第六十七話 真宝樹に巣食うもの
「ラハームについてだが、やはり闇の魔力が検出された!」
決闘から小一時間後。
俺たち四人は、城の南端に位置する騎士団の詰め所に集まっていた。
討伐隊の作戦会議をするためである。
巨大な円卓に地図を広げ、そこを騎士たちと一緒になって囲んでいる。
そこへ戻ってきたオルドスさんが、開口一番に衝撃の言葉を放った。
たちまち場の空気が戦慄し、動揺が広がっていく。
「馬鹿な……結界の内部にも魔の者が入り込んでいるのか?」
「それはないだろう。ラハーム殿は巡回によく出ていたから、外で侵されたのでは?」
「いずれにしても、厄介なことに――」
「静粛に!」
オルドスさんはダンッと派手に円卓を叩くと、動揺していた騎士たちを一喝した。
騎士たちはガチャガチャと金属音を響かせながら、慌てて姿勢を整える。
「事態は深刻だ! 我々は一刻も早く、真宝樹に巣食う魔物を退治せねばならない!」
「おおおおッ!!」
気勢を上げる騎士たち。
彼らは腰の剣を抜くと、揃って天高く掲げた。
俺たち四人もそれに倣って、慌てて自身の武器を掲げる。
「よし!! 気合も入ったところで、作戦会議を始めよう。……とその前に、ラース殿たちには説明が必要でしたな」
「ええ。どんな魔物がいるのかすら、まだ知らないので」
「ではそこから話しましょう」
そう言うと、オルドスさんは椅子に腰を落ち着けた。
彼女は軽く手を組むと、その上に額を預けて仏頂面をする。
どうやら、なかなか長い話になりそうだ。
俺たち四人の喉が、ゴクリと鳴る。
「真宝樹に棲みついた魔物の名は、獄鳥エルゴラゴ。炎を司る敵だ、森を縄張りとする我らエルフとの相性は壊滅的に悪い」
「そりゃまた、厄介なのが。あれ、でも……真宝樹には空帝獣様がいるんじゃ?」
「それが、ここ五百年ほどは姿を見せておられぬのだ」
五百年とはそりゃまた……ずいぶんと長い留守だな。
あまりの時間間隔に、意識がスーッと遠のくような気がした。
さすがはエルフ、悠久の時を生きると言われているだけのことはある。
――いや、オルドスさんは人間だったか?
まあ、いずれにしてもすごい話だ。
「五百年か。そこまで来ると、実在が疑わしくなるな……」
「空帝獣様はいつか必ず戻ってこられる。それよりも問題は、その間に獄鳥に真宝樹を食いつくされそうなことだ」
「果実でもなるんですか?」
「少し違う。厳密に言うと、真宝樹そのものが果実のようなものなのだ」
オルドスさんの説明に、首をかしげる俺たち。
木が果実って、いったいどういうことだろうか?
そうしていると、騎士の一人が代わりに説明してくれる。
「真宝樹は地上部分も巨大ですが、それを支える地下茎はあれよりもはるかに巨大なのです。大陸中に根を張ったそれらが集めた大地の養分の結晶、それがあの真宝樹なんですよ」
「そういうことか。それで、樹液に魔力回復の効果があるなどと……」
「獄鳥は、樹の頂上に巣をつくり少しずつその養分を奪い取っています。このままでは、次期にやつは誰の手にも負えないほどの怪物となります!」
「……深刻」
「そういうことなら、早いうちに手を打たないと……!」
思わず、円卓を叩いて声を上げる。
するとそれに応じるかのように、オルドスさんが言う。
「その通りだ! 獄鳥を早く真宝樹から追い出さなければ、この森に破滅的な災いが起きる! そのためにも、今すぐ討伐隊を派遣せねばならん!」
「その通りだ!」
「今こそ、エルフ族の力を示すときぞ!」
「うむ! だが、真宝樹に乗り込むにあたっていくらか厄介な事態が起きている。これを見てくれ」
オルドスさんはどこからか地図を取り出すと、円卓の上にザッと広げた。
たちまち、幾何学模様を思わせる複雑な図形が姿を現す。
これは……いったいなんだ?
どこかの地形にしては、いやに複雑だ。
入り組みすぎているし、第一に直線が多すぎて不自然である。
「これは……城の図面か何かですか?」
「違う。真宝樹の内部だ」
「え? 木の中……ですか?」
「そうだ。獄鳥は、自らの手下を使って樹の内部を複雑化しているんだ。厄介なことに、番人として魔物まで放っている」
「複雑化というのを超えて、これはもう……迷宮だな」
そう言うと、ツバキさんは中央に置かれていた地図を自らの手元へと寄せた。
言われてみれば、まさにその通りである。
複雑に入り組んだ通路、幾重にも分かれた階層。
そこに魔物まで放たれているとくれば、もはやまぎれもない迷宮だ。
「つまり、私たち討伐隊はまずこの大迷宮をクリアしなきゃいけないってわけね」
「ああ、そうだ。恐らく一筋縄ではいかないだろう。罠も仕掛けてあるに違いない」
沈黙。
先のことが思いやられたのか、皆その場で口ごもってしまった。
何とも言えない、重苦しい雰囲気が漂い始める。
するとここで、それを打ち破るかのようにシェイルさんが言う。
「……いいじゃない、迷宮! そう言うのも、冒険の醍醐味だわ!」
「ま、そうかもしれないな」
「単純だけど、燃えなくもない」
「……わかりました」
俺は再び、目の前に置かれた地図を見やった。
複雑に入り組んだ通路が、こちらを拒むかのように目に映る。
しかし、こんなものにビビってなんかいられない。
俺は、俺は――昔とは違うんだ!
「攻略しましょう、迷宮を! そして、獄鳥エルゴラゴを倒す!!」
こうして俺は、迷宮攻略を高らかに宣言するのであった――。