第六十六話 精霊
「こいつは……!」
背中に翅の生えた巨大な人型。
その輪郭は神々しいほどに白く輝き、目を細めねば直視できないほどだった。
圧倒的な存在感。
身体が押されているような感覚すら覚えてしまう。
こいつは只者ではないと、本能が叫んだ。
「本当に出しおったか……! なんてことをッ!」
中庭の端で、オルドスさんが声を張り上げる。
その声は震えていて、大変な恐れを感じさせた。
「ハハハ、やったぞ! 精霊の降臨だ、我らの勝利だッ!!」
精霊を仰ぎ見ながら、狂ったように声を上げるラハーム。
その青い目は光を失い、何かに憑かれたようだった。
明らかに普通ではないその様子に、彼の仲間だった騎士たちまでもが動揺する。
「ラハーム殿、いくら何でもやりすぎでは!?」
「勝つためとはいえ、このままではこの城そのものが――」
「うるさい! 黙っていろ!」
そう言うと、ラハームは近づいてきた騎士を突き飛ばした。
彼はそのまま、俺たちの方へと向き直ると笑いながら言う。
「愚かな人間どもめ! 血祭りにあげてやる!」
「……何かおかしいな」
「変な魔力。精神に干渉している?」
つぶやくテスラさん。
とっさに、俺もラハームに魔力感知をかける。
すると、彼の身体から発せられている魔力にわずかながら濁りがあった。
この感じ、わずかだがフォルミードやヤーザスと似ている!
「いくぞ! やれッ!」
「ヤバッ!!」
光が収束する。
精霊の口元から、極太の光線が放たれた。
青白い光が、中庭全体を薙ぎ払う。
俺たち四人は身体強化を全開にすると、どうにかこうにか空中へと逃れた。
その足元で、たちまち大爆発が巻き起こる。
「……超火力」
「地面が……溶けた?」
どうにか着地をした俺たちは、目の前の光景に唾を飲んだ。
地面が深々とえぐり取られ、その底の部分が赤熱している。
こりゃ、直撃したらひとたまりもないな。
「どうだ、この圧倒的な力は! これが火の精霊の力だ!」
「ああ、大したもんだ。けど――」
言葉を区切ると、俺は改めて火の精霊を見やった。
火の名を冠するだけあって、そこから溢れ出す魔力は半端なものではない。
中庭全体を吹き荒れるそれは、さながら竜巻のようである。
しかし不思議と――
「今まで戦ってきたやつと比べると、そんなに大したことないかも」
「なにィ!! 強がりを!!」
「ま、あたしたちが倒してきた敵と比べれば雑魚だからね」
「フォルミードとかと比べるとかなり格下だな」
「ぐぬぬ……!!」
ラハームの顔が、怒りでみるみる赤くなっていく。
尖った耳の先まで朱に染まったところで、彼は思いっきり地面を踏み鳴らした。
そしてこちらを睨みつけると、すぐに精霊に命令を下す。
「火の精霊よ! こいつらを焼き尽くせ!」
「そっちがそのつもりなら……!」
俺はサッと手を広げると、前に出ようとしていたみんなを下がらせた。
頑張ってもらった分、最後は俺が決めたかった。
そして、掌を体の前に突き出すと魔力を集中させる。
全身を緩やかに覆っていた魔力が、たちまち一点に凝縮された。
魔力が高まり、唸る。
やがて炎へと転じた魔力は、美しき金色の輝きを見せる。
「何かと思えば! 火の精霊に火で対抗する気か!?」
「まあ見てろ! いっけえッ!!」
「小賢しい! なぎはらってくれるわァ!!」
魔力がぶつかり合う。
衝撃波が広がり、城全体が震えた。
どこからか、鋼が裂けるような音が聞こえる。
中庭を覆っていた結界が、負荷に耐えかねて悲鳴を上げているようだ。
半透明の何かが次々と千切れ飛び、稲妻が走る。
「精霊が押されているだと!?」
徐々に、俺の魔力が精霊を押し始めた。
あと少し!
訪れた好機に、ここぞとばかりに力を込めてる。
やがて金色の炎が、紅く滾る精霊の火を押し退けた。
そして――
「馬鹿なッ! 火の精霊が!」
「うおりゃああァ!!」
「燃える! 霊体が燃えていく……!!」
精霊の巨体が、金色の輝きに包まれた。
火を司る霊体が、それをも上回る炎によって焼かれていく。
神々しいほどに白く輝いていた精霊は、瞬く間に煤けて黒ずんでいった。
やがてそれらは崩れ、灰も残さずに消失する。
「ふう……勝負ありましたね」
「おのれ、おのれぇ!」
「そこまでだ!」
剣をめちゃめちゃに振り回し始めたラハーム。
その手を、飛び出してきたオルドスさんが掴んだ。
彼はそのまま、なおも暴れようとするラハームに肘鉄を食らわせる。
ボロボロになっていた鎧が凹み、体がくの字に折れた。
たちまち意識を刈り取られたラハームは、地面に倒れ伏す。
「……まったく、どうしてこのようなことになったのやら」
「この魔力、おそらくは黒魔導師のものです。どこかで、洗脳されたのかもしれません」
「うむ、あとで調べてみる必要がありそうだな。だが、何はともあれ――」
オルドスさんは言葉を打ち切ると、改めて俺たちの顔を見やった。
そして、不意に俺の手を取って宣言する。
「今回の決闘は、この者たちの勝利とする! 精霊をも討ち果たしたその武、誠に見事なり!」
オルドスさんの言葉に遅れて、あちらこちらから拍手が聞こえてきた。
決闘を見ていた戦士たちから、称賛の声が次々と発せられる。
やがてそれらの音は混然一体となり、中庭全体が歓喜に包まれた。
その雰囲気はとても暖かで、決闘開始前のような冷たさはない。
ラハーム側についていた騎士たちまでもが、俺たちに拍手を送ってくれている。
「どうやら、認めてもらえたようだな」
「ええ!」
「案外、素直な奴らじゃない」
こうして俺たちは、どうにかこうにかエルフたちに受け入れられるのだった――。