぁ、ホントに迷宮と化してますね」
「まるっきり人工物だな」
いざ中に入ると、細く長い通路が待ち構えていた。
壁や床は綺麗にまったいらで、明らかに何者かの手が加わって出来たことが分かる。
そして――
「黒い」
「ええ。どす黒い魔力ですね」
「こりゃ、獄鳥ってやつは相当のもんね……」
通路に満ちる邪悪な魔力。
ガイノスさんの言う通り、外側は綺麗でも中は完全に侵されてしまっているらしい。
じっとりとした魔力が、体にまとわりつくようだ。
この感じ、どことなくだがフォルミードやヤーザスに似ている。
やはり、その獄鳥とやらも黒魔導師とつながりがあるのだろう。
「我々が把握しているのは、この巨大な迷宮の浅い部分までだ。奥では何が起こるか分からない、気を引き締めていくぞ!」
「はい!」
「……早速来たわね」
通路の奥から、のしのしと床を揺さぶるような音が聞こえてきた。
俺たちはすぐさま各々の得物を手にすると、構えを取る。
やがて通路の向こうから現れたのは、よだれを垂らした巨大なトロルであった。
「いきなりトロルですか……!」
「なかなか、難易度は高いようだな」
「そうね。でも、問題ない」
そう言うと、テスラさんは不敵な笑みを浮かべた。
彼女はそのまま床に杖を叩きつけると、魔法陣を展開する。
たちまち、床から無数の棘が伸びた。
トロルの身体はあっという間に串刺しとなり、倒れる。
断末魔を上げる暇すら与えない、脅威の早業だ。
「さすがですな」
「ドンドン行く。時間はない」
「ええ! 参りましょう!」
さあ行こうと、高く剣を振り上げるオルドスさん。
そのあとに続いて、俺たちは通路をどんどん先へと突き進んでいく。
途中で現れるモンスターたちをなぎ倒しながら、実に快調な道程だ。
こうしてある程度奥まで入り込むと、風景が一変する。
「ここは……」
「真宝樹の中心にたどり着いたようだな」
「おおッ!!」
広場の中心に、ぼんやりと光る柱のようなものがあった。
よくよく見ると、それは細い管が絡まり合って出来ている。
おっかなびっくり触れてみると、とても暖かな触感だった。
手のひらを太陽にかざしたような、そんな感じである。
「大地のエネルギーが、いったんここに集められているのだな」
「そうだ。だが、ここはまだまだ末端。上層に行けば、これとは比べ物にならないほどの力が満ちている」
「とんでもないわね。狙われるわけだわ……」
ここに渦巻いているエネルギーだけでも、解放すれば街の一つや二つ吹き飛ばせそうなほどだ。
それとは比べ物にならないって、流石にシャレにならないな……。
黒魔導師や闇の魔物が、手に入れようとするわけである。
「ここから先は、道が二手に分かれている。我々も別れよう」
「大丈夫か? ただでさえ少人数だが……」
「君たちの強さを見る限り、問題なかろう」
「わかりました。えっとじゃあ……どうやって分かれます?」
「そうだな。ここはひとつ、くじでも引くか」
オルドスさんはナイフを手にすると、樹で出来た床に棒を引き始めた。
どうやら、あみだくじを作っているらしい。
おいおい、そんなことでで大丈夫か?
俺の不安をよそに、くじはあっという間に出来上がる。
「よし、じゃあ引いてくれ! マークが同じもの同士でグループを組むぞ」
「はい! ……って、なんか不穏な気配がしません!?」
テスラさんたちが、どこかただならぬ気配を漂わせていた。
なんだ……?
たかがグループ分けなのに、妙に気合が入っているのを感じる。
特にシェイルさんとテスラさんは、目がやけに真剣だ。
「ま、ラースと組むのは私よ」
「教導官の私」
「期間はもう終わってるでしょ?」
何やら睨み合う二人。
こうして、変な空気の中でくじを引くと――
「む、私とラースか」
「ツバキ……!」
「予想外」
意外そうな顔をするツバキさんに、残念そうな様子のシェイルさんたち。
こうして俺たちは、俺とツバキさんの入ったグループとシェイルさんとテスラさんの入ったグループの二手に分かれることとなった――。
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