第六十三話 騎士
「ようこそ、我がエルディア王国へ」
城の最上階、謁見の間にて。
玉座に腰かけた女性が、柔らかな口調で言う。
しかしその佇まいは威厳に満ち溢れていて、誰に言われるまでもなく彼女が女王だとわかった。
王族に会うのはこれが初めてだが、これが国を背負う者か……。
どことなく重々しいものを感じる。
「勇者様のご来訪、心より歓迎いたします」
「勇者様?」
聞きなれない肩書に、戸惑う俺たち。
最近はたまに英雄と言われたりはしたが、勇者と言われたのはこれが初めてである。
思わず、女王様の前だけれども顔を見合わせてしまう。
「空帝獣に認められた方々は、我が国では勇者なのです。その昔、我らが偉大なる祖先が空帝獣様の力を借りて大森林を救ったという伝説にちなんでいます」
「そういうことですか」
「外界の方には、ほとんど知られていない伝説ですからね。戸惑うのも無理はありません」
微笑む女王様につられて、軽く笑みを浮かべる俺たち。
良かった、話の分かる人みたいだな。
雰囲気に圧倒されてしまっていたのが、少し和らぐ。
「女王様。早速なのですがよろしいでしょうか?」
「何でしょう?」
「実は我々、真宝樹の調査に参りました。もし可能であるならば、その許可をいただきたい」
「……それはもしや、黒魔導師関連ですか?」
女王様の眉が、わずかながらに顰められた。
何やら、良からぬ雰囲気である。
もしかして、この国でも黒魔導師の脅威が迫りつつあるのだろうか?
「……ええ。賢者トリメギストス様の指示を受けています」
「そうでしたか。あの者も、不穏な気配を感じ取ったのでしょうね……」
「この地にも、何かが起きているのですか?」
「真宝樹に、悪しき魔物が住み着いてしまったのです」
「それはまた……大変なことだ」
ツバキさんが、大いに驚いた顔をして言う。
真宝樹といえば、エルフにとってはまさにご神体ともいうべき存在。
そこに魔物が住み着いたとなれば、国の一大事のはずだ。
「現在、我が国ではその魔物を討伐するための準備を整えています。見たところ、勇者様たちは魔導師のようですね?」
「それならば、勇者様たちも討伐隊に加わっていただけませんか? 調査は討伐が完了次第、じっくりとなさればよろしいでしょう」
「……どうします?」
念のため、みんなの方へと振り返って確認する。
するとツバキさんたちは「もうわかってるくせに」というように、軽く笑いながらうなずいた。
そうだよな、ここで引き返すような俺たちじゃないよな。
相手がどんな魔物かは分からないけど、困っている人がいるのに放ってはおけない。
「そのお話、引き受けさせていただきます」
「おお、それは心強いです! よろしくお願いいたします」
「はい!」
女王様の言葉に、俺たちは揃ってうなずいた。
すかさず、広間の端で控えていたオルドスさんが前に出てくる。
「では、私についてきてください。部屋の用意がしてあります」
「ありがとうございます」
こうしてオルドスさんに続いて、俺たちは謁見の間を後にした。
廊下に出て扉が閉じられたところで、ふうっと大きく息を漏らす。
なかなかどうして、緊張してしまった。
大した会話もしていないのに、疲労感を覚えてしまう。
「素晴らしい方だっただろう?」
「ええ」
「あの方と姫にお仕えすることが、この私の――」
「オルドス様!」
オルドスさんの話を打ち切るように、声が響く。
振り向けば、そこには白銀の鎧を身に纏った騎士が立っていた。
彼は金色の髪を揺らしながら、早足でこちらに近づいてくる。
「聞きましたよ! 人間をこの国に入れたそうではないですか!」
「ああ、彼らがそうだ。空帝獣様に認められた、勇者様たちだよ」
「初めまして」
紹介されて、すかさず頭を下げる俺たち。
そのまま手を差し出し、騎士に握手を求める。
すると彼は、目を細めて何ともはや嫌そうな顔をした。
「陛下たちやオルドス様がどうお考えかは知らないが、私は人間が嫌いでね。握手はしない」
「……ずいぶんと嫌われたものだな」
「本来、我らエルフとはそういう種族だ。下等種族とは交わらないものなのだよ」
「ひどい言い方」
あまりにも敵意むき出しな騎士に、俺たちはたまらず渋い顔をした。
外見は美しく整っているが、中身はずいぶんと醜いようである。
エルフは差別意識が強いとトリメギストス様も言っていたが、その権化みたいなやつだな……。
「ラハーム、それぐらいにしておけ。その方たちは討伐隊にも加わる、これから仲間になるんだぞ」
「この人間たちがですか? それはさすがに、認めることは出来ませんよ!」
「陛下のご判断だ」
「それでもです!」
はっきりと言ってのけるラハームさん。
女王の決定に異を唱えるとは、これでもかなり地位が高いのだろうか?
彼はそのまま俺たちの方へと振り返ると、フンと鼻を鳴らして言う。
「真宝樹に巣食う魔物は、我々騎士団が一度敗北した相手だ。貴様ら人間ごときが加わったところで、足手まといになるだけだ!」
「そうかしら?」
「何だと?」
「私たち、これでもSランクの魔導師でね。腕には自信があるわ!」
負けじと胸を張るシェイルさん。
その自信満々な態度に、いよいよラハームさんの顔が赤くなる。
「言ったな! ならば、私と勝負しようじゃないか!」
「いいわよ!」
「よし! では決闘だ!! 明日の正午、城の中庭で待っている! 四人まとめて力を見てやろう!」
俺たちを指さし、声高に宣言するラハームさん。
彼はそのまま「仲間に声をかけてくる!」と叫んで立ち去ってしまった。
……こりゃ、いよいよ大変なことになったんじゃないのか?
俺は口を開けたまま、シェイルさんの方を見やる。
「……大丈夫ですかね?」
「もちろん!」
「相手、あれでも騎士団ですよ?」
「だって私たち、Sランク魔導師じゃない。それに――」
一瞬の間。
彼女はにわかにはにかむと、こちらを見据えて言う。
「こっちにはラースがいるからね!」
屈託のない笑顔。
俺は迷惑なような嬉しいような、不思議な気分に囚われるのだった――。




